上杉家に忠実に仕えた前田慶次+Q&Aは、他にも傾奇者で有名な人はいた?(【YouTube限定】「第34回偉人・こぼれ噺 」BS11偉人素顔の履歴書 加来先生のアフタートーク)

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  • čas přidán 14. 08. 2022
  • BS11で好評放送中の歴史番組「偉人・素顔の履歴書」
    番組収録後に、これから放送する回の見どころなどを番組人事部長で歴史家の加来耕三先生にたっぷりと語っていただく「偉人・素顔の履歴書」のアフタートーク34回目です。
    今回は
     2022年9月3日(土)夜8時放送、「前田慶次 編」の見どころと、
     収録で話しきれなかったエピソードもご紹介。
    上杉家に忠実に仕えた前田慶次。
    傾奇者というのは派手で奇抜なだけではなかった!?
    慶次の傾奇者として印象的なエピソードは?
    合戦の力量は高かったが、実際の合戦に恵まれなかった!?
    加来先生が視聴者の質問に答える「教えて!加来先生」のコーナーは、
    お市の方と柴田勝家の辞世の句は城が焼け落ちる中、どういう形で後世に伝えられた?
    前田慶次以外で有名な傾奇者は?など
    たっぷりとお届けします。
    ■出演
    MC:中西悠理(フリーアナウンサー)
    解説:加来耕三(歴史家・作家)
    「偉人・素顔の履歴書」人気動画をチェック!
    • 「偉人・素顔の履歴書」
    ■番組情報
    全国無料放送BS11「偉人・素顔の履歴書」
    📺毎週土曜日 よる8時00分~8時55分放送
    【番組公式HP】www.bs11.jp/entertainment/iji...
    【BS11 イレブン じゅういっちゃんツイッター】 jyuittyan_bs11?la
    <番組詳細>
    戦国武将や幕末志士など、日本史にその名を刻む英雄・偉人たちの【偉大な功績】 と 【意外な素顔】 を、現代風に1枚の"履歴書"にまとめ上げます。
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    #前田慶次 #前田利家 #直江兼続 #歴史 #日本史 #偉人 #英雄 #加来耕三 #中西悠理 #アフタートーク #こぼれ噺 #BS11
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Komentáře • 88

  • @kunihro3408
    @kunihro3408 Před rokem +48

    この番組ほんと好き

    • @user-ln7hk7ix9q
      @user-ln7hk7ix9q Před rokem +1

      大好きな番組です。🍃🌀☔️毎回楽しみにしています。🧊🎵🌀

  • @user-pv5jn1dg9n
    @user-pv5jn1dg9n Před rokem +6

    初めてプレミア公開で観るから楽しみ

  • @syukio6221
    @syukio6221 Před rokem +16

    先生の話の面白さと悠里さん見たさで、毎回こぼれ話の方ばっかり見てしまいますw

  • @hiroyo403
    @hiroyo403 Před rokem +6

    いつも
    楽しいです。

  • @HansSchmidt2006
    @HansSchmidt2006 Před rokem +11

    先生が推してらっしゃる岡野左内のエピソードが面白く調べてみたところ雨月物語の一節にあるようです。読んでみます。有難うございました。

  • @maron3008
    @maron3008 Před rokem +42

    前田慶次は、単に目立ちたがり屋ということではなく、社会風潮に対して自由でありながらも信念を持っているような精神なのだろうに思いました。

  • @user-waramen
    @user-waramen Před rokem +7

    加来さん大好き!

