Velikost videa: 1280 X 720853 X 480640 X 360
Zobrazit ovladače přehrávání
Automatické přehrávání
Přehrát
道長が本当に顔つきがイケメンになってきて、きゅんです🫰
ラットさん、除目リクエストありがとうございます😊 真面目な為時パパは、きっと根回しもせず苦節10年... キターーッ!て感じですが、ドラマでは喜ぶというより、ポカーンとした表情が印象的でした。しっかり者のまひろが娘で良かった😊
紫式部は、弟のぶのりの大ポカもフォローしていた様です。
もうすっかり「我らが…」が黒光る君の枕詞になってますね😁
「かしまし」を見ていると、大河がより一層楽しめます❤以前、清少納言はクセ毛というのをここで聞いていたので、今回「定子」「清少納言」「まひろ」の後ろ姿が映ったとき、清少納言だけクセ毛だー!と一人で騒いでました
そうそう、ききょうだけ頬にかかる短い髪の先がシュッとカーブして、芸が細かいと感心してます❤
源俊賢を伊周の所に送ったり、斉信を慰めたり細やかな道長。黒く光る君も権中納言になり今後の活躍が楽しみ~☺️
本筋から外れますが、きりゅうさんがおっしゃった「普通の人達は皆自給自足」「人が作った物で生活していたのは当時は貴族だけ」というのがなんだかすごく心に響きました知人が田舎の昔ながらの農家に住んでいるのですが、食べ物も飲み物も燃料もほんとに家の周辺でほぼ何でも揃うので、昔はこれが当たり前だったんだよなあとそして戦前生まれの私の祖母の世代までは縫物ができないと結婚できませんでしたよ~家族が着る物を用意するのは奥さんの務めでしたし、いざという時の収入源でしたね都内の某女子高では平成の始め頃までらしいですが、毎朝運針の時間があったそうです
本題から逸れますが…旧制女学校の裁縫の教科書を見た事ありますが凄い高度、テーラードスーツや袴、ベビー服、下着、できないと卒業できません!以前の朝ドラ「まんぷく」で主人公(あ、道長君の奥様だわ笑)が誰かに「裁縫できるんですか?すご〜い!」って言って、違和感でした。出来たでしょう、女学校を優秀な成績で出てる設定なんだから笑、きっと脚本家が男性だから知らなかったんでしょうね。
朝ドラって、たまに??ですよね。大昔ですが、カーネーションの尾野真千子さん、返し縫いなしでミシンガンガンかけてたり、😅裁断してるのによそ見しておしゃべりしてたり、お太鼓締めたまま畳に肘枕で横になったり😅😅😅
除目。よくわかりました。ありがとうございます。平安時代の就職活動は、若い新人だけじゃなくて、立派なおじさんたちも、必死だったんだなぁ、、実は今とそんなに変わりは無いところが、妙に親近感でした!✨
漫画版の源氏物語「あさきゆめみし」の大ファンだったのですが、上流の女は会ってみるとおや?というほど出来が悪かったり、中流の受領級の娘に良い子がいるとか男たちがささやいていたり、、左大臣と天皇の孫の息子の夕霧を六位スタート、大学に入れて為時パパのケースにしたり、、源氏物語の要所要所に(官職に10年も遠ざかっていた)為時娘の意地を織り交ぜていますね。。
ライター、デザイナーという、みなさんのプロならではの仕事の苦労が偲ばれました。
最後の自給自足の一般庶民の話、百姓ですね🎵百の仕事が出来る、出来ないと食べて いけない❗私のお祖母さんも四十年前くらいですが、まだ機織りしてました。樵に炭焼き畑仕事、縄をなったり昔の人は何でも出来たのだなぁ😂
実はこの動画を見るまで、じもくがなぜ除目と書くかわからなかった。疑問が溶けました。ありがとうございました。
申文にちゃんとルールがあるのがわかって良かったです。それで、今回為時パパが淡路のかみってちゃんと書いてましたね。
為時パパは申文で淡路守を希望してましたね。いったん淡路守に任ぜられてから、越前守になるところもやるんでしょうね。為時パパの淡路守だやった〜→えっ越前守ですか!大国じゃないですか、アワアワの流れが楽しみです。
除目の解説ありがとうございました🙏❣️ 皆さん、春と秋にはドキドキだったんですね。それにしても、本当に実資、諸々の事を書き留めてくれてありがとう👏👏
ホントに毎回お話が面白くて、楽しみにしてます。こんなに真剣に大河ドラマを見たのもはじめてです!
昨日の放送を見てから、速くかしましさんの新作動画が見たくて見たくて衝動が抑えきれませんでした。なので今日は嬉しく、ついでに初コメントです。とにかく雑談話が速く聞きたいです。それから毎回おまけが楽しみです。あるとないのでは全然気分が違います。(だからといって毎回おまけがあるのはもはやおまけではないか?!)
今日も分かり易い解説ありがとうございます🤗除目は全部の申文を読んで吟味するだけで年に2度とは言え凄い労力がかかりそうな大仕事だったようですね😂
掃除のじ で除目と読めますよ🤗
Me, too.
👏わぁ、ほんとですね〜!
もうずいぶん昔ですが伯母が着物の仕立て直しなどしてました。あと義母が布団の打ち直し、味噌をつくり畑をして、服を作ったり何でもできる人でした。
アニメ赤毛のアンで、孤児院から来たばかりのアンが、近所のちいさな女の子から、何にもできないのね。って言われてましたよね。ちゃんとした家の子は、お家で家事をしこまれてたんだなと思いました。
今日も詳しい解説、嬉しいです😊かしましの動画で平安豆知識を学んでいるおかげで、正六位上から従五位下とか、国司も望めると言った為時パパのセリフもとても理解できました😊ドラマの中で、学んだ知識を見つけるのも楽しいです❤
現代も就職活動大変ですけど、色んな選択肢があるっていうのはいいですよね。人間関係嫌でも辞められないって聞くと、それで雅信パパは10円ハゲ作ってたかって納得です💡
😊本当に勉強になります。しかも、もちろん、わかりやすい説明。愉しい〜し、毎回、最高〜、今、今日、ゆつくり、拝見拝聴させて頂いております。愉しみでした。嬉しい嬉しいです😆
除目=官吏の任命式・・・程度にぼんやりと理解はしていましたが、申文なんていう自己推薦書を提出することなどは初耳で、いつもながら非常に勉強になりました。今回の動画でも少し触れられていましたが、よろしければいつかの機会に、律令制における「四等官」についての解説もお願いできればと思います。
そっか、エントリーシートの起源は平安時代だったのかも、、
今週の回で斉信より俊賢の方が先に出世するのを観て、これきりゅうさんが言われてたやつだー!と嬉しくなりました。ドラマには描かれない詳細をここで知れてとても楽しいです😊
為時が五位に昇進したのに、式に着ていく色の服が無いと大騒ぎしてました。五位は蘇芳色という濃い赤色、それより上は黒、それより下は深縹という濃い藍色ですね。どちらも地味な色なのに、なぜ五位だけそんなハデな色なのか不思議。
そういえば今回、倫子がこまろを追って道長の書付を見た時、ふーん・・・と言っていましたが、あれは何の文書で、何が書き加えられていたのでしょうか?きりゅうさん是非ご教示ください!
私も気になりました何が書いてあって倫子は何を思ったのか?きりゅうさんの解説を待ってます
【すざましきもの】の段、教科書か問題集に載ってて勉強したのを思い出しました。集まっていた人が1人減り2人減り…落選した議員の選挙事務所のようだなあって想像してましたー!
