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2024年の今、思い返すと46年前にこんなにきれいなハ−モニ−と複雑なアレンジをした楽曲を創り出す彼等は凄いですね。歌詞を見ても、品性が感じられます。
「さよなら」は名曲ですが「やさしさにさようなら」の方が好きです
天才が最高の楽曲を提供しても、聴く側が追いつけない時代。
ハーモニーのオフコースは名曲ですね。最高ですね。懐かしいです。この頃曲が一番です。
このツアー、見に行きました。コンサートのオープニングだったと思います。暗いステージからジャズのアドリブが始まり、「やさしさにさようなら」のコーラスとともにステージが光で真っ白に変わって・・・。全身鳥肌が立ったのを忘れられません。まるで音と光のシャワーの様で感激しました。
中学2年の頃、何回も何回も聴いたせいで、今でもオフコースの曲は、メロディーが流れるだけで、歌詞が完全に出てきます。
高校一年生の秋、同じクラスの友人から、オフコース セレクションのカセットを借り、やさしさにさようならを聴いた瞬間に小田和正さんと、この歌の大ファンになりました。当時、恋愛には無縁の真面目な女子高生だった私でしたが、小田さんに恋をしてしまい、勉強の合間に毎晩繰り返し聴いていました。いつの日か、小田さんのような素敵な男性と、甘く切ない大人の恋愛をしてみたいと願っていました。思い出の歌です。
やはり昭和の歌はいい(≧∇≦)b心が和む、あ〜あ大好き、年齢がいけばいくほど、癒やしだなあ、今はとても生きづらい世の中に、なってしまったと思う今日この頃
『やさしさにさよなら』を聴いていたら涙が出てきました。
初期のころのオフコースの曲で、かなり印象に残る曲だと思います。小田さんの詩も慎ましく、心が洗われるような気持ちになります。よかったなあ、あの頃は。鈴木さんと小田さんのハーモニー、最高ですね。
高三の冬に2つ下の後輩の女の子と海辺を走る電車に乗ってデートしました。その時にウォークマンでこの曲を聴いた記憶があります。今の若い人にはウォークマンって何?って言われちゃいますね。笑
@@user-dk9pv6yo5j 一年前にお返事を下さったんですね。家のインターネットは全ての返信が載らなくて。スマートフォンで気がつきました。杉本奈緒子です。ウォ―クマン、懐かしいですね。今は耳せんみたいな小さいものを若い人は付けているようです。でも今の音楽で外でも聞きたい作品があるでしょうか?偏見で申し訳ないですが。やさしさにさようならは地味な印象ですけど味のあるいい歌ですね。
オフコースのコーラスはライブとは思えないほど美しい!
このレコードを発売されたとき買いました。そして今も持っています。B面はヤッさんの「通り過ぎた夜」
時は1985年、初めて買ったCD、SELECTION 1973-78の1曲目🎵レコードとは比べ物にならないスピードで回転するCDが何だか不思議だったなぁ~久しぶりに聴いたけど、この曲を聴くと幸せ絶頂だったあの頃に戻れます
オフコースが5人になる少し前くらいの、小田さんと鈴木さんの作風のバランスすごく良かったと思う。小田さんが王道のラブソングなら鈴木さんが少し上の年齢を対象にした大人のポップスというか。でもまだヒットは出なかったんだな。結局、さよならのヒットで、オフコースが売れたのはいいけど、グループ内のバランスは崩れて、鈴木さんの脱退につながってしまったんでしょう。
私も「さようなら」以前の曲が大好きでした!周りの方の要望で、売れる為にラブソングばかり作ってる気がして、窮屈そうでした。
名曲、この曲も転調のマジック、斬新だなー!
もう言葉はいらない、本当に最高
やっぱりヤスさんいてなんだよなぁ…泣けてくるなぁ…
大好きな曲です。もうライブでは聴けません。音源のアップありがとうございます!おふたりのコーラスもう一度聴きたいです!
毎日聴いてます。 懐かしくて 柔らかくて 知的な感じで 哀しくて
何度も聞いてもいい曲❗
小田和正は天才、鈴木康弘も天才、オフコースというのは2人の天才がせめぎあっているバンドであるということ。サポートしていた3人のメンバーはそれを分かっていた…
私はこの5名の時のオフコースが好きです♪
せつない曲ですね。泣けてきます。オフコースの曲を聴いて泣くことが多いです。
大好きな曲、出会えてよかった。素敵な画像もありがとうございます。
私も8月にライブ行きました。オフコース時代の歌が盛りだくさんで、胸が熱くなりました。娘は「何これ?」ばっかり言ってました。
40年前を思い出す。泣けてきた。
懐かしい!オフコースを聴き始めた頃の曲。とても新鮮に感じます!
最初に流れるローズとギターの会話が良いなあ。普通のライブでは聞けないもんね。
レコーディングの際に収録されてなかったサビのハモリのコーラスが大好きです🎵ヤスさんの声大好きです🎵
演奏、歌、めちゃくちゃうまいや。とても真似できない。
この音源のアンサンブルは神の領域。正しく過小評価の天才のグループに思います。
雨の日にこの曲を良く聴きました。
温かみのある音楽ですね♪素敵です。
素敵な曲
泣ける。
やっぱりやっさんがいたころのオフコースが最高でした。
仰る通りですね。鈴木さんと小田さんは、お互いにかけがえのない相手だったのだなと感じます。お二人のハーモニーは、何物にも代えられない素晴らしいものだとしみじみ思いました。
うんうん...