  • @user-eu5hj1hk6d
    @user-eu5hj1hk6d Před 6 měsíci +4

    岡野佐内に関しては、お金を貯めるのが趣味というより、そのお金で楽しむのが好きというように感じました。仲間におごってあげて楽しい時間を過ごすのが好き、みたいな人は今の世にもいるように思われます。

  • @user-re7pn7gy5p
    @user-re7pn7gy5p Před 4 dny

    最初にでて来た前田慶次の画に驚き隠せない😅原先生の絵で育ってきたからビックリ

  • @user-nm5sk9qz9p
    @user-nm5sk9qz9p Před rokem +7

    加来先生の〜
    説明、解説は〜
    分かりやすいです〜為に〜なりますよ〜☺

  • @user-nm5sk9qz9p
    @user-nm5sk9qz9p Před rokem +5

    加来先生は
    詳しいので〜
    勉強に〜なりますよ〜☺

  • @meviusgold692
    @meviusgold692 Před rokem +5

    加来先生大好きです 本当に面白いお話が聞けて最高です

  • @max-pf7vl
    @max-pf7vl Před rokem +15

    公共放送かと思って無視しようと思ったら11かw
    テレビ無いので本放送は見れませんが、凄く上質の教養番組な気がする。

  • @user-tk3dt6zn3t
    @user-tk3dt6zn3t Před rokem +16

    16:06
    これ「伊達政宗の刀」ではなく「正宗」という刀の事を加来先生は言っていると思われます(岡佐内は臨終の際に主君に長年愛用した愛刀の正宗を献上したという逸話があるので)

  • @KT-if6jf
    @KT-if6jf Před 4 měsíci +4

    中西さんってホントに和服が似合うね

  • @evilflower765
    @evilflower765 Před rokem +12

    出て来たイラストと漫画の慶次が違い過ぎるーーーーーーーーーーーーーー!!w

  • @zenjiromizukami7560
    @zenjiromizukami7560 Před 6 měsíci +1

    おかさない、すごい

  • @user-gk6ih7vv8t
    @user-gk6ih7vv8t Před 3 měsíci +3

    前田慶次は原哲夫先生の「花の慶次」のイメージが強すぎるけど実際の年齢は前田利家よりも歳上。
    「花の慶次」だと利家の方が年長で、おまつが若いから物凄く年下の妻を娶ったように勘違いするけど、描き方上の問題として仕方ないけど、歴史を知ってる人からすれば違和感だらけの描き方になってる。

  • @thepear1893
    @thepear1893 Před 3 měsíci +4

    花慶でしか知らんからクッソカッコいい印象

    • @user-hs3zz1if6h
      @user-hs3zz1if6h Před 15 dny

      その幻想持ったままとしまつ観ると衝撃受けるぞw

  • @RB-de3eg
    @RB-de3eg Před rokem +21

    敵味方関係なく、辞世の句を大事にする。日本人として誇りですね。

  • @kosncche
    @kosncche Před měsícem

    私は一夢庵双竜機読んでたからジャンプの漫画で有名になる前から知ってた😊😊

  • @user-mc7gu2yp1x
    @user-mc7gu2yp1x Před rokem +6

    古田織部もそのうち取り上げられるかなぁ…楽しみ…

  • @user-fv4hs5lk4q
    @user-fv4hs5lk4q Před rokem +5

    ゲームの侍はかっこよく作られ過ぎていてなんだからなあと思う

  • @user-xl9qs3no3f
    @user-xl9qs3no3f Před rokem +5

    退却戦って難しいよな、っていつも思う。
    残滅率を認識しているんだけど、その滅するのが人の命だからなと。

  • @user-rj8mp5cg1x
    @user-rj8mp5cg1x Před rokem +2

    岡野左内 興味津々です!

  • @SSGB
    @SSGB Před rokem +8

    "一夢庵風流記"などの小説や、後の大河ドラマ"利家とまつ"での仮名(通称)は「慶次郎」なんだが、しかし漫画でメジャー化したせいで「慶次」という呼び方が一般化してしまってるな

  • @user-bs7vo6fp8j
    @user-bs7vo6fp8j Před rokem +13

    マンガの影響力が凄い‼️(笑)
    だけど史実に残っていると言う事がただ者ではない証拠なのだと思います。Σ(・ω・ノ)ノ

  • @user-wo2gx4ln5o
    @user-wo2gx4ln5o Před rokem +9

    もう花の慶次は見れないかも笑
    この番組のおかげで真田幸村も、本当は信繁だと知った。だから幸村が出でくるたびに「君は信繁やろ」とツッコんでいる自分がいる。史実の慶次はさてさてどうか…
    ドキドキワクワク…
    でもすでに後ろの画像見て、花の慶次がもう読めなくなりそうで怖い…笑

