SLやまぐち号(C57-1)の危機を救い、現在もきれいに整備され、幸せな余生を過ごしている同型機、貴婦人C57-5号機

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  • čas přidán 25. 08. 2024
  • SLやまぐち号の初代牽引機C57-1号機は、2020年に故障してから4年近く、京都・梅小路で修理中で復帰が期待されています。これまでC57-1は何度か故障に見舞われていますが、最大の危機は1995年の阪神淡路大震災です。この時は神戸市内の鷹取工場で検査中に被災し、ボイラーが大きく損傷するなど再起が危ぶまれました。この時、近くの姫路市内の公園に静態保存中の同型機・C57-5号機から多くの部品を供給され、無事復活できました。
    今回は、SLやまぐち号の救世主ともいえるC57-5号機を姫路の御立公園に見に行きました。1975年の保存設置から50年近くが経過していますが、地元ボランティア団体によりきれいに整備され、幸せな余生を送っているようでした。
    ブログは下記URL
    railway.asbalc...

Komentáře • 23

  • @wengen3823
    @wengen3823 Před měsícem +12

    数あるC57の中でもとくにスタイルが良かったのがC575だった、と昭和時代の鉄道雑誌に記されていました。一方「貴婦人」という呼び方、「C57-5」という表記には違和感を抱く前期高齢者の私です。昭和40年代、現場で貴婦人と呼んだファンはいないと思われます。

  • @jw1today110
    @jw1today110 Před měsícem +10

    最大の危機は昭和36年、羽越本線
    急行日本海牽引時の脱線転覆事故
    ですね。通常なら廃車体になるところ
    新津機関区の英断により救われました
    しかし、その後C57 2 が謎の廃車に…

    • @N--jv3go
      @N--jv3go Před měsícem +2

      この時からしばらくC59の先台車を使ってました。

    • @jw1today110
      @jw1today110 Před měsícem +1

      @@N--jv3go そうでした!

    • @A.G.101
      @A.G.101 Před měsícem +1

      どこかの文献でC57-2をドナーパーツとして復活したと見たことがある気がします(しかしドナーとして廃車なのかすり替えとして廃車なのかは議論の余地ありですが...)

    • @jw1today110
      @jw1today110 Před měsícem

      @@A.G.101
      トップナンバーの特権ですね…

  • @user-jn3zr4hg3f
    @user-jn3zr4hg3f Před měsícem +5

    5月5日の10時〜14時の間に開放しているようです。
    今年(2024年)見てきました。
    ヘッドライトも点灯されてました。近くで見てもよく手入れされていて、綺麗でした。

  • @user-yi2pz3jq1y
    @user-yi2pz3jq1y Před měsícem +4

    播但線時代よく乗ったから嬉しいし懐かしい!

  • @user-cz2il3mr2z
    @user-cz2il3mr2z Před měsícem +6

    初めましてm(__)m
    妹が姉を救ったのですね。

  • @exp.m.k.2300
    @exp.m.k.2300 Před měsícem +5

    5号機はもちろん、かつて新津に在籍時急行日本海牽引中に脱線転覆事故をおこして修復の際同じく新津にいて謎の除籍となった2号機も忘れてはいけない...

  • @anjing2728
    @anjing2728 Před měsícem +4

    5号機を金沢キク配置当時の北陸路で見たい。今庄ー直江津間で。もう夢の夢の中のお話です。

    • @dai2asakaze
      @dai2asakaze Před měsícem +1

      それ言うたら
      旧線の杉津や刀根で激闘するD51はもっと見たい

  • @user-ny5vl7xz1w
    @user-ny5vl7xz1w Před 11 dny

    C575は日立のCMでみました、人間が大好きだー

  • @Asrailway
    @Asrailway  Před měsícem +1

    皆様、多くのコメントありがとうございます。個別に返信できず申し訳ございません。また正確性に欠ける表記や表現があります事、お詫び申しげます。様々な情報をお教えいただき、大変勉強になりました。皆様ありがとうございました。

  • @you-ec8nn
    @you-ec8nn Před měsícem +1

    小学生の時に"蒸気の旅"号で姫路まで乗車した思い出があります。

  • @user-ch4wy7xw7f
    @user-ch4wy7xw7f Před měsícem +3

    汽車製造會社の蒸気機関車は、
    他社製より、出来(品質)が良かった!って、僕が子どもの頃、聞いた事が有ります!
    SLは、人間と同じで、機嫌の良い時(調子)悪い時が有ると、言ってました!

  • @skt8212
    @skt8212 Před měsícem +2

    C575は梅小路のエースと言われていて人気があった。山陰本線での運用が終わった後に東海道線を臨時で走ったりしていたが後に豊岡に転属して播但線で活躍したが形式入りナンバープレートが普通のに代わっていた。更に浜田へ転属してそこで運用を終えた。

  • @kasa-branca4449
    @kasa-branca4449 Před měsícem +4

    C57 5がある意味復活 
    D51 498も保存機のパーツ流用で復活してますし、C11 227に至っては、もうオリジナルの部品はどこへやら?
    手法としては、至極普通ですが、使える物は使う。
    必要な事ですよ。
    ダメになった部品を入れ替えて、さらに保存されていく訳ですから

    • @N--jv3go
      @N--jv3go Před měsícem +1

      大井川のC5644は戸越公園の解体されたC127の部品が使われているそうです。

  • @dai2asakaze
    @dai2asakaze Před měsícem +1

    5号機は金沢から梅小路に移ってきたわな
    形式入りナンバープレートが残ってて梅小路のスターやった
    最後の最後に山陰に転属したとき普通のナンバーになってしもたけど
    形式入りのプレートはどこへ行ったんやろ?
    戦後になって長野工場に入場したC51やD50なんかが形式入りナンバープレートを形式なしの通常タイプになって出場したのが続出してて
    調査したらスクラップの払い下げの汚職が発覚した事例があったけど、5号機の移動は蒸機の末期やし
    全く関係あらへんやろから
    余計に不思議やわ

  • @T_Kazahaya
    @T_Kazahaya Před měsícem +1

    豊岡のC5711は製造時期は近いけどあっちは汽車製造製なんすよねえ

  • @user-wy4hi8ey6q
    @user-wy4hi8ey6q Před měsícem +3

    まあこれ以前に土砂に乗り上げた際C57-2の部品を使われたとか下手したらすり替えられたとか色んな噂がある釜だからね

    • @jw1today110
      @jw1today110 Před měsícem +2

      今のC57 1 は C57 2 なんじゃないか…?
      という噂もあります…😮
      すり替えなんて…本当なら、2号機が
      あまりにも不憫……😢