第二部各論 第1章6節 叱る、叱られる、が苦手な人。受け入れられない人の解説
Vložit
- čas přidán 5. 07. 2024
- 01:47 知る痛み
04:05 叱る・叱られる
05:49 失敗について
09:25 どう伝えるか
本日は「叱る、叱られる」について解説します。
臨床の中で、叱るというほどではなくても注意しなければいけない場面があります。
これはダメだよ、ルール違反だよ、薬はきちんと飲まないといけないよ、ということから、時間外は診れない、診察時間が長引くと他の患者さんが待ってるからね、クリニックで暴れてはいけない、受付の人に怒鳴ってはダメ、クリニックのトイレなどで自傷行為をしてはダメまであります。
注意しなければいけない場面はたくさんありますが、それ以外にも実生活の中で叱る、叱られる経験があると思います。
叱られることがとても苦手な人、叱られることに耐えられない人、というのは患者さんでよくいます。
それはなぜかということを今回の動画で解説します。
そして普通の人も叱られるのが下手です。
それはどういうことなのか、ということもお話しします。
■知る痛み
叱る・叱られるときにどういうことが起きているのかというと、叱られるときは「知る痛み」が起きています。
自分の欠点や悪いところ、自分の犯してしまった間違い、失敗を知らなければいけません。
それを指摘されているので、痛みを伴います。
自分の悪いところを明確化されたり気づいてないところを指摘されて直面化し、その後に頭の中が混乱し、何が問題であったか整理されます。
そして理解して受け入れて、次からどうしようという創造的なことが起きます。
この一連の過程が「知る」ということです。
この知ることに対する痛みが起きます。
痛みはどういう形で現れるかというと、まずは自分の欠点や失敗を知らされたという痛みです。
恥をかかされたという気持ち、怒り、否認したり誤魔化したりする防衛反応が出てきます。
ですが、整理していく中で受け入れていきます。
そのときには「自己の再構築」や「枠組みの変化」が起きると言われています。
再構築などのためには今まであった自分の常識は壊さないといけません。
思い込みを直さないといけない。
それがなかなか苦しいし手間です。
今までこうだったからこうしなければいけない、今までエクセルで打ち込んでいたものをノーコードのアプリにする、紙で書いていたものやFAXでやっていたことを全部オンライン上でできるようにしなければならない、そういう手間を受け入れなければいけない。
それはすごく苦しい。
それと同じことなのです。
自分は失敗してしまった、それは手際が悪かったんだ、自分がこれまで考えていたよりも自分は大したことがなかったんだ、優秀じゃなかったんだ、ということを受け入れる。
だけど、ダメなんだけれどそれなりに愛されている人間なんだよな、という形で枠組みを変えて受け入れていくことが重要だし、それがなかなか出来ないから失敗してしまうということがあったりします。
ここまでが知る痛みに関することです。
■叱る・叱られる
叱るとか叱られるというのはどういうことかというと、知る痛みを他者によって衝撃的にやられる、ということです。
相手の感情に乗せて言われてしまう、怒られてしまう、ということです。
そこには、「良い怒り方」と「悪い怒り方」というのが確かにあります。
相手のことを思ってちゃんと言っている、相手のことを信頼した上で叱る人もいれば、自分の感情にまかせて叱る人、自分の利益に合わないから怒る人もいます。
社会的に悪いことだけれど自分の利益になるから「お前、やれよ」という感じで怒ることもあったりするかなと思います。
では、患者さんは、叱られた側はどういう風に体験しているのかが重要だと思います。
相手は自分のことを思ってやってくれているのか、それともそうじゃないのか、感情にまかせてやられているのかによって受け取り方は違いますし、そもそも相手の背景が見えずに単純にただ怒られた、ただ怖い、嫌な思いをしたという風に受け取っているかもしれません。
もう一つは、自分が怒るときです。
自分が怒るときにそんなに相手のことを思わずに怒っている人であれば、相手もそういう風に怒っているのに違いない、と思うわけです。
未熟な人たちであるとそういう風に思いがちなので、そうすると相手も未熟なんじゃないかと思い、怒ってくれている相手に対して自分自身を投影して自分と同じ水準に落としてしまいます。
そうして、すごく暴力的なことをされているのではないか、と錯覚することもあるかなと思います。
■失敗について
許しの体験というものも重要です。
理解、受容、創造の段階で、ごめんなさい、と謝って許してもらえた、受け入れてくれたという経験がないと叱られるのが下手だったりしますし、叱られることに対する過度な恐怖を覚えたりします。
これは結構難しいです。
日本社会、あるいは世界共通でそうなのかはわかりませんが、失敗に対して否定的な見方をする人が多いと思います。
失敗や挑戦を評価しないところはテレビを観ていても思いますし、昔の日本は違ったという言い方もしますが、少なくとも今の日本においてはそういう傾向はあるかなと思います。
だから叱られることがすごく苦手だったり、叱る人も叱ることが苦手だったりしますし、それを過度に怯えたり避けたりするところもあるかなと思います。
治療者はどうやったらこの問題を解決していけるのかというと、結構難しいです。
注意をしないといけないし、それを許しても相手が許されたと理解してくれないということがよく起きます。