キャンプに使う鉄板を何度も油を塗って空焼きして、真っ黒のピカピカに仕上げ、「黒光る君」と呼んでいる…
除目の解説ありがとうございます😊人事異動みたいなイメージだったのですが毎年が就活生の如く売り込み自己アピールが必要なのですね🤔そしてやっと日の目を見た為時パパ本当に良かったです!😊
きりゅうさんて本当に博学ですね! 教授ですね! その情報量本当に感心します!段々こちらも賢くなってきました!ありがとう❤
道長と伊周の対立がさらに激化し、朝廷内でも発覚した。自ら好戦的に道長にくってかかる伊周が、長徳の変の前段として上手く描写されていた。為時が突然従五位下になったのは道長の計らいであり、まひろは母に報告するように琵琶を弾いていた。為時の出世が叶い、越前守となって赴任する伏線だろう。行成が公卿を密かに観察した人物メモをそのままの形で残さず、道長が覚え書きのように書き留めて欲しいと行成が言った。これが、”御堂関白記”執筆に繋がるわけで演出の上手さを感じた。最後の紀行で登場した道長の筆跡が、今までいろいろ聞いたことがあったが、本当にあまり上手でなく笑ってしまった!😅🤣
為時さんの漢詩が目に止まりでしたっけ?今回の大河で貴族は全員お金持ちと思ってましたが色々でお勉強になります。きりゅうさん最近、Xで終わってすぐつぶやいてくれなくて寂しいです。
為時パパが道長に昇格の御礼を伝えた最後、去る道長に対して、パパが「あれっ?行っちゃうの?」みたいな表情をしていたのが気になりました!今後の仕事のこと、あるいは娘のこと、、なにかここで返事がもらえるかなと、ちょっと期待してたのかな...まさか娘の言う通り越前守になるなんてドラマの為時は想像すらしてなさそうですが😂
「苦学の寒夜紅涙巾をうるおし除目の後朝蒼天眼にあり(冬の夜、つらい涙があふれ布をしぼるほどの苦学をしていますのに、意外な国司任命の発表を聞き、私の目には、青空もむなしく映るばかりです)」の手紙を女官に手渡し、「おお❗素晴らしい漢詩じゃ。」 「為時は、中々の学者です。淡路守では、もったいないと思いますが。」「うむ…。宋人の接待には、もってこいじゃな。」「はい。(よし、わたしの力で、為時を越前守にしよう。)」と、既に決定していた国守を別の国守に任命してとばしてしまった。上述は、学習まんが 少年少女 人物日本の歴史のセリフですが。 史上有名な、枕草子でいうところの、「すさまじきもの」。学者として賢いのだが、非常識な事をした例外。しっかりと、平安時代を扱った本で、紫式部の父親としてではなくて、一役人として度々、送り続け、やっと国主になれた貧乏貴族と、人事権を握っていた、一帝二后や一家三后で有名な道長の権力の絶大さを物語る逸話です。 あくまで、紫式部が主役なのでそちらよりに、なってますね。どちらにせよ、権力にものをいわせた太政官政治を推し進めた。この時点で、人事権を握っていることです。
清少納言から宋人が大勢押し寄せてると聞いて「それは大変ねぇ」ではなく「今こそ外国語が話せるパパの出番!」と閃く辺りが、現代なら株式投資にも活かせる才能だな〜と思いました😂
あがれば だお😅😢😢あ😢新しくさああAirTag^ - ああああ絵上アカは🖼️坂がかえなああた🎉和えた痾ぉえガラガラあがればさえはしさ😅さあ端さはあるなさあなあぉかなあ、さ 10:04 10:19 あがれば😂やあああははぃた❤いいいかさアがあ先だあ🎉あた
だ🎉ぉ明日だったらしいですかさにさハザアキアな中かあしたないやあか
まひろが新楽府の書写をしている↓清少納言さんがまひろに会いに来る↓定子サロンに誘う↓枕草子の場面を見せる↓まひろが一条天皇に新楽府のことを語る↓一条天皇が道長にまひろのことを語る↓道長がまひろの父の申文を探す↓まひろの父が叙任⁉️されるまひろと清少納言と道長の連携プレーでドラマが展開されるのが、いとおかし♪です♪ファンタジー(幻想、空想)で素敵です♪
古文の時間に「除目につかさえぬひとの家・・」という部分を覚えてます。これって、ここ10年の為時家のような状態を表していたのですね。
除目知りませんでした‼️四年任官で次に空きがあるところを調べてみなさん履歴書みたいな物を送って書類審査とか 現代に例えるとわかりやすいです‼️為時パパは大国の国司に選ばれて10年家族が耐えて良かったですね😃今回も黒光る君の日記に色んなことが詳しく載っていたことに感謝ですね🤭
兼家パパが左大臣源雅信に送りつけた手紙 、摂政とだけ書いてあって、左大臣さまが怒ってたシーンがグッときました。摂政の地位が太政官を超越した瞬間ですよね!
現在就職の支援をしている身としては、申文を書くのに苦労していた当時の人たちの気持ちが痛い程よくわかります😂当時の自己PRの上手い人の面白い申文を見てみたい😊
気になりますね。参考にしてみたい。
除目の解説ありがとうございましたちょっと分からなかったのは、今回為時パパが国司になる前振りとして官位をあげてもらっていましたが、官位の上げ下げ?というのはやっぱり除目に合わせて行うものなんでしょうか?また、その場合はどのレベルでの会議で決めるものなんでしょうか?機会がありましたら解説をお願いいたします
除目の説明ありがとうございます。前は録画をすぐ消していましたがこのチャンネルを見てもう一度見て消すことにしました。楽しんでいます♪💕💕
面白かつたです、今日も。御二人の質問がいいですね。知らなかつた事、気づかなかった事、勉強になります。 18:29
為時パパへの従五位下叙任の遣いの台詞で『藤原朝臣為時を従五位下に叙す』と述べておられましたが、三位未満は諱の後ろに「朝臣」を付けて「藤原為時朝臣」と呼ぶのでは?時代によって違うんですかね。昔「太平記」で従四位下の日野俊基のことを「日野右少弁俊基朝臣」と呼んでいて、ん?朝臣は氏の後では?と思って調べたら、氏の直後に朝臣を付けるのは三位以上だった記憶が。
日野は氏なのでしょうか?日野は藤原氏では?
大河ドラマで除目と言われると「風と雲と虹と」の平将門を思い出す。何が何でも従五位の下が欲しくて、何年も京都で藤原家に仕えてて駄目だった。従兄弟の貞盛は開墾した農地を寄進しまくって悠々と従五位の下をゲット。将門は開墾で苦労してて「寄進なんか出来るかぁ!」。貞盛は「寄進ぐらいイイじゃん。管理はうちの家がやるんだし。」
この除目の解説を聞いてから「放たれた矢」の回を見たので為時が書いていたのが「申し文」だとすぐ分かりました。制度や手順などが良く分かって、きっと知らなかったらドラマの理解がまったく違っていたと思います。ありがとうございました。
枕草子の中に出て来る除目の大騒ぎのところがとても面白かったのを憶へています
国司の(かみ/すけ/じょう/さかん)=四等官がすべて「国司」である⇒『へ~そうなのかぁ~』と勉強になりました。国司と国守、混同していましたね😅申文を精査する作業も大変ですが、詮子さんが「この者を入れてあげといて!」の推薦枠もありますから、バランスを取るのにも神経を使いますね💦賄賂攻勢もあったんだろうか❓為時さんは、そちらも望み薄ですね・・・実入りの良い国の国守ほどハードルも高いのでしょうが、どこをターゲットにするか❓まさに受験の志望校選びのようですね😁あっ、賄賂するにも普段からの心掛け次第でしたねー😅いや、関係性の構築か・・・除目の結果を知らせる使者は、プロ野球のドラフト会議の結果を伝達する場面を思い出しました。為時さん、報われましたね🤗
我らが黒光る君、有難いです😂❤くーさんの「何で除目(じょもく)じゃないのぉ?」確かに‼️漢字も難しいです😅昔は授業に家庭科が有りました、今も有るのかな?
