【江戸時代 食事】江戸っ子が選ぶ、おかずランキング【ゆっくり解説】
Vložit
- čas přidán 8. 09. 2024
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/ @user-bb1oy3gk1m
今回はお江戸の文化紹介ということで、江戸の人たちが食べていたおかずを
ユーモアたっぷりにランキングにしたものをご紹介します。
楽しんでいただければ幸いです。
前回の動画 江戸のファーストフード
• 【江戸時代】日本のファーストフードの原点!庶...
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#偉人はつらいよ #江戸時代食事 #江戸食事 文化
ご視聴いただき有難うございます。今回の動画は後半の編集に凝りすぎて、かなりギリギリでした(-_-;)
動画内で紹介した江戸のランキングは非常に色々な種類があるので、ご好評いただければまた取り上げます。
納豆汁はコンビニで売ってましたよ
「ファーストフード」って「fast food」を「first」とゴッチャにしてる表記なのかな?
取組表でなく、番付表ね。
それと、東西方が逆。
タイトルが卑猥に見えたあ...
横綱は大関の中の名誉職です。今でも同じですよ。だから負け続けたときに大関は陥落するけど、横綱は陥落せずに引退となります。
逆に今の食生活がなんとバラエティーに富んで、かつ美味しい物かと考えさせられる
ご感想をいただき有難うございます。
そうですね。日本にいながら世界中のお料理が食べれますからね。改めてスゴイ国だと思います。
逆にというか、普通は江戸時代から
こんなに色々あった事に驚くんだがなw
江戸時代の生活に大変興味があります!
庶民の食べ物、良いご紹介をしていただきありがとうございます!
第2回を切望いたします♪
私の方こそご視聴いただいたことに加え、ご感想までいただき有難うございます。
今は江戸の文化を紹介していますので、食文化もやるといった感じですね。
良い本を見つけることが出来次第動画にしますので、またご期待いただければと思います
結構今より格安で旨いもの食っていたようですね!
とても面白い内容でした。
話すスピードもきちんとゆっくりだし、BGM、バックの画像も話に沿ったもので楽しく見ることができました。
次の作品も楽しみです。
嬉しいご感想をいただき有難うございます。
まだまだ手探りでの動画作成ですが、そう言っていただけて光栄です
池波正太郎さんの時代小説や杉浦日向子さんの漫画、エッセイを読み漁り、江戸の食文化はこんな感じだったのかー🤤と浸っていた時期がありました笑
楽しい動画でした!ありがとうございます😊
大変に嬉しいご感想をいただき有難うございます😀
ご飯は薪がもったいないので1日分を朝炊いて食べると言う食べ方だと聞いた事があります、なので夜食べる時はお湯やお茶をかけて温めてたべていたそうです。
江戸時代は火事が多く大工などの仕事が多かったので人が集まり世界的にも多い人口だったので独身男子だらけだったので外食が発達したそうです
やっぱり和食は魅力的ですね。普段は銀シャリいっぱい食べて、特別な日におかずを楽しむというのが江戸っ子の流儀みたいですね。だからこそ、鰯とかメニューに出てより喜んで食べられるというわけですか。 …最後のドタバタ、笑いました。
こういうの大好きなんです♥️ありがとうございます。
ご感想いただき有難うございます。
こちらの方こそ、嬉しいことを言っていただき感謝いたします。
現代でも「打線組んだ」とかやってるし
日本人のやることは変わらんな
ギリギリになったというだけあって、最後は笑わせていただきました。
いつもご感想いただき有難うございます。
そういっていただけて作ったかいがありました。
こういう日本の雑学好きw
面白かったです!
嬉しいご感想を有難うございます👍
本当、何度見ても面白い。
面白かったー
30歳独身自炊男のおかずメニュー選びに助かる
八杯豆腐とか作ってみたいね~
江戸時代は今よりもずっと寒かったと言いますから、とろみがついていて体が温まりやすい納豆汁は好んで食べられていたんでしょうね
今でも寒い東北地方なんかでは好んで食されているみたいです
下の方のおかずかと釣られて来たけど、普通におもしろかった
よかった。私だけじゃなくて😁💥🔨
その動画も有ったら面白そう。
吉原近くの人気の無い路地で耳を澄ませながら一物を扱く春の少年
おかずと言えば普通そっちよな
当時の春画の話を期待
しちゃうよねw
霊夢さんの動画は本当に内容の幅が広くて楽しみです。
江戸時代の相撲で、横綱がなかったわけではありませんが、大関が勝敗で上がれる番付の最高位でした。
大関の中でも抜群に強く品格一等で、吉田司家が認めた力士のみが横綱の称号を名乗れる、いわば名誉位でした。
現在でも横綱になると番付が下がらないのは、当時の番付外であった横綱の名誉の名残です。
教えていただき有難うございます。
名誉職ということはお給料は据え置き・・・?
