もし織田軍が四国へ攻め入っていたら?幻に終わった四国遠征をシミュレート!
Vložit
- čas přidán 25. 07. 2024
- 今回の歴史じっくり紀行は、『もし織田軍が四国へ攻め入っていたら?幻に終わった四国遠征をシミュレート!』について紹介していこうと思います。
~目次~
0:00 オープニング
1:04 協調路線を歩んでいた織田・長宗我部の関係に亀裂が…
4:05 その男『三好笑岩』
7:57 いよいよ四国遠征軍が集結を果たす
11:16 織田軍来たる!元親が取った行動とは?
16:20 いよいよ信長が出陣。長宗我部氏の運命はどうなる?
19:25 まとめ
~関連動画~
長宗我部VS三好の最終決戦となった『中富川の戦い』!その激戦の行方とは?前編
• 長宗我部VS三好の最終決戦となった『中富川の...
長宗我部VS三好の最終決戦となった『中富川の戦い』!その激戦の行方とは?後編
• 長宗我部VS三好の最終決戦となった『中富川の...
※動画中の地図はカシミール3Dを使用しています。
www.kashmir3d.com/
脚本・監修:歴史じっくり紀行
#歴史じっくり紀行
~画像~
日本語版ウィキペディアのBakkaiさん, CC 表示 3.0, commons.wikimedia.org/w/index... - Zábava
歴史イフチャンネルってのがありますよ!そこそこ面白いです!
自分の田舎には秀吉の四国征伐の際に立ちはだかった城があります。落城しましたので今は土塁しかありませんが。
面白いストーリーですね。
長宗我部の末路を見る限り 秀吉よりもむしろ信長のほうがマシだったかも・・・。
高知市民としては複雑ですが・・・。
おかげさまで、わからなかった部分を知ることができました。
案外信親が仲介して、阿波とかも貰えたかもね😊
阿波は三好康長が貰う約束じゃなかった⁇
光秀が麾下に長宗我部が加えられ
土佐を加増
信長の野望やりたくなってきた
信長は実は必要なだけしか犠牲を出さない様にする人なのでこんなところでしょうね、処遇は。ただその後の元親は精々土佐一国か半分位でしょうね、政権の中心には入られなかったと思います。これは彼が外様だからではなく織田家に他に人材が揃っていたからです。
if考察いつも楽しく拝見してます!
本能寺の変で織田信忠だけでも生き残っていたらその後はどうなっていたかを考察してほしいです!
織田家として盤石に天下統一かそれとも誰かに簒奪されてしまうのか…
濡れ手に阿波とはこのことか(笑)。
研究が足りていません。
まず長宗我部と毛利は讃岐の香川氏の仲介で手を結んでいました。
そして讃岐の香川氏(元親の息子を養子としている)香西氏と阿波の篠原氏は元親配下として早々に讃岐の引田で秀吉の軍と戦ってこれを撃退しています。
毛利や根来衆と連携を取りつつ信長の軍と対等に渡り合っていたのです。
讃岐と阿波の兵は服従したばかりだから頼りにならないと見て高知に引き籠もるとか長宗我部の戦略から外れすぎています。
後の豊臣の四国征伐と大きく違うのは毛利が敵か味方かで、毛利が敵として小早川先陣で伊予と讃岐から攻められなければそんなに一方的な展開にはならなかったのです。
それと三好優遇策は信長というよりも秀吉の策です。
IF来たー⤴️ ここまで来ると信長の視野の広さに感服❗️中国、四国、北陸ets's 日本国統一まで見たいっす⤴️
マイナー武将ですが
太田一吉取り上げてほしいです。
長宗我部さん降伏後、最初は謹慎か隠棲で信長死後許されて代替わりし信親が大名復帰みたいな可能性あるかも。
う~ん、長曽我部氏からすれば
実際に阿波まで出て野戦やるかなと
三好の息が吹き替えしたのだから
敵地ですから 土佐に籠り恭順姿勢を
明智を通じとり籠城するのでは
まあ信孝勢に一撃は見舞うでしょうが
IFは面白いですね。桶狭間で義元が逃げることが出来たらとか鳥羽伏見の戦いで慶喜が錦の御旗にビビらず
大阪城に踏みとどまっていたらとか、まあ結局はどんな世界線でも同じような結末に終着するとは思いますが。
ナレーターさんの声、いいですね!