長野県富士見町の民族博物館に、宮崎駿氏が描いた平安時代の風景画があります(検索すると出てきます)どういう資料を見て描いたのかは分かりませんが、ほぼほぼ縄文弥生時代の竪穴式住居なのが衝撃でした。平安時代、都から離れた山村ではどういう暮らしだったのか想像もつきませんね。
地方だと甕棺墓が第一次大戦辺りでも有るんですよね😅竪穴式住居や埋葬の仕方が変わり始めたのは現代の人達が思うほど古い話ではないのは、やはり衝撃を受けます
日本史では遣唐使の廃止や摂関政治などの本流があり、付け足しで宗教や文化がありましたね…枕草子や源氏物語とか四等官や県召、司召も古文の授業で学びましたが、きりゅう先生のお話で補完しながら平安時代を楽しんでいます左大臣が上なのに左遷とは是如何に隋以前は右が上だったと古文の先生から教わりました
遣唐使停止、って当時教わってた先生がこだわってた😅昔はそうだったのかな?
除目詳しくありがとうございます😊ラットちゃん聞きたかった事を取り上げてくれてありがとう😆平安の時代から今と同じ様な政治の形があったのですねぇ…為時パパの伸びた鼻の下とポカンと開いた口“みにくいアヒルの子”の👨ガー助先生にタイムスリップしましたw
サムネの義懐&惟成懐かしい😌
関係ないのですが、この時代に、まひろが踏んだような画鋲?があったのでしょうか?あっても、女官達が手に入れる事の出来るようなものだったのでしょうか? それともわざわざ作らせた? 😂気になってしまって、遂にチャンネル登録してしまいました。いつも楽しく拝聴しております。アゲアゲテンションに思わず一緒に笑ってしまってます。ありがとうございます。
いつも子供と楽しく見ています。教えて欲しい事があります。吉田羊さん演じる藤原詮子さんと石野真子さん演じる藤原の(名前が読めません)方は二人とも旦那様が亡くなって尼さんの格好になっていた様ですが 頭巾を被っているのと、被っていないとは何か理由があるのでしょうか子供に聞かれても答える事が出来ませんでした。家族で『何でやろうね〜。なんか違いがあるんやろうかねー』と話していた時子供が『かしましの先生に聞こう』と言いまして、コメントしました。是非教えて欲しいです。宜しくお願いします。
きりゅう先生、きょうのお召し物も素敵❤ 地の色が深い赤でもいいかも。
きりゅうさんの真似をして録画で確認😽行成がもたらした情報の中で、酒乱の他に2つ3つ書いてあったようなんですが、良ければそれについても知りたいです。でも花山院のお忍びについては流石の行成も知らなかったみたいですね😉
まひろのところに、さわさんから文が届きましたが、当時、どうやって文を届けてたの?
なるほど!そうじよ ではなく 掃除(そうじ)ですものね
いつも面白くわかりやすいお話し、ありがとうございます。いつもドラマを見ながら思うのですが、陣の定って、どうしてあんな廊下みたいなところでやってるんでしょう。あれはドラマだけなのでしょうか。偉い人たちが集まる場所なのに、なんで半分外みたいな廊下でやってるのかな、といつも思って見ています。
実際に「陣座」という廊下みたいなところでやっていたんですw ただ、ドラマの建物全般に言えることですが、実際はもっと広かったハズです。
@@kashimashi_rekishi_ch 早速お返事下さりありがとうございます!実際も「廊下」みたいなところでやってたんですね〜(笑)勉強になりますっ!
お願いです、道長の兄で引きこもりだった方の事を今度教えて下さい🙏🏼
家も100年前くらいまでは田舎だと村のみんなで建てていたようです、私の祖父の家も村のみんなで建てたと聞きました、その村は今でも歩いていけるところにスーパーも無い超絶田舎です。
除目について良くわかりましたまひろと道長の関係がなければ為時は一生無職でいたかもしれないですね
こんにちわ!!除目の説明有難うございます!勉強になりました。
美術系の大学で糸を作るのから染色して布を織るの、土を捏ねて食器を作るの、木を切って彫って食器やら家具やら作るの迄はやったことあります。昔の農家さんの自給自足はこれを日常的にやってたのかと思うと立ちくらみしそう😅が、その他にも特に刃物は相当な専門技術がないとできませんね。鉱石の産地も限られるし、そこから鉄を作り出すのももののけ姫みたいにたくさんの労働力が必要だったわけで、江戸期なんかは各村に一軒や2軒の鍛冶屋さんがあったのも納得の専門性です。平安期はどんな刃物だったんでしょう?農作業は丈夫な木材が主流だと思いますが、刃先位は鉄を使ってたのかな?包丁も鉄?まだ石包丁とかだった?縫い物の針はまひろがシナシナのカブ菜と交換しようとして断られてましたね( ̄▽ ̄;)貨幣経済が安定するまで各種産業の発展は「待て❗(ᐡ ´ᐧ ﻌ ᐧ ᐡ)きゅーん」状態だったのかな?
平安時代の農具はすでに鉄製だったみたいですね💖
@@kashimashi_rekishi_ch鉄製農具の普及が、政治制度上では郡司階級の没落→徴税の滞り→律令制の崩壊へ、土地制度では開墾が活発化→寄進地型荘園の発達→イエの興り→分権化の促進→中世のはじまりと思ってます。摂関政治は古代と中世の端境期にさいたあだ花で、後の院政のお手本になったものと認識していますが、具体的なことは説明できないでいます😢摂関政治についての解説、追っての御沙汰を是非に❗
さわさん婿取り💑したんですね!寂しそうにしていたから,お婿さんができて良かったですね,現地の男性かなぁ😄
リクエストです!(●Д●)道長の日記?に何かしら書いてあったを倫子さまが興味深く覗き見していましたよね。あれ、何が書いてあったんでしょう。その点を解説してくだされば嬉しゅうございます
質問です。さわさんが九州に行って結婚。彼女は中級貴族ですが、どういった人と結婚したと思いますか?まさか農民ではないし、九州にも貴族が住んでいましたか?それとも父親と共に行った人々の一人が考えやすいですか?
さわさんのお父さんの下で働いている人か、土地の豪族、郡司あたりの可能性が高いと思います。
@@kashimashi_rekishi_ch ありがとうございます
除目の事が詳しく解りありがとうございます。私は勝手に「持目」かなとおもっていたのですが(何の根拠もありません)。確かに「ジョモク」と呼んでしまいそうですが、除は「掃除」では「ジ」と読みますからね。ジ読みもさもありなん、という感じでしょうか。ところで、道隆一家が中関白家と呼ばれる由縁は何でしょうか?他は東三条どのとか土御門どのとか呼ばれているので・・チョット疑問に思いまして。
今回為時パパが昇進したわけですけど、為時パパが道長の前でお礼言ったときに、悲田院の話しましたよね。なんであの時わざわざ?と思ったのですが、あれ娘を道長の妾にしたいと思ったのでは?パパはあれ?って表情して最後に拍子抜けした顔してましたが、行き遅れ気味の娘を何とかしたいと、政治音痴のパパにしては勇気を振り絞ったのではないでしょうか?
