評論家ってうざくね!?
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- čas přidán 12. 09. 2024
- みのミュージック
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褒めることって意外と勇気いる説
サウンドガーデンとかパールジャムとかハードロックも取り上げて欲しいです!
批評家も範囲じゃないアーティストとか曲を褒めて自分のイメージが変わるのが恐いんでしょうね
音楽を聞くって、快楽の追求であり、価値の追求でもある。快楽だけだと自分の世界で閉じてしまう危険があるけど、価値の追求は批評によって自分の世界が広がる可能性がある。
実際私はみのさんの紹介で、今までまず聞かなかったものを聞いて、自分の価値観に刺激が与えられ、関心が広がるという経験をしています。批評も大切な表現行為だと思います。
夜中にラーメンの画像を見ると食欲が湧いてくるように
みのさんの動画を見ると知識欲が湧いてくる
まさに知識テロ
評論家が嫌いなんじゃなくて評論家に自分の好きなコンテンツが否定されるのが嫌いなんじゃないかな。自分の好きなコンテンツが評価されてたら喜んじゃう気がする。
自分以外の人間に自分の好きなコンテンツをダメ出しされると腹たつってのはあるよね
それを貶していいのは俺だけだ!みたいな…
逆で 批判されるより、好きなコンテンツが大衆向けになりまくって 流行る方がしんどい
「批評も創作」はその通りで、一定のルールと見識のもとに行われる高度な芸術活動だと思う。正当な評価は、論拠がしっかりしていて、厳しくてもその根底に創作者や作品への愛があるから、創作者に力を与える。批評家には、好き嫌いに左右されない公平な態度が要求される。
youtubeのコメント欄で散見する、アンチが放つ負の言葉は、批評じゃなくて悪口。怨念から発せられるから、創作者はじめ、読んだ者の力を奪う。耳を貸すべきではない。
ちゃんとした批評家になれないなら、「好き」「嫌い」の主観で論ずればいいと思う。で、嫌いなものには言及しなくていい。好きなものを好きと言い合えば、元気が出る。そういう世の中になれば平和だ。
マリリン・マンソンがoasisの3枚目好きな理由が批評家にボロクソに言われてるからって言ってたな
イイハナシダナ➰🎵
みのミュージックのいいところ
知らず知らずに岡本太郎の凄さを知れること
「目利きのいない世界はスミ一色だ」とは、いとうせいこうさんが言った言葉だっけか・・・。
自分が共感できる目利き、つまり評論家を見つけられたら最高にしあわせだと思います。
ローリングストーン誌が発売当初に酷評した名アルバム10選ってのをローリングストーン誌があげてておもろい
?
クイーンなんて小便桶と酷評されていましたねぇ。
ジミヘン・ストーンズ・ニルヴァーナ・ツェッペリン等が挙げられてるやつですね!
@@user-nc7ir8pg4i ?