どうして許された感じがしないのかというと、治療者がきちんと共感していないからじゃないか、治療者がちゃんと安全な場所でやってないからじゃないかという言い方をすることもありますが、実際はそんな単純な話ではありません。
相手のことをきちんと思っていてきちんと共感をしていても、それを相手が理解してくれるかどうかはわからない。
それは一般の人とは違うから、ということです。
自分の今の人間関係、日常の人間関係の延長線上で患者さんを捉えていくと、ちょっと問題があることが結構あります。
結局、最初に感じる不安、怒り、防衛反応がすごく過度なものだったりします。
不安障害の人だと、「恥をかかされた」と、抱えきれないほど、自分が崩壊してしまうほどの不安感に襲われてしまい、再構築まで及びません。
恥、怒り、防衛反応で止まってしまう、感情に支配されてしまうということがあるので、失敗してしまいます。
そこでは相手が見えなくなってしまっていて、相手が見えていないので自分の感情に支配されて、そこで終わってしまうということがあります。
人格障害や発達障害の人だと、そもそも自己の再構築、枠組みを再構築していく、自分の考え方を変えていくことがとても苦手だったり、あるいはほぼ不可能な人たちもいます。
変えにくい、固くなっていて変えられない人たちもいるので、同じことをしていても難しかったりします。
認知を変えていく、今まであった常識や自分の考え方を壊し、作り直していくことがなかなか難しい人たちはいます。
そういう人たちは結構いて、そういう人たちだから日常がなかなか上手くいかなくて精神科に通院する、ということがあるかなと思います。
■どう伝えるか
どう伝えたら良いのかということもお話しします。
叱るとか叱られるということをどう伝えるのかというと、ゆっくり伝えたり、気づくのを待つ、というのが衝撃を減らす上では重要です。
叱られたという衝撃を減らすためには、ゆっくり伝えていく、気づくのを待つ、というやり方が有効です。
ただ、悠長にやっていて良いんですか?というと、そうでない場面もあります。
それは自傷他害の恐れがある場合です。
このまま問題があることを放置していた場合、自分を傷つけてしまうんじゃないか、誰かを傷つけるんじゃないか、というときにはやはり先手を打って伝えないといけません。
そもそも叱る・叱られるというのはそういうことです。
子どもが悪ことをしたときには「ダメだ!」と言ってパッと叩かないと。子どもが成長したら分かるだろうではなく、子どもが包丁を持って遊ぼうとしてたら「ダメ」と怒るじゃないですか。
これを悠長にやっていたら危険だし、気づくのを待っていてもダメだし、大きくなったら大丈夫だろうと言っていたら子どものうちに事故を起こしてしまうこともあるわけで、やっぱりきちんと怒らなければいけないということもあります。
大人の場合も同じような感じです。
でもそれが上手くいかない場合もあります。
それはどういう時かというと、自己愛性パーソナリティ障害の人や自己愛を重視する人です。
その人たちは自己愛の傷つきを極端に怯えたり否定したりするので、何で怒られなければいけないんだ、という形で怒られた内容や行為よりも自分が傷つけられたということに話の中心が移ってしまい、自分がやったことや事実が捻じ曲げられ、そのままいくということがあります。
概要欄続きこちら(字数制限のため)
wasedamental.com/youtubemovie...
ーーーー
完璧主義になりやすい人へ。白黒思考について、原因と解決策
• 完璧主義になりやすい人へ。白黒思考について、...
アンガーマネジメントを解説
• アンガーマネジメントを解説 / Anger ...
ーーーー
『精神科医がこころの病気を解説するChとは?』
一般の方向けに、わかりやすく、精神科診療に関するアレコレを幅広く解説しています。動画における、精神分析や哲学用語の使用法はあくまで益田独自のものであり、一般的(専門的)な定義とは異っているところもあります。僕がもっとも説明しやすいとたまたま感じる言葉を選んだだけなので、あまり学術的にとらないでいただけると嬉しいです。
早稲田メンタルクリニック院長 益田裕介
『自己紹介』
益田裕介
防衛医大卒。陸上自衛隊、防衛医大病院、薫風会山田病院などを経て、2018年都内で開業。専門は仕事のうつ、大人の発達障害。といいつつ、「なんでも診る」ちょっと変人よりの町医者です。
趣味は少年ジャンプとお笑い。キャンプやスキーに行きたいです。
2020年6月5日より断酒継続中。
【参考】
厚労省みんなのメンタルヘルス www.mhlw.go.jp/kokoro/
カプラン 臨床精神医学テキスト第3 www.medsi.co.jp/products/deta...
倫理規定について note.com/mentalyoutubers/n/nb...
【コメントについて】
・コメントは承認制です
・コメントは益田が目を通していますが、手が回らず、質問にはお答えできません。ご理解よろしくお願いします。
・(のちのち)自分や他人を傷つける可能性のあるものは承認されません
・他の人への返信も原則禁止です。共感的なもの、相手に役立つものは一部、許可しています。短い時間で判断しているので「どうしてこれがダメなの?」みたいなものもあると思いますが、それはこちらのミスであることも多いです。ご了承ください。
【取材対応。テレビや雑誌、Webメディアの人へ】
気軽にご相談して下さい。 toiawase@wasedamental.com
方針についてはこちら • テレビや雑誌、WEBメディアなどの取材対応に...