黒光る君、まひろちゃんのことはなくそっていったのは内緒ね…( ´艸`)
現代の日本人は皆平安貴族だったんですね!なんだか偉くなった気がして嬉しくなりましたが、平安貴族も朝廷会社の社畜と気付いてやっぱり現代社畜でいいやと思いました(笑)
今日は葵祭でした唐破風の牛車、このことかと親近感を持ちました花といえば桜、川といえば賀茂川、祭りといえば葵祭小学校の遠足で見に行きましたが(路面電車🚉があった頃)人だらけで何も見えず、暑くてしんどかっただけでした光る君への中でも、葵の祭をするのでしょうかその時は御解説よろしくお願いします
チャンネル登録数、11万人🎉
役所は春と秋に異動があり、その前には「異動希望調査」と言う名の申し文が…今も昔も変わりませんね。
「就任」のように「就」じゃなくて「徐」という言い方は他人を蹴落とすようであまり良い気にならないけど、四年と決まっているので交代すると言う事ですね今回ドラマの中でその単語がたくさん出てきましたが、引っかかるけどなんとなーくスルーして見ていました😅除目 覚えました😊ありがとうございます🙏
いつも楽しく拝見しています。このチャンネルを見ていて、小右記について興味が湧いてきました。現代語訳など、手軽に読める(聴ける)方法などありましたら教えて頂けませんか?CZcamsでも探してみたのですが、そこの主さんの話し方が私には合わなくて‥‥きりゅうさがに面白おかしく話してくれたら、ずっと聴いていられる自信あります 笑
頭が、禿げる位、摂政、関白は、大変だったんだなと、思いましたね、ほんまに笑笑、❤
きりゅうさん!きりゅうさん!きりゅうさんも「虎に翼」をご覧になってるとのことで質問です!わたしは第二話の「結婚した女性は準禁治産者」に衝撃を受けました!準禁治産者って、準禁治産者って!!!!!!平安の倫子さまは道長と財産は別、妻の物は妻のもの、と仰ったので感心したのですが、どーして、昭和に入ってそんな事になっちゃったんでしょうか?どこで扱いが変わったのでしょうか?いつかどこかで教えてくださるとありがたいです。
フフ、私はTシャツのデザインした時、物ができてからスペルが間違っていたことに気づいた、なんて事ありました。
うっかり・・でも、可愛いですね
小右記も国宝にして良いと思います.このよをば 我が世とぞおもふ 望月の 欠けたることも なしとおもへば 有名な道長の歌を後世に残してくれたのも小右記ですからね.
先日のドラマで久々のこまろ氏に会えて嬉しかったです。太ったデカ猫と化けていたけどピンクのお鼻が変わらずチャーミング。ところで、同じ回で公卿たちが談話している中しきりに背後でミンミンゼミが鳴いてるのがきになりました。以前旅行で京都方広寺を訪れた時植樹の中から聞こえたのはシャワシャワというクマゼミの声だったのですが・・・平安期はミンミンゼミも鳴いたのでしょうか?
今回のドラマの中では初めに清少納言が会いに来た時は春?次に除目で6月?中宮定子に会ったのが秋(紅葉)?そして従五位下に叙任したのは春(鶯)?正月に淡路の守に決まるのが正月ですよね。時間が経ったのは分かるけど正確な時間軸が分かりません。以前牛車の花飾りの話で季節を表していると仰っていましたが史実に合わせてその辺も教えてください。また女優さん達の衣装(十二単)の重ね色目についてもご存じなら教えて下さい。
コメントにありましたが、わたしもさわさんからのお手紙どう届けたの?住所あったのかな?飛脚?教えてください
散位、自宅待機と言われると、つらさが一際実感されてきますね……!
今の私たちの生活は、平安時代だったら貴族の生活なんだと改めて確認しました^^;自給自足、鉄腕DASHを思い出します(笑)
下男や下女が電化製品ですね😊
平安時代から公務員の勤務先希望は大変だったんだ!
宣考のウハウハ振りが更に思い浮かべるお話でした為時パパの束帯は宣孝の所へ誰が借りに行ったんでしょうね(ワクワク所で貴族達のお屋敷や衣類、調度品は誰が作っていたのでしょう?庶民と言われる方々・・では無い様な感じですが?ある程度の位階を持っていて更に技術のある人とか?あの様に素晴らしい技術は他に類を見ないですよね
大河ドラマの時代考証では、時々、「あれ?」と思うような事柄が見受けられます。藤原為時が従五位下に叙せられたとき、口頭で藤原朝臣為時と呼んでいたが位階が三位未満なので藤原為時朝臣と呼ぶべきでしょう。尤も、除目に基づいて書かれた辞令書である口宣案(くぜんあん)や宣旨で例えば、藤原為時朝臣と記すべきところを藤原朝臣為時と記されているものも多々伝わっている。ドラマでは正式な叙位の書類である位記は紹介されていないが、ここでは藤原為時朝臣と記載されていることでしょう。
貴族の中でも政治に疎くて、でも職人肌の人などは除目が拷問だったでしょうね。職業の自由が無い時代は大変ですね。
前にまひろが市場で野菜と針を交換しようとしていましたのである程度の商業はあったのかなと思います。
庶民に就職活動はないとのことですが、貴族の屋敷の使用人たちはどのようにして雇われたのでしょうか。上級貴族の側近や従者、家司などは、下級貴族だったり、光源氏の惟光のように乳兄弟だったりするのだろうと思いますが、邸の中でも下働きをする下人たちはほとんど身分がないですよね、きっと(おまるの中身を片づけたりする人たち)。疫病に感染した使用人は邸から追放されたとも聞くので、庶民だったのではないかと思うのですが。また、まひろのような中級~下級貴族になると、いとさんや乙丸はまだしも、暇を出されたモブ使用人は庶民ではないかと思います。単なるコネだったのでしょうか?
毎年、行われる春の叙勲、秋の叙勲は「除目」の名残なんですか???
平安時代の国の数を知りたいです。平安時代はどこの辺りまでが貴族がおさめる日本国とされていたのでしょう?国にも地元の貴族というのはいたのでしょうか?この場合はランクはどのくらいで、どういう出自の人が地方の国府で働けたのでしょうか?宗の国の通訳なども、京都の大学卒業の人なのでしょうか?地方にも学府はあったのでしょうか?豪族とは、後々武家になっていく人たちという認識であっていますか?
日本は、やっぱり縁故なのね〜
海外もそうですよ。人間のサガでしょう。
為時パパおめでとう!!最近の、為時パパといとさんのわちゃわちゃ会話が楽しくて〜なのですが、前々からいとさんのピンクの衣装が 目についてしまって、多分それなりのお年を召しておられるはずですが、あの時代は、アリなのかしら?まひろさんが、だんだん渋みを増してきただけになぜ??うりゅさん 雑談のついでに、ちらっと思うこと頂けますか?
貨幣経済は結局室町期位まで庶民までおりてこないよね。清盛の頭の中にはあったみたいだけど。
小右記の現代語訳読まないとw
今回の動画と内容がずれてしまいますが。花山天皇 一条天皇と 天皇の名前は どういった経緯 由来や誰が決めるのでしょうか?