ま、コキおろした御当人が執筆や編集から引退した後だったりするんじゃない()
音楽に関しては批評家の意見はあんまり気にしてないけど、ミュージシャンがバッサリその音楽を否定してたりするとへえーとなることが多い。
わかる
逆に、好きなアーティストが別のアーティスト褒めてたりすると興味持って聞いちゃう。そしてたぶん「あの人が言うんなら!」補正が無意識に働いてる。でも補正抜きでいいと思ったらその後も好きになって聴き続けてたりする。
個人的にはノエルギャラガー がcoldplay褒めてるのがきっかけでcoldplay聴くようになった
@@moshmateakkie6133 自分の好きな料理人が、自分と食べ物の好みが同じとは限らないよね。
@@foolontherainbow そりゃね。「え?そうでもなくね?」ってなる事もある
でもその例えめっちゃ秀逸かも
初音ミクも出始めは結構音楽業界の人から叩かれてたと思いますが
今はもう一コミュニティ、ジャンルとして成り立っているし、現状の邦楽ヒットチャートはボーカロイド界隈出身の人多いですからね。
何か言われてもぶっちぎって認められるような功績、良いものを作っている人は尊敬します。
何かが受け入れられる為にはある程度年月が必要なんじゃないかな。初音ミクに関しては、バックに坂本龍一もいたし、成功すると予想する評論家もいたけどね。2014年辺りからボーカロイドが英語対応し、海外のボカロPが誕生し始めたのは驚きだったが。
ボーカロイドとそれを取り巻くニコニコ動画の音楽関連は音楽評論家にガン無視されているような気がして納得がいってない。ああいったガラパゴス的な進化は本当に稀有だし素晴らしい音楽も才能もそこから多く排出されているのに
そのつけけい○んとかは評論家の間でも何故か評価高かったよな
何故かわからんけど
批評よりも批評を許さない風潮のほうがよっぽど恐ろしい
いろんな価値観がぶつからなければ新しい価値は生まれない
私は過激な批評をする有識者も好きですよ
評論家は必要である思うのですが、宣伝を評論・批評として語っている似非批評家の割合が増えてきている気がします。
そのせいで評論家に対してのイメージが落ちているのかも。
評論家が居るから文化に対するカウンターが生まれて、発展して行くと思う。日本は批評や評論を恐れすぎてる
シャツがイケすぎ
「過大評価」って言葉あんまり好きじゃないけど、「新しい価値観」って言われるとなんか納得しちゃうなぁ
俺が最近めちゃめちゃハマってる
_人人人人人人_
> 縄文土器 <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y ̄
ミノが縄文土器作る企画とか面白そう
!?
ってなったけど、縄文土器改めてよく見るとほんと美しいなと思えた
音楽で言うとレ・キ・シ(笑)
始終画面からあっこちゃんが微笑んでくれる一本だった…
\ご飯ができたよ〜!/
プロの批評家(ミュージシャンに近い人)の意見は参考になる部分も多いけどけど、youtubeとかによくいるエセ批評家の意見は独断と偏見もかなり多いので大体流してる
わかる
まぁこの投稿主もその一部だけど…
なんでもかんでも「いいですね~」っていう音楽評論家がいます。売れたら、最初から応援してました的なアピールがウザいです。
ある意味、一定の基準としてはありだと思う。音楽は批評される対象になってるから評価からは逃げられん。ここみてる人もじゃあ売上で全て決まるってなったら納得しないでしょう。
みのさんに環境音楽…アンビエントやノイズミュージック入門を取り扱って欲しいです!
なかなか取っ付きにくいジャンルなので初心者向けに解説があると凄く嬉しいです
歌詞がない(ものが多い)ので、言語に頼らず聴けるのが魅力だと思います!
ブライアン・イーノや吉村弘など皆さんに聞いて欲しいです…
是非検討お願いします!
灰野啓二に触れてる動画あったけど深くまで掘ってないからもっとあってほしい
評論家の話は一つの意見として聞いて脳内会議の題材にしてる