不純なことが気になってしまい申し訳ありません
@@user-bb1oy3gk1m 当時の相撲は年1回か2回の20日あまりの興行しかありません。番付毎の最低限の給料はわかりませんが、部屋や力士の後援者(俗に言うタニマチ)からの支援によっても変わってたのではないでしょうか。
大関以上になると、部屋から引き抜かれて大名お抱えの力士として士分に取り立てられて扶持米を受けた力士もいるようですので、横綱ともなれば、そういうケースで厚遇されたのではないでしょうか。
*一部私見が入っています。
わざわざ教えていただき有難うございます。
参考にさせて頂きます
侍がマグロを食べなかったのは江戸時代はシビと呼ばれていて、死日と読めるので縁起が悪いとのことで避けられたみたいです。また江戸時代の年代は忘れましたが、鮪が東京湾ですごい豊漁な年があってそれから赤身は寿司屋で使って、トロ(腹身)の部分は居酒屋などでねぎま鍋で出されていたみたいです。
ご感想いただき有難うございます。
流石にそれは縁起が悪すぎますね(笑)
トロもそれまでは捨てられていたと言いますが、食べられるようになったのも江戸時代というのは面白いですね。
御飯に合う美味しいおかずって、酒にも合うんだよね。
金平と、切干大根で呑みたくなっちゃった✨
ご感想をいただき有難うございます。
あ~いいですね~♪
キンピラと切り干しということは熱燗でしょうか?(笑)
素晴らしい楽しみ方だと思いますъ(゚Д゚)グッジョブ!!
金平ごぼうに切り干し大根、豆腐の煮たのは味付けが若干違うかもだけどうちでいつも食べてるおかずでけっこう豊かな食生活だなぁって思った。
これらに洋食なんかがレパートリーにあるから、海外の人は日本のご飯に美味しいって言うのは当然ですね。
毎回、面白く見てます!
これからも頑張ってください!
嬉しいご感想をいただき有難うございます。
ボチボチですが頑張りますъ(゚Д゚)!!
今回おかずのランキングにあった取組表(番付)で思い出したのですが
江戸時代には沢山あったうなぎ屋さんもこんな感じでランキング付けされていたそうです。
ご感想をいただき有難うございます。
今回の参考文献に載っていましたね。
江戸の人たちは何でもランキングにする遊び心に富んだ人たちだったと想像しております。
取り組み見てたらおなかすきました。
食べたいけど作り方がわからないのでガム噛んで我慢します。
優勝したイワシですが当時は漁に出ると船いっぱいにとることができて、
食べるよりも畑の肥料として使ってたみたいですね。
漁獲量が極端に減った現代では料亭に出るような高級魚になりましたねw
いつもご感想いただき有難うございます。
ガム!?確かに今から作るのは手間ですがらね。明日思う存分食べてください(笑)
肥料に使われていたんですか、それだけとれたなら朝、昼に食べればよかったように思いますね。
あれ?イワシが高級魚?と思って調べてみたのですが、今年はとんでもなく高かったのですね。
少し落ち着いてきたとはいえこんなに高くなっていたとは知りませんでした。
@@user-bb1oy3gk1m
たぶん、減ったのは肥料として日本以外の周辺国が獲っているからと思われます。
周りの国が一斉に獲りだしたら減るよね。
@@dnaris5414 様
ご感想をいただき有難うございます。
そのあたり考えられる原因は色々ありそうですがどうなのでしょうね。
もし国際的な問題になれば、私たちだけ
が気をつければ良いという規模の問題ではなくなってしまいます・・・。
江戸以前(?)はマグロのことをシビと言って「死日」にあたって縁起が悪いから食べなかったと聞いたことあるな。
あと、江戸時代は今みたいに冷凍が出来なかったから足が速い脂身のあるトロの方が安くて、赤身の方が高いという今と逆の状態だったらしいね。
トロが高くなったのって、戦後なんですよね。
江戸時代は自分の中で日歴史で3本指に入る面白い時代だと思ってます❗
ほぼゴミの出ないリサイクル都市だったり、世界で初めて先物取引をやったのは日本の江戸時代なんですよ🎵
江戸で井戸が掘れない所は水道も通ってて年間300円位で使い放題❗
相撲は取り組みで上がれるのは大関まで、横綱に上がるには圧倒的に強くて人間的に問題など起こさない尊敬できる人である必要があったはず。
大関は負けて番付下がっても、成績が良ければまた上がれるけど、横綱は負けが続けば引退だと思いました。
一日五合・・・昔はオカズが少ないのでその分をゴハンで補うというのは日本でも昭和の後期の始めぐらいまではそのような状態でした。昭和中期ぐらいまではゴハンは一食一合くらいは食べるのが普通でしたね。ベトナムなんかでもそういう感じで、ドンブリに山盛りのゴハンと少量のオカズが普通です(今はどうか知りませんが10年くらい前まではそんな感じ)。
でも、同じ少量のオカズと大量のゴハンでもベトナムがドンブリで食べるのに対し日本では小さい御茶碗で食べるのが一般的です。「居候/三杯目には/そっと出し」でもあるように、一杯半合くらいの御茶碗でおかわりを繰り返して3~4杯食べ、それが一日三食で一日約5合。
なんで大きいドンブリじゃなく小さい御茶碗でお代わり繰り返してたかというと、箱膳という食器セットの存在が大きいでしょう。
箱膳は江戸時代には使われていたのは確かなのですが、それ以前はいつから存在したのか定かではありません。
奈良時代から伝わるとされる強飯式ではバカでかい器にゴハンが山盛りに盛られますし、平安時代の絵巻物なんかに描かれる貴族や高位の僧侶の食事風景なんかだとドンブリのような大きな器に山盛りになったゴハンが描かれますから、日本も中世のころまでは小さい御茶碗でお代わりを繰り返すのではなく、大きなドンブリにドカ盛りゴハンを食べていたのは確かなようです。
いつ、どういうきっかけで小さい御茶碗で食べるようになったのか?
