裏ですでに貴族とつながっていた! 北条を凌ぐ大政治家 三浦義村の生涯【鎌倉殿の13人】
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- čas přidán 8. 10. 2022
- 梶原景時の変から比企能員の変、畠山重忠の乱に至るまで、あらゆる場面で重要な役割を果たしてきた三浦義村。
その行動の不可解さは、当時の貴族の日記にも書かれるほどで、謎に包まれています。
御家人たちが抗争を繰り返す中、三浦氏は京都の貴族とつながっており、その縁は、3代で源氏将軍家が途絶えたのちに本領を発揮することになります。
比企能員の変以前からつながりがあったともいわれる三浦氏と九条家の縁は、承久の乱ののち、三浦氏を北条氏を凌ぐ大勢力へと成長させていきます。
今回は、三浦義村の生涯、摂関家とつながり、幕府政治を牛耳った義村の卓越した政治手腕について紹介します。
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参考文献
高橋秀樹『三浦一族の研究』
amzn.to/3fVKAxy
鈴木かほる『幻の鎌倉執権三浦氏: 関白九条道家凋落の裏側』
amzn.to/3MlF8Ag
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【画像引用】
大河ドラマ鎌倉殿の13人公式サイト
www.nhk.or.jp/kamakura13/
大河ドラマ鎌倉殿の13人公式Twitter
/ nhk_kamakura13
#鎌倉殿の13人 #大河ドラマ #歴史
山本耕史が演ずるとメフィラス星人の印象がw
役に合ってると言えるかも
いつ自分が嵌められて、誅殺や滅亡させられる流れに持って行かれてしまうのか恐怖でしかないのに、冷静に感情を出さず、状況判断、上手く生き残る選択をする辺りがなんとも憧れる才能なんだよなぁ。
出る杭は打たれれるを避け、付かず離れず出る杭に近付きながらも目立たず、利用しながら、しかも細く長く、大物に何故か必要とされ、最高の策士みたい。
義村と九条家の関係がこんなに深く、それが義村の鎌倉での地位に役に立ったとは...。大いに参考になる情報でした。ありがとうございます
東出昌大氏は鎌倉殿の13人に出るべき
北条をも凌ぐ勢力になっていたにもかかわらず畠山のような排除対象とされなかったのは、義村が敢えて北条に成り代わろうとしなかったからでしょうね。後世から見れば、三浦が北条に成り代われる場面は何度もあるように見えますが、実際にその場にいた当事者から見れば「危ない橋は渡れない」という事なのかも知れません。若しくは、自分と自分の一族の存続が最優先事項であって「最高権力者になる」事は必ずしも重要ではなかったと。だからこそ、表向きは北条に膝を屈して、裏では朝廷工作を通じて着実に実力を蓄えていった。惜しむらくは、その深い考えも高度な政治力も稀有のバランス感覚も全て義村一代限りで、後継者がその欠片も持ち合わせなかった事でしょうね。
山本耕史の怪演は、素晴らしい🎉💕語り継がれる、代表作になるでしょうね❤
山本耕史は石田三成も素晴らしかった。
名優と思います
三浦家は儚く消える。
初のお陰で完全には途絶えないが。
空気を読む天才ですね😊
ただついていっただけではなく、空気を読みながら自分が政局を動かすという、それも何度も。
まさに空気を読む天才…
こうぎょうて読むんだねぇ づっっっとくぎょうて読んでたわ
間違いではなさそだけど
「こうぎょう」「こうきょう」の2説ありますが、何れにしても「くぎょう」とは読まないそうです。
宝治合戦のとき、義村の息子が「九条頼経殿が将軍の時、その父九条道家殿が内々に北条を倒して兄泰村殿を執権にすると約束していた」と述べたという話がある。義村が存命だったら、その陰謀が実現していた可能性は充分ある。その時点では九条道家は朝廷の第一人者だったし、「鎌倉殿」を三浦家が味方にできたのだから。
朝廷vs武士の構図になってしまった承久の乱とは大きく違う。
ただこれだけの陰謀を実現するのは、息子たちには荷が重かったのでしょう。
将軍、執権の座を狙うヤツが次々現れる鎌倉時代クオリティ
いつぞや、義村が言った「俺は、頼朝を超える!」が形になって参りました(女絡みではなかったか)w
弟胤義がしれっと頼家の妾を正室にしていますが、まだインパクト弱いですね…笑
三浦義村の子孫は紀州徳川家の家老三浦為隆だよ徳川吉宗までつかえた名家老
草燃えの義時、義村は一番恐ろしい😨
ついでに畠山事件で1番得したのは義時でなくこの人
動画を拝見しながら、義村が今の岸田総理を彷彿。最高権力者チームに逆らわず、でも、爆弾を抱えているチームメンバーを敢えて要職に付け、メディアを味方に自滅させているような…。早期のご子息の秘書官任命により、実権を手にできれば、一族の覇権は義村のように一代では終わらないかもしれませんね。願わくば、義村と似たような境遇に思える家康を目指してもらいたいです。
私には菅さんが義村に近いかと。安倍総理を支え、小泉・河野を取り込む策士。しかも相模の地を地盤にしている。岸田・麻生の旧宏池会が朝廷かな。
別のユーチューブ動画番組で後北条氏を取り上げてまして、興味深く視聴しています。三浦氏は後北条氏(伊勢宗瑞)によって滅ぼされましたが、その後の三浦氏はどうなったかを取り上げていただければ幸いです。
三浦は義村以降のその後をまとめて紹介するつもりです!しばしお待ちいただければ!