【公認の切り抜き動画はこちら】
/ @ch-rf2ss
【動画制作の裏側はこちらから】
/ @wasedamasuda
ちょっと怒られただけで自分の全てというか存在ごと否定された感じがして泣きたくなる
家族は別ですが他人に叱られて「これは私のために言ってくれてるんだな」と思ったことが一度もありません。ただただ嫌な気持ちになりますし、その人のことが怖くなります。
「悪いところを指摘されたので直そう」ではなく「叱られないためにはどうすればいいか」という思考になります。
社交不安障害だからでしょうかね。
一度叱られたら「私が悪かったな」と頭では分かっているし謝るけど、その相手に対して苦手意識が生まれてしまう。
相手に嫌われたと思ってしまい、一度でもそう思うとその人に普通に話しかけるのも勇気がいるようになる。
私が間違ったことをしたから叱ってくれただけで、別に人として嫌われたわけではないと自分に言い聞かせてもその苦手意識が無くなることがなくて、職場全体が嫌になってしまう。
自然に涙が流れてしまうんだよなあ。
泣きたくなんかないのに。
柔らかく「ここはこうした方がいい」って指摘されても「気遣わせちゃったな、私ってダメだな」って思考になって涙ぐんでくる
人は悪い印象の方が強く残り続けるから、後から挽回しようにもなかなか評価が覆らないと思ってて、だから自分がミスをして叱られた時「ああ、もうこの人の中で自分はダメな人間の烙印押されてしまった。嫌われた。きっと裏で悪口言われるようになる」という絶望感がすごい。
どれだけ優しく言ってもらえても、「自分のために言ってくれてるんだ」と頭で理解できていても、叱られたという事実自体にショックを受けてしまい、長いこと引きずってしまいます
仕事で「〜したらダメだよ」とか優しく言われてるはずなのに一気に自分の全てが嫌になって死にたくなって涙がとまらなくなる
注意されると「その点について改善すればいいだけだ、感謝して受け入れよう」と、傷ついた自分の心と必死に闘います。傷つかないようになりたいです。
怒られるのも嫌いだが、怒られてる所を見るのも嫌い。
こないだ工事現場のおっさんが部下にボコボコ怒ってるの見た時は殺意が湧いた。
叱られることが過剰に苦手な人は、自分に自信が無さすぎて自分を否定されることに耐えられないのだと思います。
涙を流すことが弱いって言われるんだけど、こっちだって泣きたくて泣いてるんじゃない
勝手に涙が出てくるんだよ、わかってくれる人身近に欲しい
私は叱られたら、それがずーっと頭に残り、自分はダメな人間なんだって考えてしまいます。
だから、社会復帰が怖いし、人との関わりが怖いです。
コメ欄に共感しかない。
泣きたくないのに泣いちゃうの私だけじゃなかったって安心した。
怒られるのがとにかく苦手
すぐに涙が出てしまうし、とにかく全部を否定されたような気がしてしまう
学校とかで自分に向けて怒ってるわけじゃないのに先生が他の子を怒鳴って叱ってたりするところに遭遇するだけで涙が出てくる
「許された経験がないから叱られるのが苦手」まさに目から鱗です。
原因を作る私が悪いのですが、親からも親友からも謝っても許して貰えない,聞いて貰えないという事を今まで経験してきました。
今でも叱られる事あるいは他者から指摘を受ける事が凄く嫌で、何も言われない様に完璧に振る舞おうとする所があります。
現実的には「完璧な状態」と言うのはあり得ないので、自分が満足していても重箱の隅をつつかれる様な体験をした事は沢山ありました。
でもなかなか変えられないですよね。そのジレンマにずっと悩んでいます。
この動画の冒頭の「叱られてもいい機会だと思って〜これができる人とできない人の差〜」ってだけで
ああ自分はできない側の人間だ…だからダメなんだ…ってなる人は結構いますね
怒られ慣れてないんだねってよく言われてきました。自分のために言ってくれてる、と思っても全然そう思えなくて、ただただ恐くて何度もその場面を思い出したり、その人自体を避けてしまう、みたいなことがよくあります。
この動画を見たら、自分の感情を客観視できました。
40代のいい歳した大人なのですが、ある年の繁忙期に頭の中が混乱してしまい、ミスを重ねてしまっていました
そんな時上司からかなり嫌味な叱られ方をされ、泣きたくないのに目の前で泣いてしまいました
その場では何も言われませんでしたが、その後私が泣いた事を職場中に言いふらされました(後に同僚が教えてくれました)
どれだけ嫌な言い方をされても、泣くつもりはなくても人前では絶対涙を堪えなくてはと決めました
私は寄り添える人間になりたいです
発達障害だとミスが多いから圧倒的に叱られる回数が多いと感じます。理由を説明すれば言い訳になり、回数が多いと叱られる場に他の人がいたりするので印象も悪くなったりする、、、自分が悪いから叱られて当たり前なんですけどやっぱり苦手です。叱られることに慣れることは無いんだなと思いました。一方的に叱られると叱られたショックで頭がパニックになるので明確に、最後に改善策等を付け加えて頂けると大変ありがたいなと思います。あと人前で大声で叱られると
メンタルが詰みますね😭
「自分は不要な人間である」という大前提が自分の中にあるので、叱られると必要以上に落ち込み消えてしまいたくなります。
すぐに冷静になり「ちゃんと理由があるから叱られているんだ、叱ってもらえるうちが花だ」と思えるのですが、落ち込みは避けられないし長く引きずるのでそれがしんどいです。
不安気質であるし、幼少期からヒステリックな母に叱られ…というか「怒られ」続けていたのも一因と思います。(八つ当たり、粗探し多々あり)
しかし過去はどうしようもないので、考え方を切り替えて受け入れていかなければならないですね😔
全く同じ過去があります…今は母は不器用なりに育ててくれたのだと思い未来思考で頑張ってます。
それでもやはり口調が強めの方に叱られるとフラッシュバックしてしまって、その場ではなんとか大丈夫なふりで誤魔化し、裏では一人で泣いてしまいます。
お互い無理しない程度にがんばっていきましょう!