個人的には茶道の懐石の影響ではないかと思っていますが、それが庶民にまで波及するのかと言われると自信がありません。
是非その辺も掘り下げていただけると嬉しく思います(´・ω・`)
茶碗で食べるのは食事の作法が関係しているとおもう。
大きな丼だと重いのと掻き込む所作が綺麗じゃないので外食以外では出なかったと想像する。
あと箱膳で食器は最後にお茶やお湯で箸と椀の内側を綺麗にして各々のお膳に収納するのが家庭でのしまい方ですね。
亡き母はよくこの箱膳の話をしてくれたものです。
ここに収まらない大きな丼は外食専門で使用された器ではないかな。
お米は朝一回炊くだけだから温かいの食いたくて
お茶が庶民にも発展したんだよね。(お茶づけ)
殆どおかず無しでごく僅かな味の濃いおかずでご飯をかき込む、という食生活は理由は分からんがとにかく飢餓感がありすぐ腹が減る
1日5合食うのも頷ける
ご感想をいただき有難うございます。
江戸時代まではどこも玄米ご飯を食べていましたので、白米に精米したご飯というのは江戸の町だけの贅沢でした(地方は未だに玄米ご飯)。
その初めて食べるあまりの白米の美味しさに、おかずも白いご飯をいかに美味しく食べるかということになっていったようですね(笑)
@@user-bb1oy3gk1m
水兵の脚気に悩まされていた旧海軍が白米より玄米のほうがビタミン類が豊富だと気が付いて玄米食にしました。脚気の予防には抜群に効果的だったようですね
いやいや 1日3食 食えてるだけで飽食でしょ。 格差社会の現在 底辺は1日1食だけって連中増えてるよ。
ちなみに 俺はその連中より食えてないぜ。 マジでここ数ヶ月の間 米を醤油でかきこむのを1日1食だけだからな。
こういうの勉強になります。ありがとう
最高に面白かったです😆応援しています^_^
嬉しいご感想を有難うございますΣd(≧ω≦*) グッ
石川英輔の大江戸シリーズは、面白いですね、なかでも泉光院旅日記は、目から鱗の面白いですよね!
勉強になります!ありがとうございます♪😄☝️
嬉しいご感想いただき有難うございます。
私こそコメントまでいただきまして感謝しかありません♪
武家が食べてはいけないものと言えば、キュウリ(切り口が葵の紋の見える)なんてのもありましたね(実は旧幕臣の家では今でもキュウリを食べるときは輪切りにしなかったりする家もあるそうな)、まぁこれは幕臣のみかもしれませんが、あとコノシロは武家全般で「この城食う」といって忌まれたそうですが、戦国時代には進軍中の船にコノシロが飛び込んだのを「この城わが手にあり」と喜んだと言いますからいい加減なものですねw
織田木瓜とかまんま胡瓜だけど信長が天下取ってたらどうなってたんですかね?
そもそも胡瓜って祭礼時に食べるの禁止されてたような文化がありましたし案外縁起の良いものなのかも
BGMが好き。
ゴエモンとか好きな人は分かってくれそう。
面白かったです。
今でも食べている物が多いのですね。
意外でした。
ご感想をいただき有難うございます。
そうですね。
このランキングにお肉が加わりはしますが、今の私たちと大きく変わることはないというのは面白いですよね。
当時横綱は「横綱免状を持った大関」らしいですね(・ω・`)
「銀平飯科帳」というマンガに出てきます(・ω・`)
めざしも高くなったからなぁ。木枯らし紋次郎飯喰いたくなった。
納豆汁は美味しいですよ。金平はお弁当の定番、剥き身と切り干し、昆布と油揚げも常備菜で良く作ります。江戸時代にこれらのおかずが広まったのは関東でお醤油が作られるようになったと言う背景もありますね。お醤油も地方によって甘かったり辛かったり、薄かったりと色々ですね。特に九州のお醤油は甘いのですが、鹿児島辺りではさらに砂糖をたっぷり使い、甘くないお料理を、砂糖屋が遠いとかつては言ったようです。これは、沖縄を薩摩藩が治めたことで、砂糖が薩摩の人々に手に入りやすくなったのと関係があるのかなぁと思います。お料理一つ取っても、歴史的背景が色々あって面白いです。と言うか、私は食いしん坊で、何十年も前に日本史のレポートで、食生活を取り上げて先生にあきれられた覚えがあります。当時のレポートを探してしまいましたよw
いつもご感想とご教授有難うございます。
わざわざレポートを探していただけたのですか!?