  • @user-ww1bq3bc9h
    @user-ww1bq3bc9h Před rokem +3

    たしかに、辞世の句は誰が?でしたが、よく分かりました^ ^

  • @user-se7bf6sn6k
    @user-se7bf6sn6k Před 4 měsíci

    そうか。
    テレビで無料ならば、別にCZcamsで流してもおかしくないですね。

  • @user-tg2ye2vo8m
    @user-tg2ye2vo8m Před 15 dny +1

    慶次と細川幽斎の交流を松永貞徳が言及(鷹筑波)し、幽斎側の歌集(玄旨公御連歌)にも慶次主催の連歌会に幽斎が出席しているのが記録される
    直江兼続とは、亀岡文殊奉納の詩歌会での同席や慶次が兼続から書物を借りていた等、同好の士であるのが窺える。兼続は高レベルの文人(幽斎、里村 紹巴等)と文を通じての交流が出来る教養人である。
    ※幽斎を招く事が出来る教養の持ち主なのが窺える
    ※道中日記(和歌、漢詩)や亀岡文殊奉納の詩歌会での和歌5首や安田能元との100首近い連歌等々の詩歌を残している
    文武の人と評される慶次だが、慶次評に信憑性の高い部分が含まれていた事になる
    慶次の武具
    ・朱色を基調とした甲冑
    ※もしかしたら朱具足に分類されるかもしれない
    ・皆朱の古式具足
    ※皆朱の槍同様通常の武者では着用出来ないと指摘される
    ・泉鏡花が旧蔵していた朱具足
    (赤備え)
    ・螺鈿の槍(穂先に朱色)
    ※武功の者や大将が用いた
    組外衆(1000石)の筆頭になる(上杉に仕官)
    ・配下が慶次を心逞しく猛将と評しているが、上杉家側も慶次の武勇を評価して筆頭にした可能性もある。
    殿での活躍
    ・共に闘ったと思われる配下が慶次を「心逞しく猛将」と評している
    ・上杉家側も慶次の武勇を評価して筆頭にした可能性もある。
    ・上杉家の正史では、「前田慶次利貞槍を取って敵を突き崩す」と記される
    ・史料が記す活躍をしたかは分からないが、奮戦した可能性はある

  • @annguyenvan5211
    @annguyenvan5211 Před rokem +10

    Maeda Keiji, a really existed person in history ? I thought he's existed in Manga only.

    • @errtg102
      @errtg102 Před rokem +4

      資料や文献は少ないですが、実在した武士です。

    • @annguyenvan5211
      @annguyenvan5211 Před rokem +5

      @@errtg102 Thank you for your prompt reply. A rare kind of samurai, isn't he ?

    • @errtg102
      @errtg102 Před rokem +3

      @@annguyenvan5211
      ご存じかと思いますが、前田慶次は織田信長の配下の滝川一益の一族です。
      前田家に養子に出されて、自分が前田家を継ぐものと思っていたのに、織田信長の命令で可愛がっていた前田利家に家督を継がれたのですね。
      それから、前田慶次はひねくれてしまったのだと思います。

    • @annguyenvan5211
      @annguyenvan5211 Před rokem +2

      @@errtg102 Thanks a million for your reply over Maeda Keiji.