とても貴女の経験に共感します。
私の場合は嫁ぎ先のお姑さんでした。早い年齢で「娘と思うから、お嫁に来て欲しい。何も出来なくて良いから嫁いで来て欲しい。」と言われ、19歳で嫁ぎましたが、些細なことでアレコレ叱責され続け、常に平身低頭しながら過ごしていました。
日々、何度、死のうと思ったか分かりませんでした。
何でもかんでも私が悪い、主人(姑からすると息子)のいけないところは私のせいだと言われ続けられ辛い思いをしました。
姑も自己愛の強い、プライドが高過ぎるメンタル崩壊者だと、思います。可哀想な人だと思い今は距離を置いています。
少し関係性で、自分とは関係ない他人と考えると少し気が楽になるかも知れませんよ!傷ついた過去は戻りませんが、自分を客観的、第三者的に捉えるとしんどさが軽く感じるかも知れないですよ。
バイトで持ってっちゃだめなやつ運ぼうとしてそれ持ってかないで!って社員さんにちょっと言われただけでなんかすごい悲しくて涙出てきた同時に最初から言えよってちょっとした怒りも出てきて自分の感情まじでわからない
既に自己肯定感が最底辺だから「自分が思ってたよりダメで辛い」とか「でも愛されてる」とかそういうレベルの話ではもうないんだよなあ…
自分以外が叱る叱られるをしていても落ち込んだりずっと頭の中ぐるぐるしていたりするくらいに色々感じてしまうので本当に生き辛い
まさに自分だと思いました。
自信の無さから職場、家庭内、どこに居ても叱られたらどうしよう、怒鳴られたらどうしよう
と自意識過剰になり防衛線を張り、怯えて過ごす日々をずっと送っていました。ダメな自分をなかなか認められない中で、ずっと私は悪くないという意識が働いていて冷静に考えてみることが出来ずにいました。この動画に会えて良かったです、気づかせていただきました。ありがとうございます。
自分ごとの様に心情がよく分かります。
叱った後にフォローしてくれる上司は信頼できると思います😊ミスするってことは仕事してるってことよ!!と言ってもらえたのは背中を押されてるようで心に響きました。
私も叱られるのが苦手で叱られると頭が真っ白になり、この世の終わりのような気分になってしまいます。
不安障害だからというのもあると思いますが、親の叱り方の影響もあるのかなと考えています。
叱る時に、その正しくない行動のみを注意してくれれば良いのですが「お前は本当にしょうがない奴だ」等、人格を否定するような言葉を言われて叱られていたため、他人に叱られた場合も「幻滅された」と重く受け止め過ぎるようになったと、自分の場合は考えています。
また叱る時の態度も、本当に飽きれ果てて、もう全く愛情がなくなったような態度を取られていたため、叱られる=見捨てられる という気持ちになり、子供の頃のトラウマなのか見捨てられ不安が高まり大変つらくなってしまいます。
私と同じような理由から叱られるのが苦手な方も、結構いらっしゃる気がします。
世渡りが上手い人は真面目に怒られることがほとんど無く、
和やかに注意される程度。
そういう人はコミュ力高く、要領良く、
ズカズカと周囲に入って、溶け込む才能がある。
裏では色々言われても、直接は滅多に言われない。
叱られると「どーせ自分はダメなんだ」とか「どーせ自分なんていらないんだ」と思ってしまいます
叱られるのが苦手です。怖いと感じてしまうと、頭が真っ白になります。
叱られた時のことを思い出すと、10年以上前のことでも怖いです。
怖いと感じない叱られ方なら、素直に受け止められますが、怖いと感じるとそこで思考が止まってしまいます。
知る痛みを乗り越えたいです。
叱られているとわかるともうパニックで相手の言葉は全く入ってきません。「はい」「すみません」と口にしている自分がいるのですが、私自身はもう呼吸を続けるだけで精一杯です。なので何を叱られているのかわからず。世の中の人は再構築というのをしているのかと思いました。
私は注意されたり怒られたりしたら、「相手に嫌われた」
「相手に嫌われたらどうしよう」
「うざがられたかな」というような思いが
溢れてきます。ここから、もう迷惑かけないように嫌われないようにしよう、イライラさせてしまわないようにしないと、と思ってしまってます
私は誰にでも嫌われたく無い気持ちが強すぎるんだと思います。分かっていてもなかなか、この思考を変えることが難しいです
いつもありがとうございます。
どんな相手でも、どんなに小さなミスでも、謝罪しても、
「謝れば済むと思ってんのか!!!」
と、母の声が聴こえてきます。
現実にいる相手が許しているのか、関係が終わったのか理解できず、関係が終わります。
母が亡くなって何十年も経っているのに消えません。自己の再構築ということは、本当に難しいです。
動画と皆さんのコメントで、わかったことがありました。
「怒られるのが苦手なんですよね。。」って話したら、「プライドが高いんだね!」とか、「怒られてこなかったんだね」って言われて、うーん・・・とモヤモヤした気持ちになってましたが、やっぱり普通の人の感覚とは違うんだ。と。
普通にできるはずの事ができないから、自己肯定感が持てず、ギリギリを保っているところに、他者からの感情をのせた否定を怒りと共にぶつけられると、もう通常を装えなくなってしまうくらい傷ついてしまう。だから怖い。怒られないようにがんばる。でもミスの多い自分だから常に緊張していて疲れてしまっていたんだなぁと。
でもそんな事は理解されないのもわかってる。そして強くなるしかない。
