【兵器解説】日本帝国陸軍の九二式重機関銃 7.7ミリ弾の使用が可能となり、装弾数は少なく、射撃速度は遅いものの、狙撃すら可能な命中精度の高さで、敵に驚異を与えました【ウェポン堂軍事解説】
Vložit
- čas přidán 28. 04. 2022
- 日中戦争から太平洋戦争にかけて、日本陸軍で運用された、九二式重機関銃。
日本陸軍の主力重機関銃として多くの戦線で使用されました。
保弾板から弾丸が減るごとに発射速度が増す特徴から、米軍からはウッドペッカー(キツツキ)と呼ばれ、その高い命中精度で恐れられています。
火力の乏しい日本兵にとって、頼りがいのある支援兵器であり、終戦まで活躍した傑作機関銃でした。
そんな九二式重機関銃のスペックや、誕生から終戦に至るまでを、時系列に沿って解説した動画です。ぜひ最後までご覧ください。
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※当動画は手元の資料を参照しているため、資料によりスペック等の数値が異なっている場合があります。また、可能な限り正確な情報をお伝えしようと努力しておりますが、誤っている部分や多少主観も混じった部分もあるかと思いますのでご容赦下さい。
ご意見等ございましたらコメント欄でご指摘いただけると幸いでございます。
※音声が聞き取りにくい場合は編集済みの自動字幕機能をご利用下さい。
#九二式重機関銃
#日本陸軍
#ウェポン堂軍事解説 - Věda a technologie
この機銃の音を戦場で聞いた若い米兵は、射撃の音がまるでキツツキの様な音だと楽観的でしたが、古参兵は"日本兵は狙撃機関銃を随所に配備しているのか"と皆蒼くなったそうです。
武器という側面があるにしろ、過去の日本人が英知を集め、他国に負けじという熱意で作り出したものに敬意を表し、心を打たれます。
ミシンメーカーで有名な狛江市にある東京ジューキ(株)はこの92式重機を専門に製造していた会社です。社名のジューキは重機のことです。
教えてくれて、ありがとう♪✨m(_ _)m
JUKI株式会社の事ですよね。
もっとも 日立兵器(東京瓦斯電)の下請けで 99式短小銃は末期に作ったけど 重機は部品製造のみですよ。
皆さん良くご存知で感心します。
@@ryochang0810 そら、重機関銃はマウントしないとあかんからな
@@906att6 座布団一枚!
当時としては珍しい”狙い撃ちのできる大型機関銃”でしたね。
狙撃機関銃❗
貧乏国ならでは
うちの亡き親父は機関銃中隊で山西省太原にいました。
500メートル先なら眼鏡を使うとイチコロと行ってましたね。
秋吉台に行った時、馬に乗り親父が乗馬ができたのは驚きました。
0:28 手前の笑顔の兵隊さん好き
射撃の際に耳を保護(鼓膜が破れないように)するため口を開けて射撃します。
私も射撃の際にそうする様に習いました。
ランボーのように叫びながらの射撃は理想的なんです。
@@EF-rg8fk
155ミリ砲とか撃つ時に「耳を押さえて口を開ける」っていうのもそうなんですか?
@@dhkbeans327
その通りです。
一番左端の、船坂ひろしさんですね👍
戦後三島由紀夫がこの人に弟子入りしてます。(剣道でしたっけ?)
渋谷のスクランブル交差点の大盛堂書店の社長です。
誤字が有ったらすみません🙇💦
自分が自衛隊に入隊した昭和56年、定年間近の人が予備隊時代の入隊者も居て、その方達が新兵の頃は、戦争経験者の人が多数居て、92銃機は、狙撃に使えたと聞いてびっくりしたと言ってましたね。
今考えたら、貴重な話しと思います。
自分も昭和55年入隊でしたが 旧軍の年少兵から予備隊~自衛隊 のベテランさん多かったですよね❗ 臨時勤務でボイラー勤務の時の技官のボイラー主任さんは 陸軍の伍長勤務上等兵(優秀ですよね❗)で支那大陸から復員後予備隊、職員採用試験受けて技官に。昔話聞けました🙋分隊長してたのでドンパチしたことや 国民軍が逃げた後には敵の鎖で繋がれた機関銃手の遺体とか 敵ながら気の毒で 内地から来た新兵さんは泣くと言ってました😢⤵️⤵️
似たようなチャンネルは数々有れど、
音声も聞きやすく、写真資料も多くとても解りやすいです。
これからも期待してます。
頑張って下さい。
@@user-fi1rl8fl6y そ!な
タタタタッ、ていうんじゃなくて、タッタッタッタッ、って感じで連射速度が遅めな為、銃身が焼き付けを起こすことなく使用し続けられたそうです。その重量の重さから射撃時の振動がほぼ無く、弾道も常に一定で精密だったとか。
MG42とは対照的だね
あっちは1秒以上撃てないぐらい連射力互高いがこれは断続的に射撃できちゃう
末期状態の東部ニューギニア(ギルワ陣地)で友軍の撤退を援護するため残された重症者が豪州軍に向けて重機を撃ち続けていたという。独特の射撃音は三日あまりジャングルの中で聞こえ、今でもあの音を忘れられない…と証言していた帰還兵の記述は印象的だった。
泣ける切ないけど勇敢な話ですね。
歩くことすらできない重症の兵士が敵に向かって重機を撃ち続けていると思うと申し訳ない気分で一杯だった、とも書かれていました。
同じ日本人でも帰化人には分かるまい!