除目を待つのに、どれ位かかるのですか?教えて下さい、笑笑ほんまに、
道長が本当に顔つきがイケメンになってきて、きゅんです🫰
ラットさん、除目リクエストありがとうございます😊 真面目な為時パパは、きっと根回しもせず苦節10年... キターーッ!て感じですが、ドラマでは喜ぶというより、ポカーンとした表情が印象的でした。しっかり者のまひろが娘で良かった😊
紫式部は、弟のぶのりの大ポカもフォローしていた様です。
もうすっかり「我らが…」が黒光る君の枕詞になってますね😁
「かしまし」を見ていると、大河がより一層楽しめます❤
以前、清少納言はクセ毛というのをここで聞いていたので、今回「定子」「清少納言」「まひろ」の後ろ姿が映ったとき、清少納言だけクセ毛だー!と一人で騒いでました
そうそう、ききょうだけ頬にかかる短い髪の先がシュッとカーブして、芸が細かいと感心してます❤
源俊賢を伊周の所に送ったり、斉信を慰めたり細やかな道長。黒く光る君も権中納言になり今後の活躍が楽しみ~☺️
本筋から外れますが、きりゅうさんがおっしゃった「普通の人達は皆自給自足」「人が作った物で生活していたのは当時は貴族だけ」というのがなんだかすごく心に響きました
知人が田舎の昔ながらの農家に住んでいるのですが、食べ物も飲み物も燃料もほんとに家の周辺でほぼ何でも揃うので、昔はこれが当たり前だったんだよなあと
そして戦前生まれの私の祖母の世代までは縫物ができないと結婚できませんでしたよ~
家族が着る物を用意するのは奥さんの務めでしたし、いざという時の収入源でしたね
都内の某女子高では平成の始め頃までらしいですが、毎朝運針の時間があったそうです
本題から逸れますが…旧制女学校の裁縫の教科書を見た事ありますが凄い高度、テーラードスーツや袴、ベビー服、下着、できないと卒業できません!以前の朝ドラ「まんぷく」で主人公(あ、道長君の奥様だわ笑)が誰かに「裁縫できるんですか?すご〜い!」って言って、違和感でした。出来たでしょう、女学校を優秀な成績で出てる設定なんだから笑、きっと脚本家が男性だから知らなかったんでしょうね。
朝ドラって、たまに??ですよね。大昔ですが、カーネーションの尾野真千子さん、返し縫いなしでミシンガンガンかけてたり、😅裁断してるのによそ見しておしゃべりしてたり、お太鼓締めたまま畳に肘枕で横になったり😅😅😅
除目。よくわかりました。ありがとうございます。平安時代の就職活動は、若い新人だけじゃなくて、立派なおじさんたちも、必死だったんだなぁ、、実は今とそんなに変わりは無いところが、妙に親近感でした!✨
漫画版の源氏物語「あさきゆめみし」の大ファンだったのですが、
上流の女は会ってみるとおや?というほど出来が悪かったり、中流の受領級の娘に良い子がいるとか男たちがささやいていたり、、
左大臣と天皇の孫の息子の夕霧を六位スタート、大学に入れて為時パパのケースにしたり、、
源氏物語の要所要所に(官職に10年も遠ざかっていた)為時娘の意地を織り交ぜていますね。。
ライター、デザイナーという、みなさんのプロならではの仕事の苦労が偲ばれました。
最後の自給自足の一般庶民の話、百姓ですね🎵百の仕事が出来る、出来ないと食べて いけない❗私のお祖母さんも四十年前くらいですが、まだ機織りしてました。
樵に炭焼き畑仕事、縄をなったり昔の人は何でも出来たのだなぁ😂
実はこの動画を見るまで、じもくがなぜ除目と書くかわからなかった。
疑問が溶けました。ありがとうございました。
申文にちゃんとルールがあるのがわかって良かったです。
それで、今回為時パパが淡路のかみってちゃんと書いてましたね。
為時パパは申文で淡路守を希望してましたね。いったん淡路守に任ぜられてから、越前守になるところもやるんでしょうね。為時パパの淡路守だやった〜→えっ越前守ですか!大国じゃないですか、アワアワの流れが楽しみです。
除目の解説ありがとうございました🙏❣️ 皆さん、春と秋にはドキドキだったんですね。それにしても、本当に実資、諸々の事を書き留めてくれてありがとう👏👏
ホントに毎回お話が面白くて、楽しみにしてます。こんなに真剣に大河ドラマを見たのもはじめてです!
昨日の放送を見てから、速くかしましさんの新作動画が見たくて見たくて衝動が抑えきれませんでした。なので今日は嬉しく、ついでに初コメントです。とにかく雑談話が速く聞きたいです。それから毎回おまけが楽しみです。あるとないのでは全然気分が違います。(だからといって毎回おまけがあるのはもはやおまけではないか?!)
今日も分かり易い解説ありがとうございます🤗除目は全部の申文を読んで吟味するだけで年に2度とは言え凄い労力がかかりそうな大仕事だったようですね😂
掃除のじ で除目と読めますよ🤗
Me, too.
👏わぁ、ほんとですね〜!
もうずいぶん昔ですが伯母が着物の仕立て直しなどしてました。あと義母が布団の打ち直し、味噌をつくり畑をして、服を作ったり何でもできる人でした。
アニメ赤毛のアンで、孤児院から来たばかりのアンが、近所のちいさな女の子から、何にもできないのね。って言われてましたよね。
ちゃんとした家の子は、お家で家事をしこまれてたんだなと思いました。
今日も詳しい解説、嬉しいです😊
かしましの動画で平安豆知識を学んでいるおかげで、正六位上から従五位下とか、国司も望めると言った為時パパのセリフもとても理解できました😊
ドラマの中で、学んだ知識を見つけるのも楽しいです❤
現代も就職活動大変ですけど、色んな選択肢があるっていうのはいいですよね。
人間関係嫌でも辞められないって聞くと、それで雅信パパは10円ハゲ作ってたかって納得です💡
😊本当に勉強になります。しかも、もちろん、わかりやすい説明。愉しい〜し、毎回、最高〜、今、今日、ゆつくり、拝見拝聴させて頂いております。愉しみでした。嬉しい嬉しいです😆
除目=官吏の任命式・・・程度にぼんやりと理解はしていましたが、申文なんていう自己推薦書を提出することなどは初耳で、いつもながら非常に勉強になりました。
今回の動画でも少し触れられていましたが、よろしければいつかの機会に、律令制における「四等官」についての解説もお願いできればと思います。
そっか、エントリーシートの起源は平安時代だったのかも、、
今週の回で斉信より俊賢の方が先に出世するのを観て、これきりゅうさんが言われてたやつだー!と嬉しくなりました。
ドラマには描かれない詳細をここで知れてとても楽しいです😊
為時が五位に昇進したのに、式に着ていく色の服が無いと大騒ぎしてました。五位は蘇芳色という濃い赤色、それより上は黒、それより下は深縹という濃い藍色ですね。どちらも地味な色なのに、なぜ五位だけそんなハデな色なのか不思議。
そういえば今回、倫子がこまろを追って道長の書付を見た時、ふーん・・・と言っていましたが、あれは何の文書で、何が書き加えられていたのでしょうか?きりゅうさん是非ご教示ください!
私も気になりました
何が書いてあって倫子は何を思ったのか?
きりゅうさんの解説を待ってます
【すざましきもの】の段、教科書か問題集に載ってて勉強したのを思い出しました。集まっていた人が1人減り2人減り…落選した議員の選挙事務所のようだなあって想像してましたー!
