戦国武将最後の言葉!心に刺さる辞世ベスト5
Vložit
- čas přidán 9. 07. 2024
- 今回の歴史じっくり紀行は、
~心に刺さる辞世ベスト5~について紹介していこうと思います。
【目次】
0:00 オープニング
0:49 第5位
4:33 第4位
9:12 第3位
13:46 第2位
18:43 第1位
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脚本・監修:歴史じっくり紀行
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/ @rekishi-jikkuri
~画像~
Quercus acuta - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0, commons.wikimedia.org/w/index... - Zábava
俺もそろそろ切羽詰まってきたし、ここに自生の句刻んどくわ。
夜中にも、時々食いたくなる、炒飯かな。
家の隣の来来飯店によく食べに行ってた思い出です。
義輝と似てるけど柴田勝家の句も好き
世のはかなさを詠んだ辞世の句は響きます。まさに『つわものどもが ゆめのあと』ですね。
最近違うBGMでしたがこのBGM好きだったので嬉しい
時世ならこれかなあ。
風さそう
花よりもなお
我はまた
春の名残りを
いかにとやせん
浅野内匠頭長矩ですね。
清水宗治の兄の宗知の「世のなかに惜しまるる時散りてこそ 花は花なれ人も人なれ」も刺さる。
ガラシャ夫人のものにそっくりな辞世ですね。
辞世の句
ほとんどが余裕があるうちに予め作っておくもの
敵に隙をつかれて討ち取られたり病気で倒れてポックリ逝った人に句を残してる余裕なんて無いのが現実
進退窮まった咄嗟に気の利いた句が詠める人もそうそういないだろうし
ゴーストライターに書かせた人もきっといたはずw
いやぁ…どれも泣けてくる…
ifシリーズも面白かったですが、このような辞世の句シリーズもいいですね。本当に
自分が戦国時代の人物の辞世の句で一番印象に残っていて暗唱できるのは「黒髪の 乱れたる世ぞ 果てしなき 思いに消ゆる 露の玉の緒」という句です。知ってる人は涙なしには語れないと思いますし、知らない人は是非調べてほしいです。例えでもありますが、実際に天目山で葉っぱから落ちる夜露をみながら詠んだんだろうなと思います。
コスプレおじさん
お久しぶり〜
いつもありがとうです👍
投稿お疲れ様です
謙信公は一説によると晩年はアル中の症状による手の震えで自分で謝状が書けなかったらしい
順逆二門に無し 大道心源に徹す
五十五年の夢 覚め来れば 一元に帰す
心しらぬ 人は何とも言はばいへ
身をも惜まじ 名をも惜まじ
by
明智光秀
光秀に優秀なイメージが湧かない
めちゃくちゃ優秀
時代が違うけど、個人的に吉田松陰の辞世の句が好きです。
私の印象的な辞世の句は、事実上、秀吉によって切腹せられた織田信孝の
「昔より主をうつみの野間なれば 報いを待てや羽柴筑前」
賤ヶ岳の戦いで、勝家側についた信孝は勝家の敗北後、降伏。
信孝としては、主筋の自分が命まで取られるとは思っておらず、出家、もしくは織田家の誰かに預けられるか、もしかしたら田舎の小城の小領主として処遇される、と思っていた節がある。
しかし、織田家当主代行となっていた信雄の名の下、切腹の沙汰が下された。
さぞ、無念だったことだろう、と想像してしまう。
大谷吉継
「人面獣心なり。三年後に祟りをなさん!」
辞世とはちと違うかも……………
実際に人面獣心と名指しで批判されたのは小早川秀秋ではなく脇坂安治らしい。
しかし安治は関ヶ原の後26年も生きるので、まぁ早死にした人を呪った事にした方が伝聞として面白かった…って事なんだろうね。
吉継公の実際の辞世は「契り在らば 六の巷に 待てしばし 遅れ先立つ 事はありとも」ですね。
辞世の句で好きなのは二首。「おもひおく 言の葉なくて つひにゆく みちはまよはじ なるにまかせて」と「あら愉し 思ひははるる 身は捨つる 浮き世の空に かかる雲なし」です。片方は戦国ではなく江戸時代ですが、どちらも、目的を遂げた達成感に満ちています。
戦国武将の皆さんは、どのタイミングで 辞世の句を詠んだんだろう❓️🤣
ピンピンしてるうちに いつ死んでもおかしくないからの 念のため 辞世の句を、遺言気分で、詠んどくのかな❓️🤣
三浦同寸も伊勢家(後の後北条氏)の軍門に下れば生ける道も残ったと思う。戦国武将だけではなく戦国を生きた女性編の辞世もやってほしいですね。
「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」
俺は個人的に柴田勝家の
夏の夜の 夢路はかなき あとの名を 雲井にあげよ 山ほととぎす
が好きだなぁ。
紅炉上一点の雪の凄みがいいね
実は三浦さん親子に関しては三回忌に当たる年に義意殿をご祭神とした居神神社を創建して元の所領地に
供養のための寺領も出して手厚い供養を行っているんですよね、氏綱殿。
ちなみに居神神社では毎年の祭礼の後に必ず氏子の代表と宮司様が三浦殿の墓所に行ききちんと供養を続けています。
昔より主を内海の野間なれ(ら)ば 報いを待てや羽柴筑前←実は言ってない(後世の文書。当時の落首説とのこと……)
大河ドラマ
どうすんの?道寸
1位2位と被る要素あるのと辞世の句が二つ伝わるので選に漏れたんだと思うけど私はこれ
屍をば 岩屋の苔に 埋みてぞ 雲井の空に 名を止むべき
』
油壺ってそうやったんすね😉
戦国期の地名が未だに三浦市には残ってます。
北条湾、通り矢、引橋、城山などです。
やっぱ足利義輝よな〜
創作レベルでカッコイイもん
時世の句は側近が主を持ち上げる為に創作したモノじゃないかな?
例えば6代目笑福亭松鶴の辞世の句も公式には「煩悩を我も振り分け西の旅」となっているが、実際に臨終に立ち会った鶴瓶によると「ババしたい」だったと。
そういえば謙信が天下を目指していたらという動画はありましたっけ?1600年まで生きていたらという動画はありましたけど、その両方を兼ね揃えたif動画を観てみたいものです。
曇りなき 心の月を先立てて 浮世の闇を 晴れてこそいけ
ぜひリクエストお願いします
奥田景綱のリクエストお願いします
ネットではこういった辞世の句の下の七七を「あんたはここでふゆとタヒぬのよ」と替えるのが流行ってるとか……