@@acountgmail8354 同じ日本人でもキミのヘイトは分かるまい!
私の祖父の兄弟がニューギニアで戦死しました。
もしかしたらそこに居たのかな?
ウチのじいちゃんが九二式重機関銃の分隊長やってました。
戦争の事はあまり話してくれませんでしたが、この九二式の事は嬉しそうに話してくれました。
保弾板も残弾を把握するのには適していたとのことです笑
保弾板は射撃中に連結できる構造だから連続射撃も可能よ。おじい様はご存じだったろうが。
戦争をリアルに再現したクリントイーストウッドのイオウジマシリーズを見ても、引き付けてからの狙い撃ちを戦術にしていたことを考えると、米軍兵士には地獄のキツツキだっただろうな。
これ、東宝の映画、独立機関銃隊いまだ射撃中、でみてすごいと思いました。その命中精度、使いがってさ、銃手と装填手の勇敢さ、向かってくるソ連軍重戦車も運転まどぐちに狙いを集中してやると、戦車は近寄って来れなかった。映画を観る前は、ドイツ軍もMG34軽機や米軍のM1重機のように、ベルト式装填でバリバリ打つんでなくて、保弾盤なんかでトロトロって感じで、なんでこんな時代遅れなことを、なんて思ってましたが、無駄玉を撃たないで、高精度で射撃できるのを知って、豊富に弾丸を製造し供給できる工業力と財力の乏しい日本にとって、懸命な選択であったと感心もいたしました。
その映画の一部を、つべで見たことがあります。米軍がバリバリ打つのは面制圧するためでもあるでしょう。逆に日本軍はチハ車載でも弾倉給弾なので使い勝手が悪かったそうです。高精度射撃というより、軽機と同様の「何発かずつ連射」するという「指切り撃ち」ではないでしょうか。今なら自動小銃の3点バースト射撃モードがあります。
じーちゃんが、兵隊行った時に射手&初年兵助教で使ってました😊一通り全部銃は扱ったけど、重機は一番当たるって言ってたです😆👍✨大好き九二式重機関銃♥️
これぞ機関銃と言える近代的で美しいフォルム。
いつもありがとうございます。
解説が素晴らしいです。
参考になります。
ガダルカナル島に米軍が進出した際に、日本軍が遺棄した92式を接収、兵器の補充が一時的にストップした時には92式を臨時に使用したそうです(写真が残されている)。
使用してみると凄く良い性能なので、補充の武器が来ても部隊によれば、弾薬が無くなるまで使用され続けたとか。
性能もいいかもだけど、味方のフリをするためかもしれません…
射撃音が特徴的なら、なおさらですね
@@futureohno8830様、ベトナム戦争の時、米軍の特殊部隊が後方撹乱の為にAK使ってたよね…(´・ω・`)
2次大戦中にあったスターリングラード攻防戦。
ソ連製のPPSh41はドイツ兵がソ連兵から奪って使用していました。
装弾数の多さや堅牢な構造が好まれた様で鹵獲した本銃に"MP717"という名称を着けて使用したそうです。
(ソ連の7.62mm×25mmトカレフ弾とドイツの7.63mm×25mmモーゼル弾は互換性があったそうです、またドイツの主力拳銃弾の9mmパラベラムを使用するためバレルを交換し、MP40の弾装アダプターを取り付けたものは"MP41"と呼ばれました)
なので以前の私はPPShはドイツの銃だと誤認していました…
日本軍は、鹵獲したm3軽戦車を東南アジアで使っていたそう。
日中戦の時に中国軍が装備していたブルーノZB26軽機関銃(高性能かつ故障が少ない名銃)で味方がバタバタと斃されたが、一旦鹵獲すると倍返しとばかりに中国軍に攻撃しまくっていたらしい。
2chの書き込みで、太平洋戦争中にアメリカ軍の新兵が日本軍の機関銃の発射音の遅さに笑ってたら、古参兵からめっちゃ危険だぞって怒られた話があったな
爺ちゃんが面白いほどよく当たると言っていた銃ですね。ただ運搬は大変だったようです
でも結構頼りになる銃器だったね。
最初は連射性が低いと侮っていたアメリカ兵も驚くほど味方が撃たれる事態に驚愕して苦しめられたんだ。
爺ちゃん名狙撃手だったんだな😆
組み立てがちょっと面倒で本体と脚を分けて運ぶしか現実的ではなかったらしいですその点ブローニングm2は銃身を素早くねじ込む仕組みで、銃身が本体に無いだけだいぶましだったらしいです。もっともm2は歩兵はほぼ防御専門でしたけど
@@tevalleyluckman8746
MG42と対照的な感じがします。射撃速度、重量等スペックだけ見るとMG42が上な気がしますが、射撃速度が速すぎるために弾切れやバレルの焼き付きが頻繁に起き軽量ゆえにブレやすく命中精度もそれ程良くなかったと言います。
同じことを亡父から聞いた。分解して手分けして運んでも重くて苦労したとか。命中精度の高さは最近実射動画を見て納得。間違いなく日本が生んだ傑作機関銃だと思う。
亡き父が従軍中、所属部隊がこの重機関銃を装備した機関銃部隊だったそうです。型式までは聞かされていませんでしたが遺された写真かやトリガー形式から92式重機関銃と解ります。
有り難うございます👍
機関狙撃銃…たまらん!!🤤
私の父がこれを使っていました、その当時は 下士官(父)1人 機関銃手 二人 補助二人 双眼鏡手 二人
伝令 二人 馬 四頭 馬に付く人 四人 計13人 だったかな?