私のためにすみません。そして心からありがとうございます。
今回、おかずを動画に取り上げましたが、江戸の食事はまだまだ奥深いですね。
江戸の町だけでなく、江戸時代の鹿児島とかでも十分面白いお話になりそうです。
また良さそうな本を探しながら、企画を練りますね。
昔では明らかになっていなかった事実があったし、今は昔では考えられないほど情報が手に入りやすいし、種類も豊富で読む本も選ぶのが大変です。それこそ、幾ら稼いでも本代に削られてしまいますw
先日、蔵書を保存するのにトランクルームを借りてしまいました。最近はとても興味深い書籍が沢山あって目移りしてしまいます。ここで紹介される本も、いつも興味深くて、次の買い物リストに入っています。
これからも色々と楽しみにしています。
トランクルームですか!?
本がお好きだとは伺っていましたが、スゴイですね。
私も動画作成に励みますので、今後も是非ご教授ください。
春画の紹介かと思った
面白い動画でした!
秋田県民としては納豆汁は小さい頃から馴染み深い料理なんだよな…
好き嫌いははっきり分かれるけど、自分は大好きだったな…
ごめんなさい。
サムネで違う方のおかずを想像してました(笑)だって頬が赤らんでたもので🤣
面白かったです。自分が和食党だからかもしれませんが、江戸時代にはもう今とあまりかわらない晩飯な気がしますね。イワシやきんぴらごぼうはメシがすすむ。。。なんか腹へってきました
嬉しいご感想をいただき有難うございます。
そうですね。私たちの食事はこのランキング表にお肉を足したくらいでしょうか。
現代と比べてもそんなに変わらないかもしれません。
納豆汁、具材にナメコ、大根、ネギ、蒟蒻を入れて山形の冬の汁物では定番なんだけど、やっぱ県外とかだとおかしいのか…
ウチの実家(秋田県湯沢市)でも納豆汁はのまれていました。具はキノコ類に油揚げ、といったところです。
今の小鉢が当時の主菜だったんですね
納豆汁は昔からよく食べてます。味噌+納豆だから味が濃くてご飯が進むので、お米を多く食べるには最適だったんじゃないでしょうか?
ご感想いただき有難うございます。
なるほど、味噌と納豆は別々では私も良く食べるのですが掛け合わせて食べたことがなかったです。
でも考えてみれば、相性良いでしょうね。今度作ってみます。
ご感想いただき有難うございます。
そうなのですか!?全国で売っていたということですよね?
では逆にどうして無くなったんでしょうね。急に売れなくなったとは考えにくいと思いますが・・・。
納豆は食えんです・・
@@jdatango7222 様
苦手な方は本当に苦手でしょうからね。
あの独特な臭い、仕方ないと思いますよ(笑)
アサリをたくさん入っているご飯を深川飯として人気でした。
ご感想をいただき有難うございます。
アサリご飯・・・今でも十分に美味しそうです♪
@@user-bb1oy3gk1m さんへ、たまに食べましたよ。美味しいですよ~
それは素晴らしいですね~(*´﹃`)
アサリは佃煮やお味噌汁で食べるものだと思っていましたから、私などからすれば中々の贅沢に思えてしまいます(笑)
@@user-bb1oy3gk1m さんへ、埋め立てられる前まで、深川で、浅蜊、ハマグリがたくさんとれて、庶民の必須、アイテムのように、食されていたと父から聞いて、おります🎵
今度江戸時代の相樸を紹介してほしいです
ご感想いただき有難うございます。
リクエストもいただけて感謝いたします。
当時の相撲人気は凄まじかったようですね。
ご紹介したいネタが多すぎて必ずやるとは言えませんが、検討は必ずさせていただきます。
面白かったw
嬉しいご感想をいただき有難うございます(*・ω・)ノ ルンルン♪
納豆汁で驚いているあたりやっぱ生粋の関西人だなぁと感じる。関西系食文化の北陸でも飲むくらいだから全国的にはかなりポピュラーな汁ですよ。
あとマグロがダメなのは、マグロの昔の呼び方「シビ」が「死日」となるからじゃなかったっけ?