  • @user-wl4nr6zl7x
    @user-wl4nr6zl7x Před 2 měsíci +2

    水野勝成と前田慶次って似てるよね

  • @discovery-defender
    @discovery-defender Před rokem +10

    戦国時代の武将は誰もが傾奇者。織田信長、上杉謙信、松永久秀、豊臣秀吉、前田利家。その時代とは異なる「教養」の持主であったことは間違いないのでは。

  • @user-sz3ex3xt8u
    @user-sz3ex3xt8u Před rokem +6

    武辺者と傾奇者と比べると、戦場での成果より、漢の美学(潔い生き方)にこだわったのが傾奇者じゃ無いかと思います。
    それと、南北朝時代からの婆娑羅大名は傾奇者と繋がっているのでしようか?

    • @user-jm2ze4ub9s
      @user-jm2ze4ub9s Před rokem +2

      婆娑羅の語源は、仏教の守護神伐折羅大将に由来し、その同音異義語としてダイヤモンドの意味があったことから~
      美しく貴重で堅固な玉の意味から、派手で奇抜な反面、実用性も兼ね備えた武者姿を比喩して使われた言葉だそうですから~
      戦国時代の武将たちの精神性に通じるところがあったことは間違い無いと思いますね~
      そして、婆娑羅と傾奇者との関係についてですが、その間に数寄者という存在が挟まるみたいです~
      室町時代に婆娑羅的な嗜好で武芸や茶道、詩文を磨いた武将たちが数寄者と言われたそうで~
      そういった数寄者が一家の長である場合に、部屋住みの兄弟衆や若党、中間といった親族の郎党衆が~
      戦場装束はもとより生活全般まで数寄嗜好に傾けていく流れから生まれた戦国武者のことを、数寄を酷く傾けた感じであることから、傾奇者と呼んだのがはじまりのようです~
      面白いのが元傾奇者であっても、一家を背負う長となった途端に今までの様々な傾奇者行為一切を卒業し、以後は武家社会に適応して数寄者武将として生きていくのが世の習いでほとんどの戦国武将がそれを受け入れていたこと~
      そこから考えると、世の中のはみ出し者的行為を繰り返しているのに世間から温かい目で見守られ許容される傾奇者たちとは~
      死と隣り合わせの戦場の最前線で、常に命を張っているからこそ周りから許される『戦国の華』のような贅沢な生き方だったのかも?知れません~

    • @user-sz3ex3xt8u
      @user-sz3ex3xt8u Před rokem +1

      返信をありがとうございます。
      なるほど、婆娑羅大名と傾奇者とは違いが有りますが、婆娑羅から数寄者〜そして傾奇者へ繋がる系譜の様なものはあったと考えて良いのでしょうか?

    • @user-jm2ze4ub9s
      @user-jm2ze4ub9s Před rokem +3

      @@user-sz3ex3xt8u
      そうですね~
      婆娑羅→数寄者→傾奇者の流れは間違い無いと思います~
      ただ、傾奇者とは戦場を命懸けで駆け巡る特別な立場だったからこその戦国時代限定の生き様なので~
      その後の江戸時代に、傾奇者に憧れて旗本奴や町奴というならず者集団が生まれてその人たちも傾奇者を称しますが~
      それらは衣裳など外見を模倣しただけで中身は全くの別物だと思います~
      その人たちは、任侠者となり今でいう反社会的組織へと通じていくのですが~
      戦国時代に誕生した元祖傾奇者は、大名や武将といった組織の継承だの立身出世などという柵みとは無縁に、死を恐れず好き勝手に生きるという死生観であり~
      現在の反社会的組織のような法の隙間くぐり抜けながらお金儲けし図々しくも天寿を全うしようとする生き様と共鳴するところは全く無いと思います~
      そもそも、平和な時代に戦場の華的生き様が受け継がれていくこと自体がおかしな話で、江戸時代になり戦場が無くなると共に絶えたと考えていいと思います~
      たぶん島原の乱鎮圧直後に隠居した水野勝成さんが例外になるのでしょうが~
      これも徳川家ゆかりの水野勝成さんだったからこそ許されたことで、他の大名がやっていたらとっくの昔に改易でしょうしね~
      そう考えると傾奇者の人生の歩みに今の世の中を重ねると成功体験につながるような教訓はありませんし、やはり物語として楽しむのが一番よいのかも?知れませんね~