終戦当時は 伍長だった父は 五十人の部下を連れていたそうで まるで将校にでもなったみたいだった
と話したいたな。
それはもう、御立派な将校ですね!私の祖父は軍曹でしたが、そんなに指揮してないと思います。
@@user-xy1jt9lu1n 父によれば 上の者が戦死していくから 仕方がなく 部下が増えるようです。
父は 満鉄の土木技術者でしたが ソ連が進行してくるから 仕方がなく国境に張り付いていた
ようです、 日本が負け 戦争が終わった時 父は ほっとした様でした、
なんせ 中国では 日本は10年戦争していましたからね。
その後 シベリア抑留の4年間は 地獄だったようです。
@@CORONELLA1966 成程。私の祖父も、確か昭和14か5年に兵隊で取られてから、ずっと大陸に出征でした。我が家に出征時の絹製の幟旗があります。現地除隊、現地召集の連続だったとか。祖父は終戦時は奉天に居て、沖縄戦に投入される予定が輸送船も制海権も無く待機中だったところ、ソ連軍に雪崩れ込まれたそうです。シベリア抑留は、二年で帰って来られました。
皆、戦死したと思っていたところ、ひょっこり「トーキョー、ダモイ」で復員してきたそうです。直ぐ嫁を取り、一年後に生れたのが父です。厳しい祖父でしたが、普通の人でした。
@@user-xy1jt9lu1n うちの爺様も14年頃に兵隊で大陸に行ったんだけど小競り合いすら数える程度にしか経験せず
南方への引き抜きもされず、配置換えでアリューシャン方面に移ったと思ったら交代で本土配備になったりしてました
「わし、戦争しとらん」って言ってた…
@@sei-un それは何とも運の強いことでしたね。ウチの祖父は結構ハードモードの戦闘をしていたらしく、敵に取り囲まれたところを友軍の戦闘機隊に助けられたそうです。爆音が聞えたので、日章旗を空から見えるように地面に広げ、戦闘機を誘導して機銃掃射をしてもらって窮地を脱したとか。
「戦闘で、一番に飛び出るとやられない。二番手で出ると敵の射線に捕まり、大抵やられてしまうので、勇気を出して一番に飛び出た方が生き残る」とか、「拳銃は当らない。国府軍の将校に50mぐらいの距離から何発か撃たれたが、ちっとも当らなかった」とか、結構リアルでした。
炊事班に飯を多めに盛ってもらう方法だとか、ちょっと生活に密着した面白い話も。ソ連兵は文盲ばかりで呆れたとも。
松本零士の戦場漫画シリーズの中で崖に取り残された日本兵が、この機関銃を使ってたな。
最後に雨の雫でうたれて、泣いてるようだと米兵が言っていた。
現代の最新銃火器よりこういう古い銃火器の方が格好良く感じるのは何故だろう。
子供の頃(20年くらい前)はP90とか好きだったけど、今はSAAとか92式の方が格好良く思える。鉄臭さみたいなのが好きなのかな。
大戦において戦死された日本軍将兵のご冥福ををお祈りいたします🙏
この銃、松本零士の「独立重機関銃隊」のエピソードにも出ていましたね。作中ではF6Fを一機撃墜していて「いくら重機関銃とはいえ7.7mm程度で米軍の重戦闘機を撃墜するなんてありえない」と当時は思っていましたが、あとでその高性能ぶりを聞いたらあながち不可能ではないと思いました。
同じことを考える方がいらっしゃって感激。撃墜したのはF4Uコルセアの設定だったかと。逆ガルの翼がひっくり返っておちて行ったコマをよく覚えています。
7、7mmあれば航空機撃墜には十分ですよ。
小火器によるチープキルは現在のジェット攻撃機でも被撃墜あるよ。だからスマート爆弾やらロケット、ミサイル等の射程外からの攻撃が主流になったわけで。
当たり所によれば小銃弾ですら双発爆撃機も撃墜可能。実際にビルマ戦線で小銃による対空射撃でミッチェルを撃墜しその機関砲を鹵獲している。
@@prague1534 まるで魔弾の射手
クソ重いけど連発狙撃銃なんだよね。ウッドペッカー。まっ―ーーすぐに飛ぶ38式と同じで日本の傑作。補弾板で古くさく見えるけど故障も少なかった。でも銃身交換が面倒だったみたい
ベルト式給弾は今よりも振動が強い当時は給弾不良起こしやすくて、ベルトを誰が持っておさえないといけなくて1人で射撃する事が難しかったようですね。
というかベルト給弾は設備が無いと金属ベルトに弾込めするの滅茶苦茶大変なんですよね()
布ベルトだと湿気で大変だし、やはり手作業でも比較的素早くセットできる保弾板は、間違いなく当時の日本軍とその戦場だと最適解の一つ。
@@11zxcvb29様 弾帯つくりですよね(^o^;)大昔 用途廃止の米軍の7、62機関銃の廃棄前に大量にある強装薬弾を撃ち尽くしてからだったので当時新兵の我々は日がな1日弾帯作りでした( ̄▽ ̄;) 厭きてきたのわかったのか先輩が お前らも撃てや と同期みんなで撃ちまくりした思い出があります。