うざい評論家もいるやろうけどみのは教養と知性があってできるだけ中立な立場で発言してるから大好き♡
批評家じゃなく自分の好きなアーティストが評価してる作品などはあまりハズレがない気がする。そこから数珠つなぎのように世界が広がっていく
一般人とアーティストの中間に位置する考えや視点を持つ必要があると考えれば、評論家は卓越したバランス感覚がないと難しいわけで、信頼とか尊敬までは行かなくとも、少しは耳を傾けた方が良いかなと思う時はある
批評は必要だしむしろ批評は健全な証拠なんよ
あえて具体的な名前は挙げませんが、自分が嫌いなジャンルであるというだけで作品をボロクソにけなす文芸評論家はいますね。
ニューミュージックマガジン時代には酷評の多い中村とうようさんとアーティストの努力を汲もうとする渋谷陽一さんの間で言い争いがあったりもしたみたいですね
海外の音楽情報をリアルタイムで得ることが難しかった時代に評論家の方々の熱意と議論があったことで今の日本の音楽観が構築されていったという点で、その功績は大きいと思います
あの2人の最大の失敗は、「ヒップホップの本質の説明に失敗したコト」ではないだろうか⁉️
中村とうよう氏のように否定するにせよ、渋谷陽一氏のように肯定するにせよ、「路上のミュージックコンクレート」と喝破しなければならなかったのだ‼️
結局、中村とうよう氏は自タヒの道に追い詰められてしまった。
自らの、「見る目」が曇っていたコト気づいたからなのだろうか……(´Д`)
評論家のおかげで評価された作品も多い。
RCサクセションの「シングル・マン」とか。
評論家も名前を出すからには自分の意見に対して度胸がいると思う。
超がつくほどチキンな私としては、ほんとそれ思います。
シャツがよすぎるな
自分の脳内で会議して良いと思った曲とか作品が至高だと思い初めてからランキング系のやつを閲覧しなくなった
芸術を理解するというのは、自分の創造性の中に共感を見つけるということ。
人生で培った創造性の幅が広い分だけ、多くの芸術を理解することができますね。
みのさんが例に出した方々の様に評論家として説得力があれば相容れない評論も脊髄反射で嫌悪される事もないでしょう。しかし多くの評論家は昔から口舌の徒だったのは事実です。自分達の築いた箱庭の中で順位付けをして、ユーザーにその価値観が「正しい」と押し付けていた時代が70年代からずっと続いています。
みのさんのお話はいつも物事をフラットに捉えてて、非常にバランス感覚に優れているなあといつも関心しております。
きっと客観視をするという能力が非常に高い方なんでしょうね。だからこのチャンネルのファンでもあります😄
「じゃあお前やってみろ」ってのは批評に対する最も愚かな返答で、じゃあ料理できない奴は飯まずいって言っちゃいけないのか、映画撮れない奴は映画つまんないって言っちゃいけないのかって話になる
批評できる立場に立つのは資本主義社会においては実に簡単で、「対象の作品にそれに相応の対価を支払っているか」どうかなんですよね
矢野顕子の”ひとつだけ”は名曲。清志郎とのデュエットはさらに名曲。
リアムが流行りの音楽聴く動画好き
凄い分かります〜
うざいのはあからさまな提灯記事を書いてる評論家。
商売だから仕方ないのかもしれないけど。
まぁそういう意味の評論は大事だと思いますよ。でも『評論家ってうざい』って意見が出てくるのにも理由はあると思います。たぶん『人気のあるものを否定するのが評論・批評』って勘違いしてる評論家もいるわけだから、そういうのは本当にうざいと思います。
批評家個人にはたいして価値はなくて、総体としての批評空間にこそ価値はあると思う。
批評の価値には二種類あって、
1.カルチャーの歴史をアーカイブ或いは更新していく作業。
2.それまで評価されてこなかったものを再発見する作業。
そしてこれらの作業はそのカルチャーに熱烈な愛情を注いできた人々にしかなし得ない作業である。