  • @kenichif1401
    @kenichif1401 Před 2 měsíci

    鳥の将に死なんとする時その声や善し。
    人の将に死なんとする時その言や善し。
    武士とはどう生きるべきか、人はどう生きるべきかを考えながら眺めながら生きてきた前田慶次が、
    最後に上杉が良いといって上杉に仕えた。
    勝ち負け損得を第一に考えてはいけないって事なんだろうな。
    今だけ金だけ自分だけの今の世を見たら慶次は何と言うだろうな。

  • @user-uf8bm8jz8z
    @user-uf8bm8jz8z Před 3 měsíci

    花の慶次

  • @polarismissing_you7057
    @polarismissing_you7057 Před 5 měsíci

    甚だ不勉強ながら、私は前田慶次という人は、歴史マンガの世界にだけ存在する、架空の人物かと思っていました

  • @user-co6pt4vx1l
    @user-co6pt4vx1l Před rokem +2

    北条氏邦の息子の嫁さんが前田慶次の娘だったかと。

  • @user-gn1zp3ms8e
    @user-gn1zp3ms8e Před rokem +4

    秀吉に認められた人だから、魅力ある人だと思うよ。
    ただ前田慶次の物語は創作が多い
    花の慶次のイメージで見てはいけない

  • @user-sd2rx5ln7r
    @user-sd2rx5ln7r Před 4 měsíci

    お仲間さんならぱあり得る事でしょうけれど。❓️

  • @user-co4uy9zu1s
    @user-co4uy9zu1s Před rokem +3

    個人的に前田慶次と前田慶次郎利益は別人だと思ってる

  • @kokosorefrgv
    @kokosorefrgv Před rokem +2

    漫画?の前田慶次を知らないから正直ほとんどイメージもなかった。

  • @afbgk304
    @afbgk304 Před rokem +2

    望めば100万石ですよね。

    • @afbgk304
      @afbgk304 Před rokem

      紀州でも領地にもらえば、雑賀衆も手なずけ、高野山もてなずけ。

  • @user-sd2rx5ln7r
    @user-sd2rx5ln7r Před 4 měsíci

    僕とは異なり"お坊ちゃん"だったらしいですけど。⁉️

  • @user-hs7rp2sz6q
    @user-hs7rp2sz6q Před rokem +2

    前田慶次郎?
    確か花の慶次の漫画で慶次になったと思ったが

  • @user-lb2uq1yh4m
    @user-lb2uq1yh4m Před rokem +5

    『虎は何故に強いと思う?』

    • @user-xl2ov9vc9h
      @user-xl2ov9vc9h Před rokem +6

      『もともと強いからよ』でしたっけ?