武田と違い元親には斎藤利三がいるしその主君の明智光秀もいるから武田みたいな末路じゃなく土佐一国か隠居して信親に家督相続でしょう。
信孝は笑岩の養子になっているので事実上、阿波も所領となる。
土佐は攻めずらいので長宗我部は所領安堵で伊予は池田、丹羽が半国ずつ分けるのが現実的かな?
元親は土佐を統一する際、調略と奇襲をうまく使って勢力を拡大している。降伏しようとしている程に絶対的劣勢を理解している元親が本拠地の土佐から遠い阿波、奇襲が難しい平野で決戦することよりも、縁者や光秀を通じてなんとか降伏が妥当ではないですかね。
光秀は反乱起こさずに隠居したのかな?
中国方面軍の援軍に信長、四国遠征軍の援軍に信忠が来ると予想されます
上陸前後に無防備となる織田軍を、水際で阻止すべし。内陸部持久は無意味。
上陸地点に突進し、決戦。
柴田勝家が秀吉に勝利とその後。秀吉が德川を滅ぼした後の豊臣政権の行方等のもし希望。
戦国のifシリーズで小牧・長久手の戦いで池田恒興・前田利家と滝川一益・九鬼嘉隆さらに毛利輝元が織田・徳川方として戦っていたらどうなっていたのか?もしくはもし大阪夏の陣で徳川家康と秀忠が討死していたらその後どうなっていたのか?お願いします
地図ないといまいちわからんでした><
残党反乱防止と九州尖兵として土佐半国ぐらいは与えるんじゃない。信長がわざわざ四国へ行くとは思わんけど。
元親が織田信長に降伏していたら 、
羽柴秀吉に降伏した時とは違い
織田家の指揮官はしっかりしており 長宗我部信親の無駄死には起こらず
正式な嫡男である信親が跡を継ぎ
重臣達が主君に逆らい城に立てこもる事件は起こらないと思うので 後に何かがあったとしても外様の小大名として家名を残しそう。
サンスケ殿にこの采配出来るだろうか?
秀吉の時と違って光秀という大きな仲介役がいるし四国征伐軍に光秀党の津田信澄も居るからそこら辺通して戦わずに降伏すると思うんだけどなぁ。
自身は出家して信親に家督を譲って土佐のみ安堵。
その後の頑張り次第ですかね
(そもそも中富川の時と違って阿讃両国の支配権なくなってる状態で二万三千も動員可能なのか?)
私も同じ意見です。一万も集められないと思ってます。
@@kuikuiken せいぜい七、八千程度ですよね。
まあ信孝軍自体は五千くらいだろうし分散させて奇襲すれば鉄砲はそれなりにあるので勝ち目ありそうですが……
@@saka_pinkticket 五千ってことはないんじゃない?摂河泉他畿内から集めるなら
@@matukawatositane 丹羽長秀とか津田信澄も併せて一万五千ですし信孝直属はそのくらいじゃないですか?
元々の信孝の石高って五万石くらいですし
@@saka_pinkticket でも一万五千と阿波三好いれば分散する必要がとりあえずないからとも思ったり
当時の力量からしたら、IFもなにも織田軍の四国制覇は間違いなかったでしょう。というより、もし四国討伐を織田信長が強引に決めなければ、明智光秀の反乱もなく、本能寺の変自体が起きなかったのでは。。。つまり、織田信長による天下統一が決定的で、歴史は大きく変わっていたでしょうね。
滅亡させられれば
土佐とか明智領にしてくれそう
一応取り持った功績として
元親頑張れ
末裔としては、ツライけどやむ無しかな?
毛利が援軍に、きたかな?
何か史実より長宗我部家として救いはありそう……?それと別に武田家と違って長宗我部家が織田家裏切ったとかではないから残る結末もわからなくもない
四国征伐は信長公の気まぐれとかいう者もいるが、
「信長公記」にもあるように、かなり前から信長公が新たな拠点と定めていた大坂と四国は一衣帯水。
新本拠地・大坂から余りにも近すぎる。
単に、信長公は遠交近攻という領土拡張政策を進めただけに過ぎなかったのではないか。
四国征伐の結果としては、元親は剃髪、隠居。信親が土佐一国(24万石)。
あるいは長岡郡を中心に半国程度の所領(12万石)を安堵されるといったところか。
この場合、東の安芸、西の中村に織田系の小大名を監視役として配されていたかもしれない。
貴方が四国征伐で抜群の武勲を挙げた織田家臣だったとし、
信長公から「東の安芸(5万石)、西の中村(7万石)のいずれが望みだ?」
と問われたときに、果たして、どちらを選ぶだろうか?