色々やってだいぶ強くなってきたけど、今回理解ができた事で、出てしまう【反応】を自分で理解して、その後【思考】で自分を励ましていけたらと思いました。
叱られると自己嫌悪とか落ち込むんじゃなくて、自分が悪いの分かっていても殺意さえ芽生えそうなほど相手や自分に怒りが湧いてしまって、それを抑えるのに本当に精神を消耗する。子供の頃からこれで本当に叱られるの苦手
以前の職場で自分の一挙手一投足を叱る人がいました。最初は自分を見つめ直す機会だと思い、一つ一つを受け入れようとしましたが、次第に疲弊していき、相手から悪意しか感じられなくなりました。今でも人の事が信じられないです。
自分の中で分かってる事を相手から先に指摘されて「分かってるんだからいちいち突っ込まないでくれ」っていう気持ちを言えないもどかしさが涙に繋がります
こちらの話題がお勧めに出てきたのですが、頭が良い人ってこちらがミスをしたりしても余り怒らないんですよね。淡々と対処の方法を教えてくれたりします。だからこちらも受け入れやすかったりしました。だから私も教える立場になった時はそうしていました。感情にまかせて怒る人は自分の感情のはけ口というかストレスを相手にぶつけて解消しているだけに思えます。特に仕事では。
完全に自分のミスで怒られてしまった時、恥ずかしさと惨めさから抑えようとしても涙が出てしまう。
自分の自信のなさが一番辛いんだよね
怒りながら注意されたり、嫌味っぽく注意してくる人ばかりだから、叱られるのが、嫌です。特に、人と関わりたくないです。
寂しくも感じますが、揉めたりややこしくなったり、傷ついたり、傷つけたりするのも、もう沢山って感じです。
毎日、仕事で噂話されて辛いですね😢
叱られるどころか、注意、指摘だけでも一気に緊張して、その後もずっと頭の中に残っちゃうし、相手と話す時も思い出して勝手にぎこちなくなってしまう。逆に人に注意する、叱ることも苦手なので、めちゃくちゃ話すこと考えて、相手が傷つかないように、この言葉使ったら嫌な気持ちになるかな?こういう風に捉えられるかな?とかめっちゃ考える。気にしすぎなんだよな何でも。
叱られると言うか指摘されると言うか…。
細かい事をその都度何度もされると緊張感が起きて身体が硬直して普段出来る事さえ出来なくなり、鬱状態になって終いにはその人をとことん避けたくなります。
怒られると全く動けなくなる
意見あれば言ってって言われても言いたいことあっても頭真っ白になって喉から声が出なくなって動けなくなる。涙も勝手に出てくる
叱られる時は
「知識が増えた」「大きなミスをしないうちに気がつけて良かった」
と思い、叱ってくれた人に感謝を伝えています
叱る側の時は
やんわりとした言葉を使っています
「上手く伝えられていなかったかもしれないのでもう一度説明させてくださいね」
「こうすると良いと思うのですがどうでしょう」など…
相手が職場の人でも家族でも感情的にならないよう気をつけています🙂
叱られることはとても苦手です。祖母と父が普段ろくに躾らしい躾をせず、その割に突然感情的に叱る人です。そのせいか、注意をされること叱られること=否定だと思っていました。今でも反射的にそう思ってしまいます。その度に気にするなと自分に言い聞かせています。この作業が本当に苦痛です。
昔、担任の先生が全く怒らない先生だったのですが何故怒らないのか?と他の生徒が質問した際に「お前たちは犬や他の言葉の通じない動物ではないからきちんと言えば伝わるだろう?」と言われたことがあります。叱る=伝えるという行為だと思いますが怒鳴ったりなどはまた違う行為なのだなと思いました。
叱られると自分の存在自体否定されてるみたいで自己否定始めちゃって死んだ方がいいんだって思って涙が止まらなくなる。結局どうやって叱られ上手、叱られた時にその叱られた問題に目を向けれるようになるのかも紹介して欲しいです。
自分がしかる立場になった時に、叱ることの難しさに直面しました。
叱らないでスルーしたら自分は恨まれない、でも、ちょっと厳しい事を言った方が相手の成長に繋がるはず。
叱るのって勇気がいります。
だから、叱ってくれる人に対してとても感謝してます。
まあ、理不尽に叱る人は問題外ですけどね。
私の親は叱るけど「何故いけないのか。今後どうしたらいいか」ということを、子供に説明できない親でした。
「何故、いけないのか。」と聞くと「自分で考えなさい」としか言いませんでした。
また「子供の悪いところ」「できないところ」ばかりを指摘して「できる子」と比較して「お前はダメな子だ。お父さんが保証する」「なんで、これができないの💢やっぱり、あなたは何もできない子ね」と決めつけてました。
その為、「自分は何をやってもダメで、自分は何もできない」と、今まで思ってました。
発達障害者であることもあり、「障害者だから、何もできない」と決めつけてました。
しかし、仕事するようになり「頼りにしているよ。ありがとうね」とベテランの方に言われた時、トイレで泣いてしまいました。
今まで、両親には叱られたり、なじられたりされてばかりで、ほめられたことが少なかったので、初めてほめられて嬉しいと実感できました。
叱られることが怖かったり、不安なのは「両親、教師等に叱られること」がトラウマになっているからだと思います。
今も、叱られることが怖かったり、不安になります。でも「叱られることが怖いけど、受け入れよう。これは、アドバイスだから、怖くない」と自分に言い聞かせてます。
「自分はできない」と決めつけていたことが、できていることに驚きの連続ですが「時間がかかるけど、できるようになる。だから、できないと決めつけて諦めないで。