ベルト式ではありません。
92式の保弾板は射撃中に連結出来るから弾の続くかぎり連続射撃が可能。これも発射速度が遅い事の利点。空冷だが大型の放熱フィンが1、2日程度の連続射撃を可能にしている。有名な水冷式のマキシムは水と弾が続くかぎり4日連続射撃しても支障なしだったらしい。まあ米海兵隊から恐れられた時点で優秀な火器だった事に違いは無い。
ドイツのMG42機関銃と、日本の92式機関銃の能力は対照的だけど、音で米国軍をビビらせてるのがスゴイ
そりゃ誰だって死にたくない。日本もドイツも可能なら消音化して気づかない間抜けを射殺したかったと思うよ。でも消音機付けると弾速が落ちる。射程と命中精度も落ちる。音で気づいて躱す奴が出てくるのはショウガナイ。音を警告とされて敵部隊に警戒されてしまうのはむしろ困ってたと思うよ。
なを、戦後では渋谷事件では一斗缶に針金でくくり付けられて。活躍しましたネ。
素晴らしい❗機関銃日本誇りだね
命中率の良さというのは日本陸軍の兵器の特徴の一つ。
陣地構築の巧みさと相まって、日本軍の機銃陣地は非常に厄介な相手だったみたいですね。
昔々、まだGun誌が国際出版刊行物であった頃の話。レポーターであるターク・高野氏曰く、ライフルにスコープを付けると命中精度が上がるように思われている傾向があるが其れは間違い。詰まり、九二式の命中精度は光学照準器に因る物では無いという事。照準器の有無に関わらず、その距離でその目標に弾を当てられる能力を有しているという事に他ならない。
元々、帝国陸軍は命中率に拘る傾向が高く、欧米の機関銃が一定の面に対して満遍なく弾が散らばる事を良しとするのとは全く異なる。その最右翼がドイツのMG-34/42で、高い連射性能と、銃身の交換作業が簡便で、銃座によって重機関銃としても軽機関銃として分隊支援にも使えるという八面六臂の活躍をし、戦後においてもドイツやスペインで改良型が作られ、米軍は同等の事が可能なM60機関銃を作り上げる。
さて、九二式の命中率の高さは、間違いなくその過剰な本体重量からきており、重い銃から射撃する場合、銃の震動や反動の影響が重量によって緩和され、命中率が上がる傾向がある。重量の殆どを占めるのは見ての通り、今ではあり得ない程の大袈裟な放熱リブに因るもので、分厚い銃身は、現在の狙撃銃が、ブルバレルと呼ばれる耐圧力にしては過剰な厚みの銃身を採用している事に通じている。蛇足ながら捕捉しておくと、近年では、狙撃銃にも軽量化の傾向が見られ、細い金属製銃身にカーボン繊維などの補強を施し、見た目上ほぼ同じ太さでありながら強度を保ち重量を軽減した物が採用されている。
そういう意味において、九二式は機関銃としては極めて命中精度の高い代物であり、大東亜戦争当時の海兵隊の新兵がその呑気な啄木鳥発射音に舐めたことを云うと、古参がお前はあの狙撃機関銃の恐ろしさを知らん……と嗜めたのは余りにも有名な話である。
さて、同様に高い能力と共に遠射能力と命中精度を持っていたのが、ブローニングM2重機関銃で、フォークランド紛争当時、補給を絶たれたアルゼンチン軍がM2にスコープを付けて単発射撃でイギリス軍を阻止したことがきっかけで、M82に代表される大口径アンチマテリアルライフルの開発配備が行われている。
米軍は、近代銃火器に比べれば運用が煩雑で重量が嵩むM2を置き換えるべく二度にわたり新規重機関銃開発を試みるが、結局採用には至っていない。
あと、アメリカのハンティング業界においては、アリサカ6.5mmは隠れた人気弾薬であり、最近米軍が採用を決定した新弾薬とライフルは、シグ・ザウアー(ザウエルの方が一般的か)のライフルと同社が開発した6.8mm弾である。
私は陸自在隊時に教育参考館に有りました92重機に触れる機会が有りました。
動画にある銃身交換が複雑と有りますが照星前の銃身よりも太い長さやく8センチの
部分が銃身固定のネジでこのネジを緩めると簡単にj銃身が抜けました。
安全装置は押金(引金部分)を左に約45度回すと押せなくなりました。
同じく弾薬を米軍の3006に改造された92重機を伊丹の参考館でみました。
動画の9分35秒の映像で銃身固定ネジのの横に照星よりも少し長いボタンの様な
部品が銃身固定ネジのゆるみ止め部品です。
92式重機関銃に装備された(というか日本軍の銃火器に装備された奴全般)光学照準機は米軍の物などよりも品質がよく精密射撃ではとても役立ったらしいね
初めて聞いた。ソースは?