キャンプに使う鉄板を何度も油を塗って空焼きして、真っ黒のピカピカに仕上げ、「黒光る君」と呼んでいる…
除目の解説ありがとうございます😊
人事異動みたいなイメージだったのですが毎年が就活生の如く売り込み自己アピールが必要なのですね🤔そしてやっと日の目を見た
為時パパ本当に良かったです!😊
きりゅうさんて本当に博学ですね! 教授ですね! その情報量本当に感心します!段々こちらも賢くなってきました!ありがとう❤
道長と伊周の対立がさらに激化し、朝廷内でも発覚した。自ら好戦的に道長にくってかかる伊周が、長徳の変の前段として上手く描写されていた。
為時が突然従五位下になったのは道長の計らいであり、まひろは母に報告するように琵琶を弾いていた。為時の出世が叶い、越前守となって赴任する伏線だろう。
行成が公卿を密かに観察した人物メモをそのままの形で残さず、道長が覚え書きのように書き留めて欲しいと行成が言った。これが、”御堂関白記”執筆に繋がるわけで演出の上手さを感じた。最後の紀行で登場した道長の筆跡が、今までいろいろ聞いたことがあったが、本当にあまり上手でなく笑ってしまった!😅🤣
為時さんの漢詩が目に止まりでしたっけ?
今回の大河で貴族は全員お金持ちと思ってましたが色々でお勉強になります。
きりゅうさん最近、Xで終わってすぐつぶやいてくれなくて寂しいです。
為時パパが道長に昇格の御礼を伝えた最後、去る道長に対して、パパが「あれっ?行っちゃうの?」みたいな表情をしていたのが気になりました!今後の仕事のこと、あるいは娘のこと、、なにかここで返事がもらえるかなと、ちょっと期待してたのかな...まさか娘の言う通り越前守になるなんてドラマの為時は想像すらしてなさそうですが😂
「苦学の寒夜紅涙巾をうるおし除目の後朝蒼天眼にあり(冬の夜、つらい涙があふれ布をしぼるほどの苦学をしていますのに、意外な国司任命の発表を聞き、私の目には、青空もむなしく映るばかりです)」の手紙を女官に手渡し、「おお❗素晴らしい漢詩じゃ。」
「為時は、中々の学者です。淡路守では、もったいないと思いますが。」
「うむ…。宋人の接待には、もってこいじゃな。」
「はい。(よし、わたしの力で、為時を越前守にしよう。)」と、既に決定していた国守を別の国守に任命してとばしてしまった。上述は、学習まんが 少年少女 人物日本の歴史のセリフですが。
史上有名な、枕草子でいうところの、「すさまじきもの」。学者として賢いのだが、非常識な事をした例外。しっかりと、平安時代を扱った本で、紫式部の父親としてではなくて、一役人として度々、送り続け、やっと国主になれた貧乏貴族と、人事権を握っていた、一帝二后や一家三后で有名な道長の権力の絶大さを物語る逸話です。
あくまで、紫式部が主役なのでそちらよりに、なってますね。どちらにせよ、権力にものをいわせた太政官政治を推し進めた。この時点で、人事権を握っていることです。
清少納言から宋人が大勢押し寄せてると聞いて「それは大変ねぇ」ではなく「今こそ外国語が話せるパパの出番!」と閃く辺りが、現代なら株式投資にも活かせる才能だな〜と思いました😂
あがれば だお😅😢😢あ😢新しくさああAirTag^ - ああああ絵上アカは🖼️坂がかえなああた🎉和えた痾ぉえガラガラあがればさえはしさ😅さあ端さはあるなさあなあぉかなあ、さ 10:04 10:19 あがれば😂やあああははぃた❤いいいかさアがあ先だあ🎉あた
だ🎉ぉ明日だったらしいですかさにさハザアキアな中
かあしたないやあか
まひろが新楽府の書写をしている
↓
清少納言さんがまひろに会いに来る
↓
定子サロンに誘う
↓
枕草子の場面を見せる
↓
まひろが一条天皇に新楽府のことを語る
↓
一条天皇が道長にまひろのことを語る
↓
道長がまひろの父の申文を探す
↓
まひろの父が叙任⁉️される
まひろと清少納言と道長の連携プレーでドラマが展開されるのが、いとおかし♪です♪
ファンタジー(幻想、空想)で素敵です♪
古文の時間に「除目につかさえぬひとの家・・」という部分を覚えてます。
これって、ここ10年の為時家のような状態を表していたのですね。
除目知りませんでした‼️
四年任官で次に空きがあるところを調べてみなさん履歴書みたいな物を送って
書類審査とか 現代に例えるとわかりやすいです‼️
為時パパは大国の国司に選ばれて10年家族が耐えて良かったですね😃
今回も黒光る君の日記に色んなことが詳しく載っていたことに感謝ですね🤭
兼家パパが左大臣源雅信に送りつけた手紙 、摂政とだけ書いてあって、左大臣さまが怒ってたシーンがグッときました。摂政の地位が太政官を超越した瞬間ですよね!
現在就職の支援をしている身としては、申文を書くのに苦労していた当時の人たちの気持ちが痛い程よくわかります😂
当時の自己PRの上手い人の面白い申文を見てみたい😊
気になりますね。参考にしてみたい。
除目の解説ありがとうございました
ちょっと分からなかったのは、今回為時パパが国司になる前振りとして官位をあげてもらっていましたが、官位の上げ下げ?というのはやっぱり除目に合わせて行うものなんでしょうか?
また、その場合はどのレベルでの会議で決めるものなんでしょうか?
機会がありましたら解説をお願いいたします
除目の説明ありがとうございます。前は録画をすぐ消していましたがこのチャンネルを見てもう一度見て消すことにしました。楽しんでいます♪💕💕
面白かつたです、今日も。御二人の質問がいいですね。知らなかつた事、気づかなかった事、勉強になります。 18:29
為時パパへの従五位下叙任の遣いの台詞で『藤原朝臣為時を従五位下に叙す』と述べておられましたが、三位未満は諱の後ろに「朝臣」を付けて「藤原為時朝臣」と呼ぶのでは?
時代によって違うんですかね。
昔「太平記」で従四位下の日野俊基のことを「日野右
少弁俊基朝臣」と呼んでいて、ん?朝臣は氏の後では?と思って調べたら、氏の直後に朝臣を付けるのは三位以上だった記憶が。
日野は氏なのでしょうか?日野は藤原氏では?
大河ドラマで除目と言われると「風と雲と虹と」の平将門を思い出す。何が何でも従五位の下が欲しくて、何年も京都で藤原家に仕えてて駄目だった。従兄弟の貞盛は開墾した農地を寄進しまくって悠々と従五位の下をゲット。将門は開墾で苦労してて「寄進なんか出来るかぁ!」。貞盛は「寄進ぐらいイイじゃん。管理はうちの家がやるんだし。」
この除目の解説を聞いてから「放たれた矢」の回を見たので為時が書いていたのが「申し文」だとすぐ分かりました。制度や手順などが良く分かって、きっと知らなかったらドラマの理解がまったく違っていたと思います。ありがとうございました。
枕草子の中に出て来る除目の大騒ぎのところがとても面白かったのを憶へています
国司の(かみ/すけ/じょう/さかん)=四等官がすべて「国司」である⇒『へ~そうなのかぁ~』と勉強になりました。国司と国守、混同していましたね😅申文を精査する作業も大変ですが、詮子さんが「この者を入れてあげといて!」の推薦枠もありますから、バランスを取るのにも神経を使いますね💦賄賂攻勢もあったんだろうか❓為時さんは、そちらも望み薄ですね・・・実入りの良い国の国守ほどハードルも高いのでしょうが、どこをターゲットにするか❓まさに受験の志望校選びのようですね😁あっ、賄賂するにも普段からの心掛け次第でしたねー😅いや、関係性の構築か・・・
除目の結果を知らせる使者は、プロ野球のドラフト会議の結果を伝達する場面を思い出しました。為時さん、報われましたね🤗
我らが黒光る君、有難いです😂❤
くーさんの「何で除目(じょもく)じゃないのぉ?」確かに‼️
漢字も難しいです😅
昔は授業に家庭科が有りました、今も有るのかな?