長曽我部を考える時いつも思うのは、隣国に恵まれなかったこと。先の大戦の日本軍と似て、孤軍奮闘の印象があります。
ただ領土をどれだけ失おうが、嫡男信親の喪失に勝るものはない、と私は考えているので、この動画のような結末であったならどれほどよかったか、と嘆息を禁じ得ません。
高松城攻防時、秀吉の経済策により、毛利は兵力はあるものの、戦闘を出来る状態ではありませんでした。これに、武田をあっという間に滅ぼした信忠軍登場です。毛利も武田同様、短期間で滅亡するハズです。この点がこのシュミレーションに欠如していると思います。短期で毛利が滅亡しますから、讃岐・阿波攻略中に、伊予は雪崩を打って織田側となり、動画のような長宗我部の反撃らしい反撃は起こらず、土佐の東西北から攻められ、あっという間に滅ぼされると思います。本能寺変後、豊臣秀長の四国遠征時、長宗我部軍は「上方の軍は兵器等が異なりすぎて対抗できない」と述べてますから、天正10年時点でも同様だと思います。恐らく、本能寺変がなかったら、天正10年の中秋までには、毛利・長宗我部・上杉は滅亡していると思います。
嫡男喪失前の鬼若子こと元親は、もう少し奮戦すると思いますよ
毛利と徒党を組めば、数年以上は手を焼いたのではないでしょうか
あとは明智光秀がどう出るか、次第ですね
まぁ四国遠征出来ていたとしても、本能寺の変が起きたら意味ないよね〜
長い広告を何度も入れているのが気になりましたが面白かったです。
他の方が仰るように多勢に無勢なため、一戦程度はあるかもしれないですが、結局は降伏。良くて土佐一国を安堵かな。
ただ後々三好や十河と諍いが起きて、それを口実に滅ぼされているような気がします。
四国王の長宗我部元親。
覇王 織田信長。
四国問題があの政変の元凶の説も。
もし…政変が無かったら、讃岐阿波は破棄して、土佐の国境線の山岳戦闘で激しい抵抗してたと思いたい。紀伊國侵攻した羽柴軍は山⛰🏔戦闘でかなり苦戦してましてから。あの蜀漢の剣閣並の激しい抵抗すれば,一領具足恐るべし成らないかなぁ… 覇王信長こと、長宗我部家は滅亡させるだろうなぁ。四国➡︎九州と👁👁が行き、そして🌏へと行く。
👍👍👍👍👍👍👍👍👍👍👍👍👍👍👍👍
IF色の強いネタとして、もしカトリックのイエズス会じゃなくてプロテスタントが布教に来てたらもお願い致します。
一戦交えて負けたあとは土佐一国に安堵という豊臣政権の四国攻めと同じルートを迎えるだろうなぁ…
信長が生かすとは思えないな。
自分は長宗我部元親、信親
悲運の武将?盛親大好きなので
食いついた動画ですが
好きな為に受け入れがたい動画でした。
が、面白い動画でもありました。
後詰めとして信忠、信長の軍団が来ない限り
動画の内容は無理じゃないかとも思いますが
軍師居らんし信孝軍団には・・・・
丹羽長秀、津田信澄が居るが
信孝は、この二人の言を認めるかな?
まぁでも長宗我部も信長の下に付いたのだから
逐一、光秀と連絡とりつつ、四国制覇したら良かった
んだけどなぁやはり頭が良くても軍師が居ないといけない
ってやつか・・・
ここで思ったのが
信長に言われた鳥なき島の蝙蝠を思い浮かべた。
信長は心が狭い・・・
まぁ気を許したら戦国で天下は取れないから当たり前ではあるが
もうちょい元親が広い視野を持って
中央の信長の戦略を見ていたら、考えて居たらなぁ
光秀ともっと密に連絡取りあって
信長の意向に沿う形で四国制覇に向けての戦略をたてて居たらなぁ
と非常に残念です。
屈辱であろうが、最初の段階で譲っていたら
山内一豊なんかボロ大名に土佐を取られなかったんだがなぁと
つくづく思う。
あと最後の与力として信長の部下には
生きているから望みはあるかも~で嬉しいのですが
動画の、あの位置まで行って信長が生かすかね?
でも、信長の軍団の武将に入っても
大名経験を生かして、信頼を得れば城代位は行けましたかね?