@@cuibapsano1043 昔見た記事でそういった内容の物があったので、探してくるので少しまっててください
@@cuibapsano1043 すいませんちょっと見つからなかったです、また見つけたらURL持ってきます
@@cuibapsano1043 ニコン製なので、おそらく良いはず。
日本光学(ニコン)、東京光学(トプコン)、小西六(コニカ)など海外の光学技術を学びつつ、戦後のカメラ大国を創り出したメーカーが一生懸命に軍用光学品を製造していたからね。
祖父が中国戦線〜南方へ転戦した部隊の機関銃中隊に所属していました。
自分が生まれる前に亡くなってしまったので、話しは聞けませんでしたが、どのように従軍していたか想像できたので、非常に興味深い内容でした。
ハートマン軍曹の番組ではこの重機は待ち伏せにはもってこいの銃だと紹介されていたな。
私の祖父が、銃機関銃を使っていました!!(多分これだろうと思う)
照準を試し撃ちの土煙で合わせたあと塹壕でウロウロしている敵に撃ちこむとバタバタっと倒れてそれから一切顔・頭を塹壕から出さなくなり静まり返るそうです。
最初地面を狙って土煙を上げ照準を合わせてゆくという話。私も聞きました
素晴らしいですね!
当時の霧城32連隊 に所属していた祖父の自慢話しでしか、記憶にありません。でも、本当に優れた機関銃だったのですね‼
ちょうど7:30の写真の様に保弾板は横から追加し続けることで、ベルト給弾のような蓋開けて再装填することなしに射撃ができるから、弾数に制限があったとは一概に言いにくいと思う
皆さん30発しかうてないと思てますが、保弾板ひっかければ30発以上連続で打てますよ❗
日本軍は陸海軍とも、どうもベルト給弾を嫌っていたようです。
@@minejuli5902 海軍も陸軍も航空機用にはベルト式がほとんどだけどね、あとベルト供弾よりも安価で容易に生産出切るのが大きな理由
当時は分離式メタルリンクはまだ無くて排出されたベルトリンクは繋がったまんま、250発なら5m近い長さになる。
コレを引きずりながら移動とか出来ないので非常に邪魔
みんなで分けて運ぶのに都合が良かったし当時全然ジャミングがなかった。
名古屋護国神社の近くの資料館で現物を見ました。フィリピン戦線で銃口が熱くなるまで撃ちまくったそうです。8月15日にまた参ります。
射撃音から米軍からウッドペッカーと呼ばれていたとか。が、射撃速度の遅さは銃身の焼き付きが遅くなり、長時間の連続射撃が可能となります。射撃速度が遅いといっても歩兵が射撃の合間に相手を覗くなんてできませんから有効でした。
世界初遠距離狙撃重機関銃
@@user-mu5xc5wc8b でもさ、どっちも男のロマン砲だよね。M2現役だもんね
これ米兵から森の中から聞こえてくるキツツキ音が恐ろしかったって証言が多数あるよね
それと八九式重擲弾筒でもかなりの被害があったてね……
戦死した叔父が使用していた兵器です。 合掌
すでにコメントされている方もいらっしゃいますが,小学校のころ読んだ松本零士の「独立重機関銃隊」でこの92式を初めて知りました。その後,映画「シン・レッド・ライン」や「硫黄島からの手紙」でこの重機が出てきて,めちゃくちゃ興奮したものです。
シン・レッドラインでは三脚に固定したまま三名で持ってジャングルを走って移動している。
キツツキでなぎ倒せとはこういうことなのか。
次はMG-42かブローニングM2を紹介
してほしいな〜
MG42のような高い発射速度の機関銃をばらまく為に高発射速度にしていると思っている人が非常に多いが
敵兵は頭を出したり引っ込めたりする、その一瞬の射撃チャンスをモノにするべく高レートのショートバーストを叩き込む為に高い発射速度なのであってアレはアレで命中精度の為なんだよね
92式重機は中隊200名の後方から支援射撃をする為の機関銃だから必然的に俯瞰の視界から撃つ事になり発射速度を高くする意味がない
発射速度が遅いから弾幕を張る能力が低いというのは同意できない
プライベートライアンでアパムくんが弾を持ってこないから機関銃手が戦死するというエピソードがあったけれども
弾丸は質量のある物体で有限であるという当たり前の事を忘れている人には理解出来ないだろうが
アパムくんはどこの国の軍隊にもいてアパムくんが弾を持ってくるまで手持ちの弾でやりくりしなきゃいけないのに
ヒグマも殺せるような威力のフルサイズ実包を人間ごときひ弱な生き物1人に5発も10発も叩き込むのは浪費でしかない