    • @user-ex5bd3up7q
      @user-ex5bd3up7q Před rokem +3

      お主(どこぞの武芸者)はもともと弱いから傷だらけになるまで鍛練せねばならんのだ

    • @user-lb2uq1yh4m
      @user-lb2uq1yh4m Před rokem +1

      @@user-xl2ov9vc9h 返信ありがとうございます。そうです。イチローも似た様な事言ってましたね。

    • @user-zx6ix1dv1x
      @user-zx6ix1dv1x Před rokem +3

      元々強いからよ。

    • @user-hp4vi4kg1u
      @user-hp4vi4kg1u Před rokem +5

      虎や狼が日々鍛錬などするかね

  • @user-kq4jt9dv1k
    @user-kq4jt9dv1k Před rokem +2

    時代が違うが佐々木道誉を押したいです

    • @user-jm2ze4ub9s
      @user-jm2ze4ub9s Před rokem

      確かに~
      道誉さん、ドウヨ~笑
      実名は足利高氏さんと同じ、京極高氏さんなんですよね~

  • @pec6mac343
    @pec6mac343 Před rokem +1

    毎週、日曜朝の地デジTBS、サンデーモーニングに御出演中の中西悠理アナとはまた違った側面と和装姿が本題テーマ以上に印象的です。まぁ時事ニュース番組と歴史教養番組ではそもそも内容が違いますからね。
    加来先生も多数のメディアに御出演されており、一時期TBSラジオの土曜か日曜の朝番組を毎週、聴いてました。NHK・各民放にも不定期にゲスト出演されてるので以前からお馴染みの存在ですね。
    学生時代は世界史を選択したので日本史の見方は同年代の比較対照としての日本史観で解釈してましたね。
    世界史から見た日本の戦国時代、日本史から見たその時代の世界の動向を各二面的に考察すると、より鮮明に立体的に歴史上の出来事が浮上して理解が深まりますね。
    特に世界史の西欧諸国、欧米諸国に於ける大航海時代〜日本史の海外と日本との関係性などは「その時、日本では...」「その時、世界では...」と調べて行くと改めて地球・世界は海を隔てても繋がって居るんだと実感できます。縄文・弥生以前にアジア系の民がユーラシア大陸やカムチャッカ半島沿いに北米大陸に移住したり、一方の北欧州のゲルマン系=バイキング、現ノルウェー人がコロンブス以前に北米大陸の北東部に船で既に辿り着いて新大陸の存在を認識し、その地を「葡萄の成る土地」と名付けて居たと云う文献資料の存在などを知ると益々、世界史と日本史のダブル対照史観で解釈すると歴史って物凄く面白いことが分かります。
    ★長文および本題と逸れた感想で失礼、恐縮でした。

  • @anuzik9847
    @anuzik9847 Před rokem +1

    かわいい

  • @tamonkashiwagi2301
    @tamonkashiwagi2301 Před rokem +1

    大武辺者とかいて、これは大ふべん者と読む事を、この先生は知ってるかなぁ

    • @user-df9yg9nb6y
      @user-df9yg9nb6y Před rokem +1

      大ふへん者

    • @hiurjygtd65478
      @hiurjygtd65478 Před měsícem +1

      「ふへん」ものだな。
      加来先生は当然わかってるに決まってますよ。
      便宜上そう発音してるだけだろう。

  • @user-jc4gx3nf6g
    @user-jc4gx3nf6g Před rokem +7

    一般的に知られている“傾奇者”としての人物像は実は前田利家のほうであって前田慶次の文献はほとんど無くあまり知られてない謎の人物だと聞いたことがあります

    • @user-zc4jc9uh1f
      @user-zc4jc9uh1f Před rokem

      花の慶次だしね

    • @user-jm2ze4ub9s
      @user-jm2ze4ub9s Před rokem +1

      息子さんの前田正虎さんが戦場働きが無い文系武士だしね~

  • @hh-lc4sl
    @hh-lc4sl Před rokem +1

    画面、バックの書院の間のお飾りがぜんぜんなってない。
    ただ壺並べればいいというものじゃなくて約束事ある。

  • @user-nh5sb2hj7s
    @user-nh5sb2hj7s Před rokem

    タキガワとタキカワでは、相当違いがあります。養子まえでは、ケイジロウ、ケイジでも違いが、、、

  • @user-zx6ix1dv1x
    @user-zx6ix1dv1x Před rokem +2

    風流仕候
    日本男児諸君、本当に格好いい男になりたければ、花の慶次は絶対読んだ方がいい。
    漢のバイブル間違い無しだから。

  • @dotsuten666
    @dotsuten666 Před 2 měsíci

    漫画がなければ、取り上げる程の人物ではない。

  • @user-eq8tv1fz9v
    @user-eq8tv1fz9v Před rokem

    前田慶次・・・戦国時代 当時の日本人の中で 最も 自由に生き抜いた人間。2022年 9月 現在の日本人・・・彼とは似ても似つかない。アメリカ人が彼を見たら・・・戦国時代のアメリカ人・・・と評価するやろ。

  • @hh-lc4sl
    @hh-lc4sl Před rokem +1

    漫画と顔がぜんぜんちゃうやん(笑)