というのも普通の人々というのは結局、時代時代でカルチャーを消費して通り過ぎていく存在で、主に厳密な評価もしなければ本を書いたりもしない。
だからこそ彼らは必要だし、必要ないなくなれっていくら叫んだとしても、そもそも批評空間は熱烈な愛情を注ぐ人々の間で自然発生するものだ。
批評というものは、ひとつの作品が文化の「歴史」の中でどこの位置に値するのかなるべく正しく位置づける作業で、
そのために膨大な知識と鋭い分析力が必要になってくる。
しかしそもそも価値なんて人それぞれかつ時代毎に変化するもので、絶対的な正しさなどどこにも存在しない。
そのような相対的なものだからこそ、個人個人の意見の集積で判断し、時代毎に精査されなければならないものだと思う。(昨今のブラックミュージックなどの評価の見直しなど)
また、そういうメインカルチャーからはどうしてもこぼれ落ちてしまいがちな
マニアックなジャンルについて新しい価値観を与えられる人々も必要で、その二種類が主な価値かなぁと。
そのために彼らは並大抵ならぬ量のあらゆる音楽を聴き、自分なりの理論を身につけ、その人生の大半を音楽に捧げている。
そしてそういう人々のみが真の批評家である。(既存の価値観に従って偉そうに人の好き嫌いにあれこれケチをつけてくる人たちが悪目立ちしすぎてる感は否めない。)
そして真に愛情をもってカルチャーに接している人々ならば、クリエイターであろうとなかろうと、素人であろうとプロであろうと、行き過ぎたファンはみんな批評空間の一員になりえる。
批評空間がクリエイターに影響を与え、クリエイターが大衆に影響を与え、その大衆の一部が新しい批評家に変化していく。
クリエイターと大衆と批評家の三角関係
で、カルチャーというサクラダファミリアは永遠に建築し続けられるのではないしょうか。
みのさんよく勉強してるなぁ〜
この動画すごくいいです
世の中、批評と批判の区別もつかない評論家もどきが多いからね
で、そういう奴に限って大声で偉そうな戯言ぬかすから、評論家全体の評判が悪くなる。
お雇い外国人を助っ人外国人って言うみのさん可愛い
プロ野球みたい
評論家の冠名の前に自称がつく可能性が高い人がSNS上に溢れててる事で最近ネット疲れしてきた
人の意見を鵜呑みにしないのと自分の感想を持てるくらい体験してみる事がいいと思うよ。
批評頼りになると振り回されるからそれで疲れて「もう確かめなくてもいいかな(疲れ)」となるのでその物を自分で確かめて!
「批評家に一定程度価値を認められているもののランキング」が出来ていること自体、批評が陳腐化している証拠ではないか。新しい価値を生むはずのための批評に、「定番の意見」が出来ているのだから。創造性がなく単なる権威となった「批評」に共感できなくなるのは当然では。現在は音楽に関する言論は個人でも自由に発信できるし。
極東のレッドツェッペリン
批評に対して「ほならね理論」で返す←これは絶対ダメだと思う、批評された本人も周囲の人間も。
そもそも創作物は素人に向けて作ってるのだからべつに批評家自身が創作できなくても自由に批評していいんだ
という論調がありますが
まあその通りではありますがだからといって創作できない人間が他人の創作物を糞味噌にけなすという行為は
少なくともオレはみっともないな~と思います
うーん、結局好き嫌いの部分なんじゃないのとは思う。批評家たちの好きな音楽は優遇されるし、嫌いな音楽は冷遇される。理由っていうのも後出しじゃんけん的な気もする。その点現代は色々な価値観が認められているし、個々人が自由に意見発信をできるから、批評も活発化してきているとは思う。
酷評であっても 美しい文章はあると思う。自分の感想と、そのジャンルに長けた批評家の評論を比べるのも、楽しみ方の一部。好きなものの酷評を見て不快になるのは、好きの深さが足りないだけな気がするんだよな。もしくは、その酷評を論破する事さえも楽しめれば、作品を骨までしゃぶるほど味わってる感じがするし。
創作に批評の姿勢が内包されてるというくだりはハッとしました。ロックンロールイズデッドなんて正にそれだもの。