機関銃を横スライドしながら射撃した場合に発射弾数が同じならば高い発射速度は点の威力となり、低発射速度は広げた手のひらの指のように等間隔に散らす事が出来る。つまり面制圧力が高い
第一線歩兵の後方に位置して支援していた重機関銃が、昭和14年に張鼓峰事件の教訓で第一線歩兵の火力の貧弱さを補う必要から歩兵操典が大改正されて最前線で歩兵と密着した行動をとることになりました。従来の超過射撃や間隙射撃が不要となり直接照準による射撃が求められ、敵の最大目標であるぶん犠牲者も増大したようです。
@@user-it1ru9wh6t
大隊運用だから中隊以下の部隊の後方支援である事には変わりないけどね
なるほど、航空戦力と口径を合わせた形になるんですね👍!!とにかく、この頃の陸軍の兵器開発が、結構兵士のことを考えていたのが、時代をうかがえます。
京都霊山護国神社の境内にこの機関銃が展示されています。
ビルマ戦線の慰霊祭に行かれた帰還兵のみなさんが現地から部品にして持って帰ってきたそうです。
凄い!持って帰ってきたんだ!
敵からはキツツキと呼ばれた。
シモヘイヘ
これこそ俺が欲しかった機関銃だ。
制式化直前でボツとなった、米軍のXM806…連射速度がこの九ニ式重機級だったね
トーチカの小さな銃眼をスナイプできないと、この銃の射手は務まらないと言われたそうです。弾薬に関しては威力よりも、まず互換性に努めるべきだったと思います。
発射速度が心地いいんです🎵
6.5mmは時代を先取りしてますね👍️
九二式重機関銃は7.7mmなんですよ九二式普通実包
そしてその後の九九式実包も7.7mmなんですが互換性がなくてですね
爺様が92式重機の整備治具を作って部隊長直々に感状を貰ったのをずっと自慢してたなぁ
92式は敵国側から非常に高評価で使う側である陸軍歩兵からも大変信頼されていましたよ。ベルト給弾は弾丸のバグが多くその際簡単には復旧出来なかったのです。段幕をはると容易に位置が暴露されてしまうという欠点もあります。日本の機関銃は連射の効く狙撃銃であると考えれば納得が行きます。トウショセンではこれに狙われたら終わりと敵兵に恐れられました。96.99式軽機は発射速度が速く面の制圧には日本軍は89式重擲弾筒を活用していました。従って弾幕をはると言う作戦はあまりなかったのですね。
現代のM27 IARタイプの分隊支援火器に通じますね。
ヒ○トリーに出てたとある軍曹は「M60よりも発射速度が遅いから弱い!」って言ってたけどやっぱし九二式は強いんだなあ
運用の仕方次第だよね。
それに軽機と重機を一緒にするのは違うわ笑
@@ChosenSeibatsu1592 ちなみにその軍曹がその後にイギリス製の古い軽機関銃撃ってたら速攻で詰まってボロクソ言ってたw
基本設計が優秀で頑丈だったことが、改造に耐えうる要因だったわけですね。思わぬところから
改造可能な個体で日本の危機を救ったのは、工夫の得意な日本人だからできたと思います。
新型をつくる時間がない中で、従来機の良いところを伸ばし悪いところは目をつぶる割り切りが
功を奏した重機関銃が出来たっていうのは、人間でも言えることですね。良いところを徹底して
伸ばすことが大切。全てを完璧にするなんて考え方自体がおかしいことに気が付くべき。
現代ではベルギーのFN社が開発した、ミニミ(アメリカ名M249)機関銃が重宝されていますが、5.56㎜の小口径弾ですね。
米軍は今でも、7.62㎜と5.56㎜の両方を戦闘で使い分けています。
軽機関銃では5.56で使い分けてないよ
@@NSR250RMC1889
5.56mmと7.62mmは、威力の違いで違います!。
運用が同じでも効果が違います。
今後6mmの弾薬が採用されるらしいね
NSR250RMC1889
M240は軽機関銃的に運用するケースがある
以前、遊就館を訪れたことがありましたが、銃器に関する知識に乏しかったので、残念ながら覚えていません。スルーしてしまったかもしれません。
今は、遠くに引っ越してしまったので、この様なチャンネルで知識を深めて、いつかまた訪問したいと思います。
対空射撃と言えば、松本零士の「独立重機関銃隊」を思い出すなあ。
元祖大口径狙撃機関銃ですねー❗
欧米諸国の重機関銃と比較して日本の銃器全般を馬鹿にする人達が結構おられますが、この方の解説を見ると良い点も見えてきて嬉しいです。
資源不足を乗り越えて逆に他国を上回るメリットを武器に付与出来たのは流石職人の国と言ったところ!あっぱれです!