できないこともあるけど、できることの方が多いよ。」と、親が言ってくれなかった事を、子供の自分に言い聞かせてあげてます。
「あなたは、ダメな子じゃない。私が保証するよ」と。
叱られてもその人と信頼関係があれば受け入れられますが、心を開いていない相手からだと余計不信感が増すだけですね。
後、叱るんじゃなくて感情に任せて怒るだけの人意外といますよね。そういう場合、非が自分にあると理解していても心から納得はできないですね。冷静に論理的に説諭してもらった方が個人的には頭に入ります。
叱る・叱られるはやっぱり苦手です。ただ伝えたり教えたりお願いしたりすればいいものを、それらを試す前に相手に不快感を与えることは間違いない叱るを選択するのが嫌。そうしなければ言うことを聞かない人がいるという前提なんでしょうけど、注意する側の立場になってみると結構叱らなくても伝わるよなと感じます。
私も叱られるの苦手です。
心のなかで否定したり言い訳したりして、それが顔に出るので職場では孤立してます。
どうしても人格を否定されたように感じるし、他人の前で、自分が劣った人間であることを指摘されてるような気持ちになります。
困るのが、涙が出てしまうことです。必死にこらえますが、それがうまく行かないことも多々あります。
トラウマ?自己愛?自己認識?どこから手をつけていったらいいのでしょう…。
自分のせいで自分が失敗したときに叱られるのはありがたいけど、理不尽に怒られるのはすごくメンタルやられます。
そうですよね。
それでメンタルやられて通院始めました。
モラハラ、パワハラ。
補聴器をつけ始めて(障害者手帳交付)1年未満。 「どういうつもりで補聴器付けているの?(怒)」と
一方的に言われて、涙が止まらず。眠れず。
無視も始まり、その人の感情に振り回されている自分も嫌になっています。
年齢もあり、頭も回らず、更に聞こえないから苛つかれているのです。
でも当たり散らすのはどういうことなのか理解出来ません。それも私にだけ。やはりいじめなのでしょうか?
上司に謝ればいいと思ってるよね、と言われてから、どうすればいいかわからなくなっています😓
私、プライドが高いから叱られることを受け入れられないのかな。恥ずかしい!ってなって過度に落ち込む。訓練したいです。先生のおっしゃる通りですね。分かりやすい動画をありがとうございました。😊
皆さんのコメントを読んで、自分と似たような辛い思いや経験をした方が沢山いらっしゃるのだなと思いました。自分の気持ちを素直にシェア出来て、安心して参加できるコミュニティの存在に感謝します。
幼少期、父親が一度怒ると止まらない人で謝っても謝っても数時間怒鳴られ続けるという経験をしました。
普段はとてもいい父なのですが、その時の経験が怖くて現在も人に叱られることが苦手です。
たしなめる程度のことでも自然と涙が出てきて、動悸がしたり体が震えたりします。
「父のせいだ」と当時の父を恨むときもありますが、それ以外素敵な父なので今更それに縛られているのも馬鹿らしく感じます。
いつになったらこの感覚から解放されるんだろうなぁ。
追記
他にも叱られただけで極端に落ち込む人が沢山いて少し勇気づけられました。
孤独感からの解放みたいな。
叱られるだけでここまで落ち込む人をそう社会では見ないから、自分だけだと思い込んでしまっていました。
動画を見てこういう人が沢山いることを知れてよかった。
泣いたら「泣けば許されると思っている人」って思われてしまうのが嫌いなんですね…。
自分は正しいとわかっている時も自然に涙してしまう。否定されるのもダメなんです…何故なんでしょうね。
叱られる事は少なくなりましたが、会社で新人の方々に対して「どうやって『叱られた』『怒られた』と思われないように指導、教育すべきか。」と言う課題がいつも付きまといます。
できるだけ柔らかく、相手を認めるニュアンスも含めながら教育してはいるつもりですが、やはり難しいです。
僕の教えた事を受け入れられないまま、同じミスを繰り返す人に対して、やって欲しい事の情報量を少なくしてみたり、自分なりの工夫をしてはいますが、解決までの道のりは長そうです。
いつもありがとうございます。
叱ることも嫌いですが、叱られると「死ね」と言われているように思えて、本当に怖いです。
だから仕事が成長しないとおもいます。どこで人生を間違えたのかわかりませんが、うつ病は死ぬことよりも苦しいかもしれません。
叱られると私のこと何もわかってないのに勝手なことを言うなと思ってしまいます。自分が他人に話をしないから理解されないだけなのだけどそう思ってしまいます。みんなが敵に思えます。
常に叱られてますね。言いやすいそうです。同じことしてても言いにくい人、キレそうな人には言いません。とても、前向きになんて考えられませね。ただの八つ当たりにしか感じられません。
小学校の先生や親が声をあげたり、イライラしてたのがが今でも心に残っていて、怯える感覚を覚えています。と言っても、そんな怒鳴られることなんてないし、良い幼少期を過ごしたとは思うんですけど、もともと小さい頃から注意されるのが本当に嫌いです。今でも自分が悪いと分かっていても、前向きに捉えようとしても、やっぱりすぐに落ち込み、極度に凹んでしまい、その後もずっと引きずってしまうんです😩
5:10 なるほど。腑に落ちました。「お前のためを思って言ってるんだぞ」という言葉が響かない理由も同時に分かりました。