新しい価値観などを見いだして提示してくれる、という点では確かに批評というものに意義はあると思います。
ただ、自分では何も作らず他人の作品を上から目線で語ってお金を貰っている人をテレビとかで見るとどうしても生理的嫌悪感が先にきます。アーティストが他人の作品を批評するのは別にいいんですけどね。自分も批評される立場にあるわけですから。
評論することは非常に有意義なんだけど、雑誌のライターとかだと文系出身が多いから、感情的な批評が目立っているってのはある
価値付けじゃなくて、価値を乏しめるような批評家がいるから嫌われるんだと思う。
それまで「芸術」と見做されてもいなかったものに芸術的価値を見出して一定の「評価」をする。その意味での批評というのは大いにあってしかるべきと思います。
音楽でも映画でも評論家という存在がいることで素敵な作品と出会うことができるのでその点においてはありがたいと感じています。
ただ芸術作品の楽しみ方は人それぞれであるにも関わらずそういった権威のある方々がこの作品は酷いなどのレッテルを貼ったりするのはどうなのかなと正直思います。
みなさんはどうでしょうか⁇
自分の感覚とは別として、一つの指針として批評を見てます。
ただ、その指針がなかったら自分の音楽感を持てない気がしますね
ある作品を見たその人にはに肯定も否定も、批判批評したりする権利がある。それに対して、知らんぷりしたり受け流すのも、「なんだと?!」といいつっかかったりする権利もある。
今日もありがとうございます
Nostalgia Criticが言っていたことですが、批評家の役割は「新しい視点を提示すること」にあると思っています。言い換えればそれは「あえてみんなと違うことを言う」ってことなので、彼らが嫌われるのはある意味当然かも知れません。ですが、感覚的には反発したくなるような論評も、頭の片隅に置いておくと後々自分にすごく影響を与えることが多々あります。評論家をとにかく下に見て常に無視するのは、結局自分の視野を狭めるのではないでしょうか。
まぁ僕もこの筆者、この雑誌だけはいつ読んでもいけすかん!!みたいなのありますが……el○-kingとか……
レッドツェッペリンの4枚目は、アルバムも聞かずに批評する批評家が多かったため曲目の表記をしなかったというのは有名な話。
人間誰しも批評家のような面を持ってますが(今のネットが一番いい例)
当時はとにかく仕事をもらうため、ボロクソに過激な批評をする批評家が多かったような気もします。
意見を出し合う事って大事だと思いますね
そのジャンルを盛り上げたいなら尚更
でも、評論家って自分こそが正義って姿勢を貫くでしょ?評論家が評論される事を嫌う。評論家なのに…。
昔snoozerを読んで初めて評論が面白いと思ったなぁ。
評論家は必要だけれど嫌われ役を買って出る勇気が必要です。
気になって『図解 日本音楽史』購入しました。
読むのが楽しみです
昔、FMファンという雑誌があって、そこから音楽の情報を得てました。新譜の批評は音楽評論家が書いていて、大変参考にさせてもらいました。その情報によって自分の音楽の世界が広がる事を経験しました。だから私は、評論家が悪いとは思いませんね。レコード会社と評論家の癒着は許せませんまが。みのさんの知識の量と音楽愛には、感嘆してます。これからも、沢山の音楽を紹介してください。
縄文土器?弥生土器?どっちが好き??
どっちも土器
レキシすこ
ゴッホの星月夜って絵のグルグルする星達が縄文土器の模様に似てるなあって思いました。全然関係ありませんが。
てことは、批評家がいないと僕らは新しい音楽に出会えないってことですかね
自分の価値観と情報力に絶対の自信があるなら必要ないと思いますね
これは巧妙な矢野顕子のステマ
おっしゃることわかります。
けど、評論家、批評家は傲慢なヤツも多い。
少なくともミュージシャン、作品に敬意を払い、人として謙虚であるべきだと思います。
シャツの詳細を
リスナーさんに頂きました!大感謝!