長野県富士見町の民族博物館に、宮崎駿氏が描いた平安時代の風景画があります(検索すると出てきます)
どういう資料を見て描いたのかは分かりませんが、ほぼほぼ縄文弥生時代の竪穴式住居なのが衝撃でした。
平安時代、都から離れた山村ではどういう暮らしだったのか想像もつきませんね。
地方だと甕棺墓が第一次大戦辺りでも有るんですよね😅
竪穴式住居や埋葬の仕方が変わり始めたのは現代の人達が思うほど古い話ではないのは、やはり衝撃を受けます
日本史では遣唐使の廃止や摂関政治などの本流があり、付け足しで宗教や文化がありましたね…枕草子や源氏物語とか
四等官や県召、司召も古文の授業で学びましたが、きりゅう先生のお話で補完しながら平安時代を楽しんでいます
左大臣が上なのに左遷とは是如何に
隋以前は右が上だったと古文の先生から教わりました
遣唐使停止、って当時教わってた先生がこだわってた😅
昔はそうだったのかな?
除目詳しくありがとうございます😊
ラットちゃん聞きたかった事を取り上げてくれてありがとう😆
平安の時代から今と同じ様な政治の形があったのですねぇ…
為時パパの伸びた鼻の下とポカンと開いた口“みにくいアヒルの子”の👨ガー助先生にタイムスリップしましたw
サムネの義懐&惟成懐かしい😌
関係ないのですが、この時代に、まひろが踏んだような画鋲?があったのでしょうか?
あっても、女官達が手に入れる事の出来るようなものだったのでしょうか? それともわざわざ作らせた? 😂
気になってしまって、遂にチャンネル登録してしまいました。
いつも楽しく拝聴しております。アゲアゲテンションに思わず一緒に笑ってしまってます。ありがとうございます。
いつも子供と楽しく見ています。
教えて欲しい事があります。
吉田羊さん演じる藤原詮子さんと石野真子さん演じる藤原の(名前が読めません)方は二人とも旦那様が亡くなって尼さんの格好になっていた様ですが 頭巾を被っているのと、被っていないとは何か理由があるのでしょうか
子供に聞かれても答える事が出来ませんでした。
家族で『何でやろうね〜。なんか違いがあるんやろうかねー』と話していた時
子供が『かしましの先生に聞こう』と言いまして、コメントしました。
是非教えて欲しいです。
宜しくお願いします。
きりゅう先生、きょうのお召し物も素敵❤ 地の色が深い赤でもいいかも。
きりゅうさんの真似をして録画で確認😽
行成がもたらした情報の中で、酒乱の他に2つ3つ書いてあったようなんですが、良ければそれについても知りたいです。でも花山院のお忍びについては流石の行成も知らなかったみたいですね😉
まひろのところに、さわさんから文が届きましたが、
当時、どうやって文を届けてたの?
なるほど!
そうじよ ではなく
掃除(そうじ)ですものね
いつも面白くわかりやすいお話し、ありがとうございます。
いつもドラマを見ながら思うのですが、陣の定って、どうしてあんな廊下みたいなところでやってるんでしょう。あれはドラマだけなのでしょうか。偉い人たちが集まる場所なのに、なんで半分外みたいな廊下でやってるのかな、といつも思って見ています。
実際に「陣座」という廊下みたいなところでやっていたんですw ただ、ドラマの建物全般に言えることですが、実際はもっと広かったハズです。
@@kashimashi_rekishi_ch 早速お返事下さりありがとうございます!実際も「廊下」みたいなところでやってたんですね〜(笑)
勉強になりますっ!
お願いです、道長の兄で引きこもりだった方の事を今度教えて下さい🙏🏼
家も100年前くらいまでは田舎だと村のみんなで建てていたようです、私の祖父の家も村のみんなで建てたと聞きました、その村は今でも歩いていけるところにスーパーも無い超絶田舎です。
除目について良くわかりました
まひろと道長の関係がなければ
為時は一生無職でいたかもしれないですね
こんにちわ!!除目の説明有難うございます!勉強になりました。
美術系の大学で糸を作るのから染色して布を織るの、土を捏ねて食器を作るの、木を切って彫って食器やら家具やら作るの迄はやったことあります。昔の農家さんの自給自足はこれを日常的にやってたのかと思うと立ちくらみしそう😅
が、その他にも特に刃物は相当な専門技術がないとできませんね。鉱石の産地も限られるし、そこから鉄を作り出すのももののけ姫みたいにたくさんの労働力が必要だったわけで、江戸期なんかは各村に一軒や2軒の鍛冶屋さんがあったのも納得の専門性です。
平安期はどんな刃物だったんでしょう?農作業は丈夫な木材が主流だと思いますが、刃先位は鉄を使ってたのかな?
包丁も鉄?まだ石包丁とかだった?縫い物の針はまひろがシナシナのカブ菜と交換しようとして断られてましたね( ̄▽ ̄;)
貨幣経済が安定するまで各種産業の発展は「待て❗(ᐡ ´ᐧ ﻌ ᐧ ᐡ)きゅーん」状態だったのかな?
平安時代の農具はすでに鉄製だったみたいですね💖
@@kashimashi_rekishi_ch鉄製農具の普及が、政治制度上では郡司階級の没落→徴税の滞り→律令制の崩壊へ、
土地制度では
開墾が活発化→寄進地型荘園の発達→イエの興り→分権化の促進→中世のはじまり
と思ってます。
摂関政治は古代と中世の端境期にさいたあだ花で、後の院政のお手本になったものと認識していますが、具体的なことは説明できないでいます😢
摂関政治についての解説、追っての御沙汰を是非に❗
さわさん婿取り💑したんですね!寂しそうにしていたから,お婿さんができて良かったですね,現地の男性かなぁ😄
リクエストです!(●Д●)
道長の日記?に何かしら書いてあったを倫子さまが興味深く覗き見していましたよね。
あれ、何が書いてあったんでしょう。その点を解説してくだされば嬉しゅうございます
質問です。さわさんが九州に行って結婚。彼女は中級貴族ですが、どういった人と結婚したと思いますか?まさか農民ではないし、九州にも貴族が住んでいましたか?それとも父親と共に行った人々の一人が考えやすいですか?
さわさんのお父さんの下で働いている人か、土地の豪族、郡司あたりの可能性が高いと思います。
@@kashimashi_rekishi_ch ありがとうございます
除目の事が詳しく解りありがとうございます。私は勝手に「持目」かなとおもっていたのですが(何の根拠もありません)。確かに「ジョモク」と呼んでしまいそうですが、除は「掃除」では「ジ」と読みますからね。ジ読みもさもありなん、という感じでしょうか。
ところで、道隆一家が中関白家と呼ばれる由縁は何でしょうか?他は東三条どのとか土御門どのとか呼ばれているので・・チョット疑問に思いまして。
今回為時パパが昇進したわけですけど、為時パパが道長の前でお礼言ったときに、悲田院の話しましたよね。なんであの時わざわざ?と思ったのですが、あれ娘を道長の妾にしたいと思ったのでは?