@@rekishock 殿
有難うございます。
ついでに後北条氏と争った里見氏もお願いします。何故佐竹氏は江戸時代も生き残ったのに里見氏は大名として存続出来なかったのか、取り上げていただければ幸いです。
小山氏とか大河でスポットライトが当たっていない有力御家人の紹介もしたいので、里見氏は来年以降になってしまうかもしれないです…
想像したより三浦氏の力って大きかったんだね九条頼経が後に三浦氏を頼る理由がよくわかった時頼の代に起きた宝治合戦は紙一重の勝負だったのか
この一族は戦国初期に北条早雲(伊勢宗瑞)に末裔の三浦道寸が1516年に新井城で討ち死にするまで相模に盤踞していた。
三浦は友を喰うと吾妻鏡に、
書かれる程に油断ならない方で、
義村は怪物と言っても良いかも?
ですね。
でも息子(三浦家当主の泰村)には親父の謀略の才能がなかった…。
下総の子犬
あくまでも個人の実力立場によるものであり三浦一族としての実力ではなかったから北条一族に
権力を取り返されたのだろう。栄枯盛衰、個人の実力だけでは長続きしない
三浦氏の没落を見ると改めて北条氏の凄さが分かりますね。
時には一族内で争いながらも、あれだけの権力を一族で保持し続けたのは本当にすごいです。
義村亡きあとは、北条に完全にロックオンされていたと想像できる。三浦を族滅して北条もようやく枕を高くして眠れるようになったのではないか
義村存命中に北条を滅ぼしておけなかったことが、三浦滅亡につながった。和田合戦は勝ち目なし、と踏んで北条についたのだろうし、承久の乱も、北条の代わりに後鳥羽が出てくるだけ、とみて京都側にはつかなかった。その判断は正しいと思う。
ただ、それ以外に、北条の跡目を狙い実行を企んでいたあとがはっきりしない。永井説のように、実朝とともに義時暗殺を狙っていたのだろうか? 義時、政子、広元没後にも幕府を乗っ取るチャンスがあったはずだが、孫の時氏が泰時の跡継ぎにいたためかやらなかった。義村が死ぬ時に、息子だちには何と言い残したのか気になる。
鎌倉殿13人の中では一番の空気が読め人かなぁ?ぬかりなく立ち回っている。
ある意味成功者?
吉村は本能的に、危機を感じることができる天才❤だと思います…鎌倉殿につかず離れずなんとな良い位置にいて、いざという時、活躍している😅最終的には、トップに立っているのでは?😅
本能的に危機を感じられるなら、栄村と衝突しないだろと、野球ネタで突っ込んでみる。
吉村って…徳川綱吉から偏諱を受けた伊達吉村みたいですね(^ ^)
今日も、配信有り難うございます👍👏🥰
三浦義村については、大河ドラマを、見る前まで知らなかったので、勉強になりました。
源氏に使えてきた一族で、九条家とも繋がっており、かなりの力をもっていたが、北条家には逆らう事なく生き残っていったのですね。
三浦氏自体は源氏の一族ではないですが、北条氏とうまく結びつき、時には利用し、のし上がっていった感じですね。
義時死後の三浦義村こそ真の勝者ともいえるかもしれません。
未だに藤岡弘のイメージしかない
同感ですよ。
何と言っても...。
あの1979(昭和54)年放送『草燃える』...。
あまりにも大きすぎただけに...。
上様対初代ライダー。今思うと、最強すぎる対決だった
列を離れた上様がライダーの肩を叩くシーンは今でも記憶に残ってる。
鎌倉殿でもあるんだろうか
@@user-nd1te4tm7k でしょうね。
何と言っても...。
中学・高校・大学時代に、昭和時代のNHK大河ドラマに夢中だった三谷幸喜さんのことですから...。
何らかのオマージュは、あるのでしょうね。
たしかに...。
あの「決定的瞬間」...。
流れが変わってしまった"戦慄"...。
いまだに忘れられないまま...。
@@tetsushable 「草燃える」の三谷版なんですよね。
「鎌倉殿の13人」は。
ただ、今の若い人にとっては新鮮に感じられると思う。
世代の違いですが・・・
平家から源氏となり北条家と目まぐるしく動いた戦国時代前の歴史を詳しく解説して頂きありがとうm(_ _)m
こんにちは🐱
詳しい解説、ありがとうございます🎵
知らないことが一杯あって、とても勉強になりました。
公家とも太いパイプがあったのですね!
なんか意外ですね。
ドラマでは、最初から最後まで登場する、数すくない人物。
主人公の 北条義時 お姉さんの、尼二位 北条政子 そして、三浦義村
山本耕史さんは、役者として、ミスターNHKですから、納得します。
現代の政治家だと誰かな?戦前の 誠心誠意、嘘をつく!の 三木武吉かな😃
三浦一族も頼朝が清盛に処刑され義平が上手く逃げ果せ、坂東武者に担ぎ上げられたら或いは北条一族になり仰せたのかな⁉︎とも思うけど、まあ義平に鎌倉殿の資質がある訳でなし、それはないか🧐