  • @user-pi1il1mf5c
    @user-pi1il1mf5c Před rokem +1

    youtuberコメ氏で、前だけいじろう
    とかいうフザケタ汚っ惨ガイル👨💫

  • @user-jm2ze4ub9s
    @user-jm2ze4ub9s Před rokem +5

    前田慶次さんが長谷堂城の合戦の殿戦を引き受けて成功させたからこそ前田家の名が復権したところがあるとは思う~
    昔、前田家は賤ヶ岳の合戦で殿戦を請け負わずに自らの大将、柴田勝家さんを見捨てて豊臣秀吉さんにつきました~
    その前田利家さんの行動は豊臣家にとっては大恩となりましたが、他の大名家からしたら不義理、不名誉な臆病者の行為に過ぎませんから~
    いくら天下の百万石の大名家と言えども他の大名家にとって前田家は豊臣家の付録扱いに過ぎなかったはずです~
    しかしながら、関ヶ原の合戦をへて時の政権が豊臣家から徳川家に移ろうという時代においては、そういった不名誉な経歴は前田家にとって致命的なものでした~
    それをひっくり返したのが、前田家を出奔し上杉家へ仕えた前田慶次さんの長谷堂城の合戦の殿戦です~
    これによって前田家も殿戦をやろうと思えばしっかりとこなせるんだということをしっかりと天下に示したワケです~
    この時の前田慶次さんの戦ぶりが、加賀百万石が徳川の世も永代続いた大きな理由の一つだったと思うことも出来るのではないでしょうか~?

    • @user-kw1es8uh6q
      @user-kw1es8uh6q Před rokem +1

      あり得ません
      時系列も事実関係もめちゃくちゃですよ?

    • @user-jm2ze4ub9s
      @user-jm2ze4ub9s Před rokem

      @@user-kw1es8uh6q
      え~と、時系列は、賤ヶ岳の合戦→関ヶ原の合戦→長谷堂城の合戦(前田慶次さんの殿戦)だから問題ないと思います~
      事実関係が違うというのは、賤ヶ岳の合戦で柴田軍の殿戦を請け負わ無かったため、豊臣家に恩を売ってのし上がり百万石前田家の基礎を築いたという話は、戦国時代の武将の処世術としては当たり前の事で不名誉では無かったハズってことかな~?
      確かに前田利家さんが活躍した当時の戦勝続きの豊臣軍にとっては敗戦自体がほとんど無く、殿戦での戦働きなどあり得なかったため、大して重要視されていなかった可能性はあります~
      しかし、朝鮮出兵の退却戦を経験した豊臣軍は敗戦時に命懸けで殿戦を引き受ける武将の重要性に気づいていたハズです~
      その歪みを利用して徳川家康さんが起こした軍事行動が、朝鮮出兵に参加しなかった前田家→上杉家への仕置きだと思っています~
      前田家は外交によって徳川家康さんに降伏して戦を回避、上杉家は正面から戦を請け負って天下分け目の関ヶ原となったワケですが~
      前田家も上杉家も関ヶ原の合戦主戦場には参加せず、前田家は浅井畷の合戦で敗北、上杉家も長谷堂城の合戦などで敗北しますが、浅井畷では長連龍さんや山崎長徳さんといった苛烈な猛将が殿として活躍し、長谷堂城では前田家一門の前田慶次さんが大活躍しました~
      これによって、前田家は日和見大名としての不名誉を一気に挽回することができ、徳川幕府に変わっても百万石の封土を保持し続けることが出来たのではないでしょうか~?
      上手く伝わるといいのですが、どうでしょう~

    • @user-jm2ze4ub9s
      @user-jm2ze4ub9s Před rokem +2

      @@user-qi8qv1sm3h
      え~と、面倒くさくて申し訳ありません~
      知識をひけらかしたいのも否定はしません~
      嘘つくワケじゃないから、個人的に楽しくコメントしてて悪いこと無いと思うな~