パパはあれ?って表情して最後に拍子抜けした顔してましたが、行き遅れ気味の娘を何とかしたいと、政治音痴のパパにしては勇気を振り絞ったのではないでしょうか?
黒光る君、まひろちゃんのことはなくそっていったのは内緒ね…( ´艸`)
現代の日本人は皆平安貴族だったんですね!
なんだか偉くなった気がして嬉しくなりましたが、平安貴族も朝廷会社の社畜と気付いてやっぱり現代社畜でいいやと思いました(笑)
今日は葵祭でした
唐破風の牛車、このことかと親近感を持ちました
花といえば桜、川といえば賀茂川、祭りといえば葵祭
小学校の遠足で見に行きましたが(路面電車🚉があった頃)人だらけで何も見えず、暑くてしんどかっただけでした
光る君への中でも、葵の祭をするのでしょうか
その時は御解説よろしくお願いします
チャンネル登録数、11万人🎉
役所は春と秋に異動があり、その前には「異動希望調査」と言う名の申し文が…今も昔も変わりませんね。
「就任」のように「就」じゃなくて「徐」という言い方は他人を蹴落とすようであまり良い気にならないけど、四年と決まっているので交代すると言う事ですね
今回ドラマの中でその単語がたくさん出てきましたが、引っかかるけどなんとなーくスルーして見ていました😅
除目 覚えました😊ありがとうございます🙏
いつも楽しく拝見しています。
このチャンネルを見ていて、小右記について興味が湧いてきました。
現代語訳など、手軽に読める(聴ける)方法などありましたら教えて頂けませんか?CZcamsでも探してみたのですが、そこの主さんの話し方が私には合わなくて‥‥きりゅうさがに面白おかしく話してくれたら、ずっと聴いていられる自信あります 笑
頭が、禿げる位、摂政、関白は、大変だったんだなと、思いましたね、ほんまに笑笑、❤
きりゅうさん!きりゅうさん!きりゅうさんも「虎に翼」をご覧になってるとのことで質問です!わたしは第二話の「結婚した女性は準禁治産者」に衝撃を受けました!準禁治産者って、準禁治産者って!!!!!!
平安の倫子さまは道長と財産は別、妻の物は妻のもの、と仰ったので感心したのですが、どーして、昭和に入ってそんな事になっちゃったんでしょうか?どこで扱いが変わったのでしょうか?いつかどこかで教えてくださるとありがたいです。
フフ、私はTシャツのデザインした時、物ができてからスペルが間違っていたことに気づいた、なんて事ありました。
うっかり・・でも、可愛いですね
小右記も国宝にして良いと思います.
このよをば 我が世とぞおもふ 望月の 欠けたることも なしとおもへば
有名な道長の歌を後世に残してくれたのも小右記ですからね.
先日のドラマで久々のこまろ氏に会えて嬉しかったです。太ったデカ猫と化けていたけどピンクのお鼻が変わらずチャーミング。ところで、同じ回で公卿たちが談話している中しきりに背後でミンミンゼミが鳴いてるのがきになりました。以前旅行で京都方広寺を訪れた時植樹の中から聞こえたのはシャワシャワというクマゼミの声だったのですが・・・平安期はミンミンゼミも鳴いたのでしょうか?
今回のドラマの中では初めに清少納言が会いに来た時は春?次に除目で6月?中宮定子に会ったのが秋(紅葉)?そして従五位下に叙任したのは春(鶯)?正月に淡路の守に決まるのが正月ですよね。時間が経ったのは分かるけど正確な時間軸が分かりません。以前牛車の花飾りの話で季節を表していると仰っていましたが史実に合わせてその辺も教えてください。また女優さん達の衣装(十二単)の重ね色目についてもご存じなら教えて下さい。
コメントにありましたが、わたしもさわさんからのお手紙どう届けたの?住所あったのかな?飛脚?教えてください
散位、自宅待機と言われると、つらさが一際実感されてきますね……!
今の私たちの生活は、平安時代だったら貴族の生活なんだと改めて確認しました^^;自給自足、鉄腕DASHを思い出します(笑)
下男や下女が電化製品ですね😊
平安時代から公務員の勤務先希望は大変だったんだ!
宣考のウハウハ振りが更に思い浮かべるお話でした
為時パパの束帯は宣孝の所へ誰が借りに行ったんでしょうね(ワクワク
所で貴族達のお屋敷や衣類、調度品は誰が作っていたのでしょう?
庶民と言われる方々・・では無い様な感じですが?
ある程度の位階を持っていて更に技術のある人とか?
あの様に素晴らしい技術は他に類を見ないですよね
大河ドラマの時代考証では、時々、「あれ?」と思うような事柄が見受けられます。
藤原為時が従五位下に叙せられたとき、口頭で藤原朝臣為時と呼んでいたが
位階が三位未満なので藤原為時朝臣と呼ぶべきでしょう。
尤も、除目に基づいて書かれた辞令書である口宣案(くぜんあん)や宣旨で
例えば、藤原為時朝臣と記すべきところを藤原朝臣為時と記されているものも多々伝わっている。
ドラマでは正式な叙位の書類である位記は紹介されていないが、ここでは藤原為時朝臣と
記載されていることでしょう。
貴族の中でも政治に疎くて、でも職人肌の人などは除目が拷問だったでしょうね。職業の自由が無い時代は大変ですね。
前にまひろが市場で野菜と針を交換しようとしていましたのである程度の商業はあったのかなと思います。
庶民に就職活動はないとのことですが、貴族の屋敷の使用人たちはどのようにして雇われたのでしょうか。
上級貴族の側近や従者、家司などは、下級貴族だったり、光源氏の惟光のように乳兄弟だったりするのだろうと思いますが、邸の中でも下働きをする下人たちはほとんど身分がないですよね、きっと(おまるの中身を片づけたりする人たち)。
疫病に感染した使用人は邸から追放されたとも聞くので、庶民だったのではないかと思うのですが。
また、まひろのような中級~下級貴族になると、いとさんや乙丸はまだしも、暇を出されたモブ使用人は庶民ではないかと思います。
単なるコネだったのでしょうか?
毎年、行われる春の叙勲、秋の叙勲は「除目」の名残なんですか???
平安時代の国の数を知りたいです。平安時代はどこの辺りまでが貴族がおさめる日本国とされていたのでしょう?国にも地元の貴族というのはいたのでしょうか?この場合はランクはどのくらいで、どういう出自の人が地方の国府で働けたのでしょうか?宗の国の通訳なども、京都の大学卒業の人なのでしょうか?地方にも学府はあったのでしょうか?豪族とは、後々武家になっていく人たちという認識であっていますか?
日本は、やっぱり縁故なのね〜
海外もそうですよ。人間のサガでしょう。
為時パパおめでとう!!最近の、為時パパといとさんの
わちゃわちゃ会話が楽しくて〜なのですが、
前々から
いとさんのピンクの衣装が 目についてしまって、
多分それなりのお年を召しておられるはずですが、
あの時代は、アリなのかしら?
まひろさんが、だんだん渋みを増してきただけに
なぜ??うりゅさん 雑談のついでに、ちらっと思うこと頂けますか?
貨幣経済は結局室町期位まで庶民までおりてこないよね。
清盛の頭の中にはあったみたいだけど。
小右記の現代語訳読まないとw
今回の動画と内容がずれてしまいますが。花山天皇 一条天皇と 天皇の名前は どういった経緯 由来や誰が決めるのでしょうか?
除目を待つのに、どれ位かかるのですか?教えて下さい、笑笑ほんまに、