年始に仕事で突然担当場所を外されて、どうやらちゃんと出来なかったかららしいと聞かされたときには何がダメなのかわからず家に帰って泣きじゃくりました
後日先輩の人からこういうとこをしっかりしようと具体的なダメなとこを教えてもらい、「じゃあここを直したらいいんじゃないか?」という思考に切り替えれたことで今もその職場で働けています
前日タイトルマッチで負けたプロレスラーの鷹木選手がコメントした「負けることは恥じゃない。負けて立ち上がれないことが恥なんだ」って言葉も支えになりました
いつも失敗しないように、人に迷惑をかけないように、気をつけているのに叱られると自分は世界一ダメな人間だと思って気持ちがどん底に落ちてしまう。消えてなくなりたい気持ちになります。叱られるということは、相手に不快な思いをさせたという事…自分に非があると思い辛いです。自己肯定感が低いので毎日が生きづらいです。
自分を叱った人とは表面上は普通の付き合いをしても内心は憎く思ってる。「自分の為に言い難いことを言ってくれた人」というよりも「恥をかかせて侮辱した人」としか思えなくなる。
仕事で叱られすぎてやさぐれました。。
でも不思議とそういう態度に出ると怒られないので開き直った方が楽なんですが、成長はしないんですね。
成長がなくても私は怒られないことの方が嬉しいです。。
健全じゃないですよね。だから病院に通ってるんですけどね。
これからもカウンセリング受けながら頑張っていきたいと思います。
叱られたときの言葉が、ずっと頭から離れなくなってしまうということがありました。
上司から「きみ、それやったら、”やばい”よ」とマジな顔で言われてしまったことがあり、その内容は今思うと、当たり前な事ができていなかった自分への注意、ぐらいだったのですが、ずっと心の中に残ってしまいました。
その後、その他の業務をやっていてもその”やばい”が頭に残ってしまって、それまで頼っていた上司にどこか距離を持とうとしてしまい、結果職場をさりました。
その後も”やばい”という響きや表記を見たときに、それが一瞬フラッシュバックしてしまい、怒った上司が浮かびあがるという期間がありました。
叱りなれていないという実感はあるものの、やはり怒られるとパニクってしまいますね… むずかしいなあ。
こんなに改善しないといけないことが多いなら、やはりすべて手放した方が楽なのではないか…としばしば思います
この動画を見て何故か涙が出てきました。 私はほんとに叱られることが嫌いで叱られないように生きていくのが癖になっていました。子供の頃から理解出来ずに怒られたり、意見を言ったら怒られたりして自分が何かをすると他の人は気に入らないんだと思うようになりました。そうしていくと今度は自分のことを理解してくれないなら私も相手のことを理解したくないと考えるようになって、自分は悪くない、なんでそんなことを言われないと行けないのか、ほかの言い方で伝えて欲しいと心の中で思ってしまいます。 怒られたのではなく、注意を受けただけでもとても恥ずかしく感じて家に帰ってからも寝る直前まで頭の中は「どうすれば注意を受けずに済んだのか」に埋め尽くされていて、相手とかおを合わせたくない、いっそ死んでしまえば顔を合わせなくて済むなんて考えもよく出てきます。 ほんとに楽になりたい。最近自分の命が軽くなってます。こういう場所でしか心の中を出せないので文がごちゃごちゃしてしまいました。
叱られてばかりだと自分の悪い面ばかりに意識が向かって辛いです。
次同じ事をしないように気を付けようと思うと叱られた事ばかりが記憶に残ってしまい、自分は無意識のうちに悪い事をしてしまっているのではないかと不安になります。
正しいと思ってやった事が実際人を怒らせてしまったりすることが度々あるので、いつも叱られないかビクビクしながら生きています。
叱られて自分を変えていく事と自分を責めすぎないことのバランスが難しいです。
私は、自分が叱られるより、他人の叱られるのを聞く方が怖いです。不思議ですね。
叱られると自分がやった事が迷惑になったんだと思ってみんなが自分を嫌いになったと思ってもうそこに行けなくなる
この間、水をこぼしただけで誰もいないのに反射で「ごめんなさい!」って叫んだ自分がいて、怒られることに恐怖を感じているのを実感して、動けなくなりました。
叱る行為の快楽に囚われてしまう人もいるよなぁ… と、自分の過去の職場を振り返って思いました。そういう人もまた心の問題を抱えているんだと思います。
あぁ、本当に。
叱られる=知る痛み
そうだなと思います。
そして、その痛みを受け容れられず、乗り越えられず、自己否定に陥って、対人恐怖になりがちです…
自分を変えるチャンスと思えるよう、視点を変えていけるようになりたいです。
もっと楽に生きられたら良いのに。
いつもありがとうございます💓
社交不安障害持ちの高校生ですが、とにかく叱られることが怖くて学校でなにか失敗して叱られたあとはかなりの期間引きずってしまいます。特に他の生徒の前で叱られたり、授業で問題に答えられず注意されたりすると「また叱られてる」「だめなやつ」などと思われているかもしれないと思い込んでしまい、そちらも長い間ネガティブな状態が続いたり、涙が出てしまうこともあります。
親などに特別厳しく怒られたり理不尽に怒られたりなどの経験はないので「叱られるのが怖い」という意識を持つきっかけがどこなのかはわかりませんが、つらいときも多いのでこの動画を見返すことにします。ありがとうございました。
今まで自分が信頼していた先生に一回注意されただけで敵だと思っちゃうな…
いつもありがとうございます!