設計思想がそもそも違うしから一概には言えないって思う。
ただ自衛隊の兵器と共通してるのは、無駄が多い&複雑なんだよね。
実際入ってみて使ったら、よ〜〜〜くわかる笑
人を殺す武器を作る職人って誇れるんかな…技術は褒められるべきだけど。
本当に作りたくてしてた職人は居ない気がする。
ダイナマイトみたいに少し可哀想よな。
@@user-cx1qh4zt1m
帝国主義がグローバルスタンダードだった時代に戦う術を持たない民族がどのような目に遭ったか世界史を知ってれば誇れるんじゃない?
タスマニアアボリジニーとかさ
発射音も動画に含めるとよかったですね。
確か熟練の兵士なら保弾版を繋げて撃ち続けることができたとか…🤔
ずっと撃ちっぱなしで繋げるなら熟練してないと出来ないかも知れないけれど、機関銃はバースト射撃が基本だし制圧射撃でも15連発までなので装填手が追っ付かないという事はない
@@hondabenly1109
そうなんですね!…🫢
昔の映像では保弾版丸々一個撃ち続けるのが多かったので、てっきりそれなりの連射ができるものだと思ってました…
@@pootis8782
遠くを撃つ時はまるまる撃ちっぱなしの時もあるだろうけどそういう時は銃身固定で動かさないから間に合うでしょ
フィリピンのパナイ島のイロイロ市にある博物館に現物展示されていて、重量50キロ以上で分解搬送も弾薬箱込みで8人が必要って実感しました。
敗走中は一人欠け、二人欠けで、銃身と脚部の二分割で、一人フラフラになり担いだ話は実感されます。
他にも、ミンドロ島サンホセのホテルオーナーの所有する現物も見ました。
尚、バターン半島オリオン町の博物館では、本銃以下92式歩兵砲なども触れる展示がされていました。
弾が勿体無いので連射速度を遅くしたのかと思ってました
熊本の自衛隊駐屯地資料館に本物が展示されていた。
ニューギニアに遺棄されていたものを内地に運んで塗装し直した物で、ほとんどの部品が揃っているかなり貴重な展示物だった。
触ることは禁止されていたが、直ぐ側でまざまざと見学できるので一見の価値あり。
ゲルググJのビームマシンガンみたいですよね。狙撃ができるマシンガンなんで。
映画『独立機関銃隊未だ射撃中』はオススメします。
これかどうか知らんが、京都の霊山歴史館近くの神社においてあったような気がする
ベルト給弾が良いけど、当時の日本の工業力では弾薬の大量生産はキツかったろうしなぁ
ブローニング銃機関銃と同じ、狙撃に使える兵器ですね😃😃😃😃😃
こういう名銃があるにもかかわらず、「日本は時代遅れの武器で無謀な戦いをした!」みたいな教育がずーーーーーーっとなされることに怒りを感じます。
米兵だってスプリングフィールドで戦ってたっつーの。
日本には"(アジアや欧米のような)外国人には弟子の如くペコペコ、日本人には教師の如く威張る"という伝統があるからしょうがないね。
米軍もボルトアクションだっタ!とドヤるのはさんざ聞かされるけど、そんな半ベソの負け惜しみはあまりに無意味。
全軍で半自動小銃を普段使いし、ボルトアクションライフル「も」使ってた米軍と、現行と新型の正式ボルトアクション小銃を戦時中に更新もできず、弾薬も部品も生産ラインも違う2つの正式銃が混在していた日本軍じゃぁね。
英独伊露などもボルトアクションだった!てな反駁もお約束だが、眼前で対峙する最大敵に劣る装備・技術・国家体制って現実は、そんな「話題そらし」では糊塗しようもない。
自尊心を丸投げした“ご本尊”の無謬性に取り憑かれた姿は、プーチンとそっくりだ。
@@guillotinethegreat
@@user-si7ii4bj8p
日露戦役を観戦してたくせにゼバストポリで大苦戦したボケナス共と比べた所でな…
実際名銃ではないよ。ドイツのMGとアメリカのブローニングM2に比べると、褒める所がない。
保弾板は連結できますよ。
射撃中に連結する必要があって、
難かしいらしいですけど。
「独立機関銃隊未だ射撃中」
という映画がオススメです。
慣れるとベルトリンクよりも経戦能力が高そうですよね
@@user-pm3ps8io6x 銃身のオーバーヒートを起こさないほどの弾薬と連射力だしねえ。(他の銃は弾薬をつぎ込み続けてもオーバーヒートするならそこで銃身を交換しなければいけなかったからねえ)
欲しい
曳光弾撃つの楽しいよ〜^^ 赤い光などピュンピュン飛ぶからね〜
ザクデザートタイプのザクマシンガンはこれを参考にしたのかな?