ご感想をいただき有難うございます。
私は旅行などの短期でしか関西以外を知りませんので、全国の事情にはかなり疎いと思います(笑)
マグロについてはそちらの説と真っ黒説の両方があります。ごろからいって両方正しいと考えていますね。
@@user-bb1oy3gk1m 「幻のアフリカ納豆を追え」って本おすすめですよ。
実は納豆はアフリカから中国わたって日本に伝わった可能性があって、日本以外の納豆はすべて調味料として使われてて、生でのみ食べるのは日本ぐらいなんですよねー。
なので納豆汁は実は世界的にはメジャーな食べ方だったりするんです。
あのー多分 取組表でなく番付かと…
江戸時代のおかずは春画だろと思った自分の心が汚れまくりなだけだったw
動画の内容、興味深かったです。
オカズとゴハンの合体・・・丼物も江戸時代に開花した料理じゃなかったか?
ぜひお願いします(`・ω・´)キリッ
検索しても中々取り上げた動画がないので田沼意次についての解説をしてほしいな。
米本位制で儒教的価値観から貨幣経済を軽視する武家政治にあって言わば資本主義を先取りしていた田沼は実に興味深い人物だと思う。動画のコンセプトにも合致するのでは?
リクエストいただき有難うございます。
なるほど、汚職で悪っぽいイメージもっている人が多そうですものね。
次回出来るかどうか、検討いたします。
@@user-bb1oy3gk1m
じっくり調べて面白いものを期待してます。
田沼はケインズより150年も前に基本倹約を旨とした緊縮政策中心だった徳川幕府の治世に遭ってインフレ政策を行った資本主義自由経済の先駆的存在だと思うんで。
あまりハードルを上げられてしまうと困ってしまいますが(笑)頑張って楽しんでいただけるものを作りますね。
マグロについてですが、かなり時代も下がって幕末期位には武士の間でもマグロは食べられていたようです。1860年くらいに江戸勤番をしていた酒井伴四郎
という人の日記が残っていまして、それにマグロを食べた記述が何度か登場しているそうです、
教えていただき有難うございます。
すき焼きですら食べられていたと言いますから、幕末では相当な違いがあるのでしょうね。
江戸でも幕末は別に分けて考えたほうが良いのかもしれません。
ただ、酒井伴四郎は当時庶民でも食べずに捨てていたマグロの脂身をわざわざ店の主人に頼んで出してもらって、炭火で焙って食べてるからゲテモノでも割と平気で手を出す冒険心溢れた人物であったらしい点は考慮しておくべきです(´・ω・`)
幕末の紀州和歌山藩の下級武士、酒井伴四郎が遺した日記のなかで、酒井がマグロの脂身を炭火で焙って食べるシーンが出てきます。
武士仲間と店でマグロの刺身(赤身)を食べているので、食べ物の禁忌は絶対的なものでは無かったことがうかがえます。
ただ、マグロとは言っても脂身は庶民ですら食べずに捨てる部分だったので、酒井がゲテモノも食べる冒険心を持った人物であったことも差し引いて読む必要があるかもしれません。
ほとんど両方食べたい。
ご感想いただき有難うございます。
ホントにそうですよね∑d(d´∀`*)グッ!
どちらを選ぼうかはかなり悩みました(笑)
納豆汁は今でも普通に食べられてるゾ
昨日食ったぞ()
私もたまに作ります
美味しそうな番ずけでした
この番付を冷蔵庫に貼っておきたい
ご感想をいただき有難うございます。
うーん。今回の参考文献の「大江戸番付づくし」をコピーするとかでしょうかね。
まあ毎日でも見たいくらいに興味深いということでしょうか。
@@user-bb1oy3gk1m
何食べようか迷った時に丁度良さそうなので
冷蔵庫の中身を確認して買い物に行く前に確認できるじゃないですか
にしても江戸っ子は本当にお洒落で精神が豊かですよね 北斎漫画みたい
飯への執念を笑いに変え、番付風にするというセンスと配置が秀逸
温泉番付てのもありますね 西と東で対決てのも民衆の心理をそそるじゃないですか
なるほど、献立の一品にですか!