叱られると、自分の人格が否定されるような感覚を覚え、以後それ自体がトラウマになる、という状態になってしまっています。
そうじゃない、と頭ではわかってるんですが…難しいですね💧
激しく叱られたらもう何もかも終わりだと思ってしまう自分の心のカラクリが当てはまりすぎている。ありがとうございます。
注意
叱られている間は 全身苦痛の塊で、傷ついてしまったこと自体がショックで、途方もない感情を処理できないという恐怖と不安とストレスの塊になり、その日は一言も話せなくなります
失敗を極度に恐れていて、神経を張り巡らせて仕事をしています。それは責任感ではなく、叱られる事が耐え難いからです。居場所がなくなる感じ。「やはり自分はいない方が良いのだろうか。」と極端な思考に向かってしまいがち。誰に向かってか分からないけど、許して欲しい気持ちが常にあります。それと同時に「私は私ではいけないのですか。」と訴えたくなります。表情にも声色にも言葉にも、自己の感情をむき出しにして、問題点とは無関係なことまで乗せて「叱る」と言うより傷つけるのが目的かな?と感じる上司の仲間への叱り方を見ていて、自分があんな目に合わないようにとピリピリしてしまいます。怒鳴り声にトラウマがあるせいで、過剰反応しているのだと思いますが、不快感は感じても、もっと緊張せずにいられたらと願ってます。
怒鳴られ、引っ叩かれて、つねられて、何時間も正座させられて…って事をされ続けてたんで
叱られるのも叱るのも今まで真に考えるのを避けてたんですが
この動画で対峙する気持ちが芽生えました。ありがとうございます。
叱られると自分は居ない方がいいんだと思ってしまいます🥺今も集団が苦手な私です。でも益田先生の話しわかりやすかったので~ありがとうございます。
自分も叱られたりすると涙が出るほど混乱してしまったり落ち込むので叱られるのが下手なのかと思っていましたが、それでも『理解・受容・創造』になんとか繋げられていたことに気づくことが出来ました。ありがとうございます。
私は、学校の先生に毎日叱られていました。今はそんなことは無いけど、去年は、たくさん質問攻めにされ、何も答えられずにいると、「どうして黙ってるんだ?」と何度も質問され、何も言えなくなりました。それで、1時間以上怒られ続けたと思います。そして、死にたい気持ちに襲われて、自分はいない方が良いと思うようになってしまいました。
学校のテストもとても苦手だし、社交不安症のせいで、先生はすごく緊張してしまいます。今年は、何とか学校には行っていますが、調子は良くないし、ずっと怯えていると思います。甘えたい気持ちとか、寂しさもとても強く感じるようになりました。
すごくいいテーマ!多くの人が参考になると思います
次に叱られた時、知る痛みキタって思うことによって、訳もわからず知る痛みを味わうよりもダメージ抑え目かつ身になる体験にできそう
訳がわかってるってのはいいなぁ
知る痛みキタ!って言い方いいですね、マネします笑
僕は管理者のため、叱る立場が多いです。
相手によっては、泣いたり、怒る人も少なからずいますので、非常に参考になりました。
どういうふうに伝えていけばいいのか、どういう風に育てていけばいいのか。
常に整理していきたいと感じました。
ちょっと指摘されただけでも、落ち込んじゃって自分を否定されたような気持ちになってしまうのが、ずっと悩みだったけど、この動画とコメントみて、自分だけじゃないんだなって思って心が軽くなりました。
泣きたい訳じゃないのに注意されると何故か涙が出てしまう……本当に早く治したい
怒っている人の背景を考えずに、私もよく自我が崩壊しそうになる。でも激しく怒っている人は、ストレス発散だったり、自分の価値が否定されたりと、怒っている人自体の自我が崩壊しそうになっている時だったと思う。人を傷つけることで一瞬救われているような感じなっているように思う。
だから、そういう怒りをそこまで真に受けなくても良いと思いました。
叱られると、全否定されたようで、落ち込む時がありますが、
自分を変えて、再構築できたらいいですね。自己成長の大切さが分かりました。いつも、医学的な視点がためになります。
心理的な動画や、経験談の動画はその方の考え方だからかな。😃
「〇〇しないで」とか「ダメ」とか「やめてほしい」とか、否定的な言葉だから優しく言われてもすごく傷つくし落ち込んじゃうな
仕事で急に怒鳴られた経験から不安になり、こちらの動画に辿り着きました。元からメンタルが不安定なのは自覚してましたが、なぜにこんな怒られることに怯えてるんだろうと思ってました。「許しの経験」は大事ですね。腑に落ちました、ありがとうございます。
常に周りに気を配って絶対に機嫌を損ねないように波風立たないようにミスをしないように最新の注意払って生活してそれでたった一回ミスして怒られて、全部終わったってなる。もう疲れたよ。
叱られたら絶対に泣きそうになるしその人のことが異常に怖くなる。その後普段の生活に戻っても、自分を叱った人のことをずっと警戒して絶対怒らせないように立ち回る。なぜ叱られたのか理解しているし、自分がなぜその行動をしたのかっていう考えも持っているけど、いつも聞く耳を持ってくれないから、なんで頭ごなしに自分を否定してくるの?って混乱して涙が出てくる。
「怒らないから言ってごらん」と言われて発言すると、雷落とされて…。
人の言葉なんて信用するもんか‼って思いましたね~
叱られるのも怖いし、叱られているのを見るのも怖いです。共感してしまうからなのか、次は自分も来てしまうと考えるからなのか……。
自分だけがおかしい存在ではないかと不安になっていたので、この動画(とコメント欄)を見て、同じ人もいるんだな……と少し安心しました。
ありがとうございました。