@@lucaspoulshock うわ!初コメで返信!嬉しすぎです。
そのリスナーさんへ、おれサイズXLでお願いします
評論家はかなり大事。
広告至上主義のロキノン見てて思う。
うざいって思うのは自分の意見に合わないだけでしょ。
評論家は新しい音楽や先鋭的な音楽などを発見してくれてれば意義があると言えるかも
あとみんなが同じ意見じゃないからこそ芸術は多様性に富んで面白くなるんだと思うから
批評は結構重要な事だと思う
日常に潜む疑問を氷解させてくれる良い動画でした
人気や売上ばかりが持て囃されると大衆性受けはしないけど質の高い作品をつくってる人たちが浮かばれませんからね、そういった意味で批評家(専門家)が示す価値というのは重要だと思います
最近Twitterで「邦楽で最高のアルバムランキング」ってのを有志が作ってたので見てみたら2000年代以降のロキノンやボカロシーンを完全排除したランキングで、「邦楽」とかなりデカい括りを標榜する割にかなり排他的な内容だなと思った覚え
ボカロはアルバムどうのこうのとか言えないところがあると思いますが、ロキノンはユグドラシルくらいは入ってても良かったかなと思いましたね
@@THE-yx4my ボカロは確かに曲単位で聞く人が多いでしょうね
「邦楽」という枠組みを銘打ってたのでもっとタイムレスでジャンルレスなランキングを期待してました…
同じランキングを見たか分からないんですが、300位までランキングが公開されててロキノン系は101位以降になってから出てきてました(アジカンやバンプ、チャットモンチーとか)。
ロキノン系やラウド系とかアルバムで評価してる人が少なくて、彼らの影響力の凄さに対して、アルバムランキングだと影が薄い感じがします。
@@zane_dane そのランキングを取り上げてた人が「ロキノンやアニソン、ボカロがいなくて素晴らしい」みたいな事を書いてたので、こういう姿勢の人が有難がるランキングなのかなと思ってしまいましたね
もっと細分化された枠組みなら理解出来ますが「邦楽」と銘打ってたのでジャンルレス・タイムレスなセレクトを勝手に期待してました
@@hanu676 年々アルバム単位で聞く人が減ってるんだと思います
サブスクでより加速してる感じです
批評家の意見はそれとして、個人で聴いて好きならそれでいーじゃん!という考えの人の方が、案外批評家の意見を受け入れていたりするような??(批評された側は別としてw) 批評家かはわからないけど、メタルなら伊藤正則さん、AORなら金澤寿和さんといった様な、膨大な知識に基づいて、その音楽を知らない人にも魅力を言葉だけで伝えられる人は、アートの存続と発展に必要だと思いましたー!
XのYOSHIKIは評論家大嫌いで反抗しまくってたよね笑
エヴァの大ファンにどんな話か尋ねたらほぼ何も説明できてなかった時のシラケた感じ····。
評論は熱狂的になるタイプより客観的な視点を持てる人がいい。
ロッキンオンとかに載ってるインタビュー記事に影響されてるのか知らないですが、アーティストの口調を真似て他人の作品をこきおろしている人をネット上でたまに見かけますけど、ああいうのはちょっと嫌です。理由に基づいた価値観の提示以前の問題ですけど。
新たな価値観を世に広める、という批評の役割の一つを達成せんとする場合、共感を生む努力はきっと批評としての価値を上げるポイントになるだろうな
批評は創造の塩
批評とか評価は、作品の良し悪し関係なくアルバム聴くハードルを下げてくれるから、初めてアルバムを聴く前に必ず見るようにしてる
poplarityと質ってどうやったら結びつくんだろうといつも考えてましたが、この動画のお陰で答えが出ました。評論だったんですね。ありがとうございました。
理解されない角度で好きを語ってもお金にならない
お金にする為に理解される毒を吐く、もしくは…
評論家がどう感じたかよりも、自分がどう感じたかの方が、自分にとってはずっとずっと正しいのにな
「好き」を掘り下げれば人が見ているところって全然違っていて、だから感想で分かり合うってのは実際すごく難しいことなんだ
理解されない美しさ、唾棄された美しさ、見落とされた美しさの存在を力強く主張する人、と言えば聞こえは良いが、実際そんなものではないだろう
ただの感想、ただのレビューにさえ矛が向く時代
この風潮を生み出したのは評論家なんじゃねぇか?