あと土佐から外されて全然違う所に入封されそうな気がするけど・・・
織田信孝の力量が分からないけど信孝VS元親なら元親に軍配が上がると思います!
元親が負けるとなると信長の本隊と戦った時か、信孝と同じ四国遠征軍に居た丹羽長秀と対峙した時かな?って思います!
予想をするとけっこう面白いですね!
ふ
信孝では
長宗我部には
勝ち目ないでしょうね
悲しいかな物量差があるからちょうすがめ氏は辛いはずだよ…そのうち中国戦線も安定するだろうし
織田軍は緒戦では勝ち、物量的に優位に進んでるようにみえたが長宗我部の一領具足などに苦戦しながら窮地に追い込まれ、織田信孝はやがて大敗して勢いを盛り返してきた長宗我部軍にお手上げ状態になっていただろうと思います。
そこで信孝は藁にも縋る思いで父信長に援軍を乞い、信長が援軍に来てからは織田軍優位ながら一進一退を繰り返しながらも、やがて元親は織田軍に追い込まれて降伏、もしくは自害してただろうなと思います。
3
楽しいタラレバ、ありがとうございます。
元親は知将。明智、斎藤、石谷、折り込み済みで突っ張り続けていたと、私は思います。なので、四国に攻め入ることは、歴史的な結果を見ても、結局は無いのです。
織田軍の兵のほとんどが寄せ集めだったし、戦っても厳しそう😅丹羽長秀しかり、その他もろもろいたとしても相手が悪いなぁ😢総大将が信孝だし…。せめて、信忠が総大将だったり、厳しいかもだけど、明知光秀とか池田恒興とか、あと何人か丹羽長秀級の武将が行ったりしたら良いかも❗完全決着は不可能と思う。
後々信長が秀吉らを引き連れて合流するつもりだったのでは?
2
半分以上は嘘
笑いました。
信孝・長秀では長宗我部には到底勝てないと思います。信親を失う迄の元親は超有能でしたから。まぁ…ifとはいえ私は石谷家文書が本能寺の変の真相だろうと思ってるので、信長・信忠親子が揃って少数で京にいた時点で織田軍の負け確かと。
物量戦するなら長秀はある意味適任だしちょうすがめ氏は一戦でも負ければきつい気しませんか?
個人の能力云々でなんとか出来る段階なんてとっくに過ぎてると思いますけどね。
1
歴史に「もし」はない。くだらねー!
大改訂版です。
2008年,鈴木京香は桃井かおりと「スキャンダル」というテレビに出演し、桃井ともめた。鈴木は、愛人の大林組会長大林剛郎に訴え、桃井を11年間テレビ界から干した。ウイキペディアの桃井のテレビ出演欄をを見ると、2008年より10年前の10年間は合計11本テレビドラマに出演しているのに「スキャンダル」出演の後は,2019年の「詐欺の子」まで11年間ゼロである。ゼネコン大林は反社で、そういう力を持っている。大林剛郎と鈴木は威力業務妨害の共同正犯だ。これほど劣悪な人はいない。大林との妾関係は2007年に文芸春秋に暴露され、鈴木は苦し紛れに「会長の奥様と親しいんで3人で会食するだけ」とウソをついた。3人の学童期の子供を抱える神戸東灘区の奥様は「尻振りお京」に会うはずもない。鈴木の虚言壁は有名。
3人の娘は、父が週刊誌に載り、学校でひどいいじめにあった。
大林は、鈴木を性接待の道具に使った。犯罪である。
2008年ソニー盛田昌夫に、深夜、抱きしめられているところをフライデーされ,写真がデカデカと載った。
長谷川博己も最初だけ体関係があったが、後はサントリー佐治信忠会長やトヨタ豊田章夫社長や北方謙三や三谷監督やNHK関係者やミツカン酢会長やキリン幹部や大同生命元社長との愛人関係を隠すためのフエイク恋人である。長谷川は見返りとして、トヨタやキリンの宣伝や仕事やお金を得た。
幻冬舎文庫「熔ける」という大王製紙社長の懺悔本がある。芸能界とやくざと財界とテレビの少女売春が描かれている。鬼畜大林剛郎の名前ももちろん出ている。
新堂冬樹の「枕女優」という小説は主人公が鈴木弘子で芸名が水香でもわるうように、三谷監督や大林やサントリーやミツカン酢他の、枕営業の女王として鈴木京香の裏が描かれている。戦後女優の中でも枕のチャンピオンとされるゆえんだ