それも良いですねΣd(≧ω≦*) グッ
江戸っ子たちの遊び心というのはとても面白いですよね。 今の私たちも考えさせられることが多いと思います。
この位だったら自分で作れます。味は?ですがw
番外編として、「ス豆腐」を入れてほしかったです(嘘)
これはケ食なので、ハレ食もランキングして欲しかったです。
八杯豆腐つくった。これは美味い。いろいろアレンジできるわ。
相撲部屋の食事、ちゃんこ、とその歴史見ついて、教えてください。
東西おかず勝負、全問一致でした
番付にある他のおかずも知りたい🍚
細かいことかもしれんけど、取組表じゃなくて番付表ね。
ご指摘いただき有難うございます。
私一人ではどうしても勘違いや、知識の抜け落ちは防げませんので大変助かっております
この動画を見てマグロを味噌汁にいれたもの(小松菜も入れたので空汁ではありませんが)を作って見ました
茹でられたマグロはしっかりしたなまり節のようで食べやすく美味しかったです
これは、これでありなマグロの食べ方だと思います
缶詰の鯖水煮で作る味噌汁を想像してみたらすごく美味しそうです。
水煮缶が健康食材として注目され始めた時雑誌に載っていました。
加熱済みの鯖なので手間がかからず手軽に具たくさんな味噌汁を作れると書いてあった記憶があります。
うちは道民なので鱈や鮭など食材はすぐにスーパーで買えるのでそれは作ったことないですが、今度やってみます。
そうするとツナ缶の味噌汁ってアリなのかな?
@@user-vh9jw8bn8o ノンオイルのツナ缶なら土井先生あたりが「一汁一菜でいいんです」なんて食材に選びそうではある。
ツナ缶ではないですが、先生の具沢山味噌汁の動画などで我が家はけんちん汁や具沢山の味噌汁をよく作るようになりました。
好き嫌いの激しい舅も汁物なら食べています。
番付作りたがるあたりやっぱ祖先なんやなって
ナマコ大好き
ご感想をいただき有難うございます。
ナマコはコリコリとした歯ごたえが良いですよね♪
乾燥させたら味も変わるのでしょうか・・・
農村や漁村のおかずもお願いします!
取り組み表じゃなく「番付表」じゃないかな?
毎回面白いです。
ご感想いただき有難うございます。
その個所は間違えていますね。教えていただきありがとうございます。
また面白いと言っていただける動画作りに励みます。
桃太郎侍w(面違う)
一つ、人世の生き血を啜り…二つ、不埒な悪行三昧…
このサゲの為に相方へは萃香を選んでいたのですね。分かります。(何も分かってない)
ご感想をいただき有難うございます。
そこまでは考えていませんでしたね(笑)
江戸時代の味噌汁は、出汁を取ってたのか、何で取ってたのか、気になります~(≧▽≦)
ご感想いただき有難うございます。
それは私も滅茶苦茶気になりますね。
良い本がないか調べておきます(*´▽`*)ゞ らじゃ♪
最初のbgmは東方Projectの伊吹萃香のアレンジかな?
楽しい、、
ひびく飯テロであります*
近所の国の秦の時代の先輩は
長寿のため水銀を飲んだりしたらしいです
随分なジャンクフードですよネ
あっし素朴な食生活がいちばん好きかも
嬉しいご感想をいただき有難うございます。
水銀を飲むのはヤバすぎますね・・・。江戸時代では飲んでいたそうですが。
なんだかんだといつも普段食べているご飯が一番おいしい♪それが素敵ですね。
お返事くださり ありがとうございます
きっとまた観に来ます*
こちらこそ有難うございます。
またお時間のある時にでも見て頂ければと思います( ´∀`)ゞ イラッシャーイ
個々のおかずは好みの問題なので
コメントしませんが、日持ちのする
ものや、俸手振りが売りに来るものを
使ったお惣菜が殆どですね。
恐らく何文という価格でしたでしょうから
庶民が手にすることの出来る食材だったと
思われます。
味を濃くしても夏では1日で悪くなりますので
作り置きは難しい時代だったのでしょうね
煮凝りは冬の楽しみだったのでは。
翌日でも食べられるおかずですので
ご感想をいただき有難うございます。
まあ、江戸時代そもそも家ではご飯と味噌汁意外あまり料理をしなかったみたいな話も聞いたことがあります(まな板と包丁がない)
もしかするとお惣菜だったのかもしれませんね。
今でも横綱という番付はありませんよ。横綱は大関の中の名誉職です。
鮪は別名シビと呼ばれていて、タヒ日を連想させることから侍からは縁起が悪い魚として、閨怨されてたらしいよ
教えていただき有難うございます。
別名なんてあったんですね。その別名はさすがに縁起が悪すぎですね。
素人なりにいっそマグロの名前を変えちゃえばよかったのにと思っていましたが、やっぱりそう簡単にはいかないようです。
@@user-bb1oy3gk1m 因みに、今では鮪の身の中で高級食材の大トロですが、江戸時代では臭った身として捨てられてたそうです
教えていただき有難うございます。
やはり鮮度が維持できなくて腐ってしまったのでしょうか。
現代人からすれば、もったいないとどうしても思ってしまいますね。
@@user-bb1oy3gk1m
ほんとそうですね・・・
当時は保冷技術は皆無でしたし、氷も超高級品で徳川将軍家への献上品としても上がってましたし
専用の籠に載せられ厳重な警戒態勢で江戸城へ運ばれてたそうです
その縁起物の氷に少しでもあやかろうと、人々がルートに沿って集まりちょっとしたお祭り騒ぎだったらしいです
そのようなお話があったのですね。
江戸の夏を取り上げるというのも面白そうです。
興味深いお話を教えていただきありがとうございます。
どれもおいしそう。
おっ、おい待てい(江戸っ子)
ご感想をいただき有難うございます。
お、物言いですか?