まぁ俺は何処でも理解されない好きを語るけどな
評論でなく難癖評論家や提灯評論家も多いが、今の風潮は評論を難癖として捉えすぎだね。評論する人、音楽経験値の高い人がとらえる音楽世界や価値観はとても本来は広いし、そこを取り入れると自分の音楽世界も広がる。音楽は、小鳥のさえずりのように誰もが綺麗と思うものだけではなくて、経験値によって感動する音楽の種類がある。経験値や価値観を取り入れることは、感動の機会を増やす。中高生くらいから自分の好き嫌いだけで音楽を捉えていたら、広がらない範囲の音楽はたくさんある。アルゴリズムで今は逆に限定されていくし。中学生や高校生に評論的ガイドなしにWIREを聴かせても、CANを聴かせても、 BURIALを聴かせても、コルトレーン聴かせても、テリーライリー聴かせても、インプレッションズ聴かせても、大して響かないが、これらがどれだけ深い感動を与えるか、経験値が増えると実感する。俺は本当に諸先輩に良い音楽や価値観を教えてもらった、聞き方を教えてもらった。それでおっさんになってもいつまでも最新音楽に目がない。みのミュージックを見る最高齢くらいだろうと思うが、時代を表現したり、新しい創造に溢れる音楽は刺激的で楽しくてしょうがない。
自分で探して出会っているようで、みのさんの批評フィルターを通ってたり、djの批評フィルターを通ってたり、メディアのフィルターを通ってたりするし。みのさんが時々言う、「質」は兄貴たちに導いてもらうのも良いもんだよ。好き嫌いに意固地にならずに。
リズムの音使いの個性や創造性の高さで感動するようになるなんて、なかなか好き嫌いだけでは到達しない。
批評は建設的であるべき、ただの批判はまた違う話
某音楽雑誌の事書こうと思ったがやめて今から矢野顕子聴くことにした🤗
批評などで、自分だけでは何年たっても思い浮かばないであろう考え方や、うっすら感じてはいたけども言語化できていなかったような捉え方などに出会ったときの知的興奮はなかなかのものだと思いますね。いわゆるひとつの、その考え方があったか!ってやつです笑。
今まで批判してたくせに大御所が評価しだしたら急に意見コロっと変えるような評論家もいそうだけど
毒舌とか辛口と悪口の区別がついてない人の批評にはムッとすることもあるけど、どうだろうか
「批判良くない!」がそもそも批判な件
「他の作品と批判は同じものじゃない」っていう意見は一理あるかもしれんけど、それならその違いをしっかり説明してほしいよね。ちんちん
途中まで「うんうん」だったのが最後「ちんちん」になった
渋谷よういちがレッドゼッペリンやプリンスのライナー書いてたけど音楽的側面はなく堅い文体の理屈ぽい感想文な感じ。アレンジや拍子の変化や裏で鳴ってる楽器とかはなくざっくり、物質化した確信に満ちた、肯定的な、媚びることのない絶対的な、確かな存在感の、これ以上確かなものはない音楽であるとか。プリンスは密室の貴公子 ジャーニー、フォリナー、エイジア、トトを産業ロック、レインボーらを形式化したと見立てをしてた。
渋谷は音楽を理論武装した感じに気分悪かった!
当時産業ロックやキャンディーポップ、ディスコを社会的貢献がないだの文面に胸くそ悪かった。
あなたに音楽の本当の魂ありますか?
あなたは音楽聴いて泣けますか?
似非インテリなヤツに音楽のアートの何がわかりますか?
小山田問題を期に、渋谷並びにその一味、音楽界から消えて欲しいですね。
秋〇康以上にクソだと思う!
ごはんができたよ良いアルバムだよねー。先日のYMOの繋がりかな
それはともかく、今や評論家の意見なんてアマゾンのレビューと同じくらいの権威になってる気がする。
ネットの発展と共に弱くなっていった感じ。
今日のは 目から鱗 でした👀 !批評によって 発見された芸術がある というのは気づきませんでした!みのさんの批評?評論は常に前向きな視点があってよいと思います‼️
それでも日本の評論はユルいと言われる事がある。
音楽雑誌にとってレコード会社の広告収入は生命線だから鋭く斬り込めない。
ネットの批評は割りと先鋭的だけど、批評対象がアンダーグラウンドのものだったりメジャーなものを批評しているのもあるが批評家側の基礎知識がないっていうのもあって日本におけるネットでの音楽批評の信頼性は乏しい。
補足して言うと、創作者は作ることに傾注しているが、何を作っているとか世間に与える影響などは二の次である場合が多く、創作者も気付けない効果・価値を改めて言表するのが批評家の役目でもある訳です。ベン図のように重複している部分と独自の役割が相同居しているのです。
音楽に関しては特に評論を聞かなくても「好き!」「あんまかな」と判断できるからすき