演習でも機関銃分隊に、被弾負傷等の状況変更が与えられ、欠員状況で戦闘前進が求められました。
大抵、最後半数以下で銃身、脚、弾薬箱等を担がされ、その苦痛たるや演習ですら、戦死戦傷の離脱落伍を羨ましく思われたそうです。
30キロ前後の銃身、脚等を担がされ、同行歩兵の軽装も羨ましく、ヘロヘロになりながら戦い続けた記録が多数見られます。
普通の歩兵のフル装備も30キロだから負担は変わらない、重機を担ぐ兵士は背嚢や小銃を担がないし
アメリカでも銃コレクターが所有している
ブローニングM2とほぼ同じ重量で、フォークランド紛争で遠距離狙撃に使用した様に、12.7口径版の対軽装甲車両兼用の狙撃機関銃も、もしかしたら作れたかも
『ガニー軍曹のミリタリー大百科』エピソード12で、こきおろされてるけど
・日本軍の機関銃には弱点があった
・大人が4人掛かりで持たねばならない55kg「これは機関銃じゃない。大砲って言うんだ」
・潤滑油の塗布が必要 油が切れると上手く装填しなかった(宿敵のM1919は不要)
・発射速度が遅く毎分450発(M1919は550発)
・30発の保弾板にも問題があった 数秒で使い終わり次の装填に手間取った(M1919にはない大欠点です)
M1919はベルト給弾式で、いくらでも長くできる。
再装填に時間が掛からず、発射速度が速く92式より多くの弾丸を発射できました。
250発を31.5秒で撃てる。タタタタタ。
92式は重量があるので銃身がブレずに安定性がある「これはいい!」
しかし60発撃ったところで、銃が熱を持ってしまい、装填に問題が発生した。「弾だ! 早くよこせ!」
アメリカ軍は「発射速度の遅い92式をキツツキとあだ名していました」
保弾板を早く的確に装填するには、装填手が注意しなければならない。さもないと、こうなります。
(白い煙に包まれる)保弾板が詰まり、発射できなくなります。
保弾板は92式最大の欠点でした。「怪我したぞ!」親指から血が出ている。
150発撃つのに2分32秒もかかりました。タッタッタッタッタ。
だからこそ、この2つの機関銃がサイパン島や硫黄島で対決したとき、M1919の方が優勢を保ったのです。
92式は機動性や信頼性に欠けていました。
アメリカで撃ったけどいちばん当たった。まあ下手くそでも当たるとは兵器としては素晴らしいことなんだろうね。
近所の爺様が南京攻略戦のときに、とにかく重い機関銃を運搬されられたと愚痴っていたのを思い出した。
何でも補給が追いつかなくなり、残弾ゼロの状態。正直遺棄したいと思ったらしんだけど、上官が怖くてそれを言い出せない。結局撃てもしない機関銃を最後まで担いでいたとか。
ひょっとして九二式のことだったのかなぁ・・・今となっては確認する術もなし。
捨てたら鹵獲されるしね。
今のロシア軍と同じ事になる。
戦闘機落とすようなブローニング重機関より遥かに軽そうだから位置を変えるのもさほど苦ではなかったろうからアメリカもどこから撃ってくるのか恐怖だったろうな。
いや、同じぐらいじゃないかな?
M2ブローニングはそんなに重くないよ?
実際持ったらわかる。
もちろん分解して持ち運びが前提ね。
国産にして世界水準✨😆✨✨
日本の誇るべき兵器ですね🤩
本物の機関中の銃声は、「パン!」の火薬の爆発音が連続して放たれるため、「タタタタ!」「タッタッタッ!」という特徴的な銃声を発します。
手回し式のガトリングガンでは、パチンパチンといった感じの銃声を響かせながら射撃します。
きっと、資源の乏しかった当時の日本の戦術との相性が良かったのでしょうね。
MG42並の連射速度ではすぐに補給を圧迫したでしょうし。
ウェポン宇宙!
凄いぞ日本軍。
攻撃には向かないけど防御だったら最強
支那事変では攻撃支援として絶大な信頼を歩兵から得ていたことが「土と兵隊」という当時の映画で描かれています
@@nownowswanow 史実はわかりました、攻撃支援の武器としてはチェコ機銃や九六式の方が優れてますよね。持ち運びにはやはり軽機関銃です。
@@user-jv3sb2vl1i
そいつらの後ろから支援射撃するのが重機
軽機は分隊支援 重機は中隊支援
山でアカゲラの突っつく音聞いた事あるけど、ガトリングみたいに早かったぞ笑
米陸軍がベトナム戦争でM2機関銃にライフルスコープ装着しセミオート射撃使って1km超える狙撃してたのも有名な話。
実は、日本軍の92式機関銃の運用からヒント得てたんじゃないか?って思ってる。
よほど使い勝手が良かったから連合軍が鹵獲して使用してる写真があるんだよね
何で人を殺傷する物がこんなに美しいのか
松本零士のTHE COKPITを思い出した
保弾板は繋げれます!発射がキツツキなのは3年式