受け付けますよ?(笑)
江戸っ子のおすすめ春画ランキング!?(錯乱)
ご感想をいただき有難うございます。
そういうのはどこまでが芸術でどこからがアウトなんでしょうね。
そのあたりの基準がわかりません(笑)
江戸時代の頃でも飢饉が起これば大量の餓死者がでた時代を思えば、おかずはなくても腹いっぱい食えるだけでも相当な幸せを感じられたのかもしれない。
それにこの時代のヨーロッパなんて肉なんて基本腐った肉しか食えなかったし、主食はカチカチのパンだったのに比べれば江戸の食生活のほうが裕福に思える。
「えどわずらい」は米をたくさん食べた為に起きていましたが
大阪、京都、尾張などではあまり発症しなかったのかしら???
いまさらながらそんな事思いました
東西の小結は共にすぐに大関に昇格出来そう
チャンネル登録しました!
ご感想とご登録いただき有難うございます。
私も動画を作っていて、いきなり難しいメニューでどちらに勝たそうか迷いました(笑)
これからもよろしくお願いします。
昇格どころか昔はデビューが大関ってのがあったみたいですよ。ちな、有名な雷電は関脇からでした。
5:51 納豆汁は昭和に永谷園辺りが出してたよな?
かわぃぃ💓
まず横綱から、大相撲の横綱は元々、大関の中でも特に優れた大関に横綱免許が与えられたとか、とは言え横綱免許を許されても大関である事は違いなく、江戸時代は3役として小結、関脇、大関で、横綱はあくまでも大関。昭和になって大関の上に横綱が配置されたと思います。江戸時代のおかずとしては、豆腐百珍がすでに記載されているので、豆腐は相当量が食されていたと推定されます。またシジミやアサリも幾らでも取れたと言うので、江戸では大量に食べられたのでしょう。もっとも足が速いので、日本橋を中心とした地域の話で、内陸側ではあまり食されなかったかも知れません。
教えていただき有難うございます。
横綱というのは長らく名誉職的な扱いだったのですか。それが役職になったのは以外と最近なのですね。
豆腐と貝は江戸の栄養源ですね。ちょっとタンパク質が多いのが気になりますけれど。
昆布油揚げ>剥き身きりほし
切り干し大根はは甘味が強くて酒の肴にならない。飯の菜にもならない。
ゆっくりすきるワ
もっとパパイアっとしゃべらんかい!!!
沢庵が横綱か殿堂になってた時期があった気がする😁
ご感想をいただき有難うございます。
別のランキングもあるのでしょうか。
でも沢庵がレジェンドなのは間違いないと思いますサイコウヽ(o’∀`o)ノヤーン♪
この動画見て初めて知ったけど・・納豆汁って全国的な一般に食べられている物で無かったのね(´Д`;;)ちなみに自分は山形県です。
ご感想いただき有難うございます。
私は食べたことがなかったですね。
お味噌汁と納豆なら良く食べるのですが混ぜて食べるという発想は今までなかったです(笑)
私も新しい発見をさせていただきました
納豆汁は東北では今も食べられているそうですよ
動画主は若いですから知らない事沢山あります!間違った事も言うでしょうけどアドバイスしてあげて下さい!
ご感想・・・いえフォローいただき有難うございます(笑)
まだまだ勉強中の身でして、こうして動画を作って紹介しておりますが、最近は私が皆さんから教えていただくための動画と化しております(笑)
詳しくない方には文化を紹介し、詳しい方からは私が教えていただく。そんなチャンネルですがよろしくお願いします
きんぴらごぼうは今より太くて歯ごたえが強かったそうだ。このきんぴらごぼうのきんぴらとは、江戸時代に流行った物語の主人公で、「坂田金平」と言い、気は優しくて力持ちということから、牛蒡などは太めにして少しの量で満足できるようになっていたそうで、坂田金平の名は後に坂田金時になり、さらには明治時代に金太郎になったそうです。さ
ご感想いただき有難うございます。
そういえばなんでゴボウとニンジンを炒めてキンピラなんだろうと思いましたが、そういった理由があったのですね。まさか物語の人物の名前から来ていたとは知りませんでした。
@@user-bb1oy3gk1m さんへ。余計なでしゃばりじゃなかったら幸いです。ご飯を食べるのがご馳走だったから、当時のきんぴらごぼうは太くて歯ごたえが強く、一本か二本ぐらいを食べればご飯の一膳ぐらいは食べれたそうです。しかし、どうせなら美味しいものが食べたいですよね。
いえいえ、わざわざお手間ををかけて教えていただけているのですから感謝しておりますよ。
なるほど、当時はお漬物も相当塩辛かったとききますね。すべては白ご飯のためにですか!
