長曾我部元親|残酷すぎる結末。偉業を成し遂げたあと一族全員●された男
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- čas přidán 21. 07. 2023
- 幼い頃は「姫若子」と馬鹿にされた長曾我部元親でしたが、秦泉寺豊後から戦いの心構えを学び、長浜の戦いでは「鬼若子」と呼ばれるほど大活躍、長曾我部国親から家督を相続されます。その後、本山茂辰、安芸国虎、一条兼定を破り、土佐統一を実現。織田信長は丹羽長秀を送り込んで妨害しますが本能寺の変で自害したため、長曾我部元親はついに四国平定を成し遂げました。しかし、これは終わりの始まりでした。のちに天下統一を果たす豊臣秀吉に敗北した長曾我部元親は、九州・薩摩の島津家との戦いに挑み、そこで息子の長曾我部信親は討死。その後、香川親和、津野親忠、長曾我部盛親もそれぞれ滅亡し、長曾我部家は破滅を迎えるのでした。
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幕末活躍したのは旧長曽我部、毛利、島津やね。
秀吉から提案された「領地を増やしてやろう」とは、鹿児島県の大隅国です。
もしこの提案を元親が受け入れていれば、薩摩島津家は幕末にあれほど強大な力を持っていたでしょうか。
明治維新も様変わりしていたと思います。
幕末に郷士が活躍!
河野=「こうの」。かわのじゃ無い。