素晴らしいですね!サイコウヽ(o’∀`o)ノヤーン♪
@@user-bb1oy3gk1m さんへ。いえいえどう致しまして、これからも面白い番組を作ってください。
若干違う
金太郎は坂田金時のことで
源頼光の四天王の一人で
金時豆、金太郎飴の由来になった人物
浄瑠璃の金平浄瑠璃も金太郎の事です
でもってタイトルに出てくる金平ですが
これは金太郎の二人居る息子の一人で
坂田金平という名前で
こちらが黒く細く力持ち
牛蒡のような体躯と唄われていて
ここから牛蒡の金平の名前の由来です
ちなみにですが。。
もう一人の息子ですが
坂田陳平(さかたちんぺい)という名前で
893者でどうしょうもない悪党で
読みのチンペイのペイの部分が変わってピラになり
チンピラと言われるようになり
チンピラの語源という話もあります
サムネからエッチなオカズかと思ったやんけ!w
から汁はおから入りの味噌汁ですよ。
📝😊、江戸の人たちが食べていたおかず…
江戸時代は脚気も多かったって聞いたことがありますがどうなんでしょうね?
ご感想をいただき有難うございます。
そうですね。正確な数字がないのでわからないことは惜しいと思います。
ただ、脚気は重症にならないと亡くなることはないと言いますから、持病みたいな感覚じゃないのかなと私の想像ですが思っております。
江戸患いってヤツですね。
艦隊勤務の水兵の脚気に悩まされていた旧海軍が白米より玄米のほうが実はビタミン類が豊富だと気が付いて玄米食にしました。脚気の予防改善には抜群に効果的だったようです。その代わりおかずに気を使ったようです。いろいろ説はあるようですが、カレーも玄米の味をごまかすために工夫されたとの話も聞いたことがありますね
そのおかげかどうか知りませんが、今でも海上自衛隊の飯が陸海空3隊の中で一番旨いようです
江戸では全国から白米が届くのでそれを食べるために脚気になるので江戸患いと呼ばれ、逆に田舎では玄米を食べるので栄養価が高い玄米を食べる田舎では脚気になりにくいと言われていて、江戸の住人が田舎に行くと脚気が治ったらしい
きんぴら牛蒡と言えば、ささがきと細切りがありますが、最近の市販の物では、細切りが一般的なのかな?と思います。
歴史的には、どうなんでしょう。
あるいは東西の違いがあるんですかね?
ご感想をいただき有難うございます。
切り方ですか。ちゃんとした料理屋さんでしたら切り方にもこだわるのかもしれませんが、庶民レベルであれば、私個人は適当だと思っています。
それと言いますのも長屋では基本的に自分の包丁が無く(必要があるたびに共用や店で借りるくらいで基本使わない)葉っぱものであれば手でちぎるくらいで魚なども自分ではさばけなかったと言います。
ですので、切り方にまでこだわっていたかというと・・・怪しいですね。
@@user-bb1oy3gk1m 様
なるほど。そういったお江戸の事情は知らなかったΣ(゚д゚;)ので、勉強になります。
ちなみに、先のコメントは現代のきんぴらの切り方についての感想です。解りにくかったと思い、編集しました。
江戸時代にも横綱はいたけど、大関の中で特に強い人に免許を与えているだけなので、番付では大関が一番上になります。ちな、今でもその名残で三役は、大関・関脇・小結をさしてて横綱は入ってません。
ご教授いただき有難うございます。
横綱って免許制だったのですね。名誉職みたいなものでしょうか。
現代では番付表には横綱って入っていますよね。時代に合わせて変わっているところもあるのですね。
実はついこないだまで免許制だったんですよ。免許発行してる吉田司家がやらかしちゃったんで今は違うけど。他にも昔の相撲を調べると面白いですよ。@@user-bb1oy3gk1m
えぇぇー!こないだまでなんですか!それは面白いですね。それとなく面白そうな本がないか探してみます。教えていただき感謝いたします。
ナマコは干したら価値が爆上げです。
日本産の干しナマコは超高級品であります。
イワシにゴルゴ・サーディンと称したオスカーオイルサーディンがございます。
缶詰のオイルも使い道がございます
ご感想いただき有難うございます。
私はなまこ酢を何回かくらいしか食べたことがなかったので、なまこがそんな状況だとは知りませんでした。高級品・・・それだけ数が減っているということでしょうかね。
@@user-bb1oy3gk1m m(__)mあくまでも乾物になったらの場合でございます。また、「クチコ」という珍味もございます。酒呑みはチャレンジでございます。
当時、乾物ナマコは中国輸出もしてたんじゃなかったっけかな?
あとナマコは日本も太古から食べられていました。