言葉とメロディ一つになって・・・最高の歌詞です。
羽山修一 私もその歌詞に衝撃をうけました。
@@tetubou 同じところで感動してくれる人がいることに幸せを感じますね。
たそがれは風を止めて千切れた雲はまた一つになるってのも大好きです。小田さんの歌詞に一々痺れてます。
あっ!…また 羽山さんみ〜つけた!(笑)
@@user-xd4vh3od4n 私も見つけた。今日はこういう気分です。😥
最高!
この曲は小学生の時に母親が持ってたCDの曲でこの曲から全てが始まりました。22歳になった今でも忘れらない名曲です。秋ゆく街でのファイナルの音源がここで聴けるなんて、幸せです。LP、CDにはなかったコーラスがあって新鮮です
荏原大輔 さん 秋行く街ライブは1974年〜1978年の間、約8回にわたり中野サンプラザで行われました。私はCDで「秋行く街で1」しか聞いていませんが、このCDを聞いただけでも、小田さんと鈴木さんの音楽性の高さを感じることができました。オフコースより前のフォーク世代は歌はさることながら、歌と歌に間のトークが上手くなければ客を引きつけるのは難しく、音楽性は高いが、トークが苦手なオフコースは時折観客の罵声を浴びることがあったそうです。秋行く街へライブではそうした苦手を改善するために映像を駆使したり、ライブの度に特別ゲストを呼んで、ゲストに語らせるなど、音楽性を重視しながらもそうした工夫を凝らしていたそうです。そうしたライブを繰り返したり、テレビやラジオでCMソングを作ることによって徐々にファン層が広がりました。ちなみに「やさしさにさようなら」の頃は、アルバム「JUNKTION」や「FAIRWAY」が成功して人気が上がり始めた時期でもありました。
yasshey 1971 コメントありがとうございます。実はまだ20代前半のペーペーのガキンチョで実際の時代背景を体験してなく、書籍などのデータをみたり、母親から話を聴いて、情報を得て聴いていました。当時のオフコースはちょうど、仁さん、ジローさん、松尾さんが入って2年くらい経ってて、正式になる前の時期ですよね?だけどここから、ヤスさんもエレキを中心に曲が増えていくって感じがありますもんね
せつないね昭和の匂いがして中学生の頃を思い出す
貴重な音源のUP、ありがとうございます!!
誰か他の人の為に生きるの 私は傷ついて息も出来ないほど 僕が作る別れの歌のように ワインと貴方 僕と迎える夜明け冬の寒さと安らぎの夜を分かち合う日々は過ぎて愛は消えた 貴方のいない部屋もどかしいほど限りない優しさにさようなら 僕も今日この部屋を出て行くこの歌が流れて何処かで聴けば 貴方には分かるだろう この切ない心が 貴方に言葉とメロディー一つになって 愛の歌を奏でるように戻って貴方の愛は全ての悲しみを乗り越えて柔らかく僕を包む還らぬ日々よ 悲しい歌よ 何処かで聞いてくれたら 言葉とメロディー一つになって 吉田拓郎さんラジオ番組で、当時は同棲が流行でフォークソングの一テーマだったと知りやっと納得。自由な空気が充満しているので妙に和むのだなと改めて感じました😌 2021.12.27❄️
2022.8.30 10:19 😳8か月あっという間。食生活激改善。甘味卒業。次の8か月後は?
ヤスさんがいるから小田さんの声も歌も音楽もより際立つ。そして小田さんがいるからヤスさんの歌も声も音楽も際立つ。その二人が離れたのが、、、、、残念です。
その通り!!
ヤスさんが離れオフコースではなくなった。『君住む街で』のライブを聴いたら悲しくなりました‼️
この曲でさらにファン拡大に貢献しました。私もそのひとりだったかも?当時の楽曲の歌詞は今でもスラスラ浮かびます💦何度聴いたかしれやしません😅帰らぬ日々よ!青春そのもの😸
久しぶりに聞きました
一度でいいので夢が叶うならば5人でのコンサートが見て見たいです!テレビでも良いです!
小田の今の音楽もいいとは思うけど 何か物足りないやはり、オフコ-スの曲がいいね
確かに、感動が無いから‼️
確かに無難な楽曲はたくさんあります、しかしあの頃の感動が無い。
今の小田は、かつての小田とは、もう似て非なる別物でしょ。
美しいコーラスが無いのが物足りない!
今の小田さんも、聞き応えのある曲はいくつもあると思います。オフコースでは聞けなかった感動する曲ばかりです♪
アップありがとうございます。先日小田さんのライブに行ってきましたが、オフコースの曲をたくさん演ってくれて・・・再結成、心から望んでます。無理かなぁ・・・。
小田さんは、「オフコースは学校だった。学校はやがて卒業するところです。」と言ってますね。僕は言いたいのです。「オフコースが学校だったら、どこの学校でも同窓会がありますよね。小田さんは同窓会に出られないのですか?」と。
そういえば聖光学院の学祭に小田さんが「ヤスも来いよ」と言って、肝心の小田さんがクリスマスの約束のリハで行けなかった・・・と落ちがありましたね^^;一度きりでも「オフコース再結成」となると莫大な人とお金が動きますよね、チケットは完全抽選になって・・・ネットダフ屋の温床になっちゃうかも><・・・でももう一度オフコースの生演奏が聴けたら、うーんもう思い残す事ないかもです^^;
オフコース再結成願います!小田、鈴木が居てこの世界が生まれたから。
「学校」という表現が商業主義に乗っていなかったということでしょうか。小田さんと鈴木さんは若い頃、あまりお金の事は考えておられなかったのかもしれませんね。純粋に音楽を極めていた。だから学校なのかも。
学園祭で、ダフ屋だなんて、悲しくなります。30年ほど前、ある大学で学生達が学園祭で、オフコースの「愛の中へ」を演奏していて、とても感動したことを覚えています。そもそも音楽とは、そんなにお金を追求するものなのでしょうか。
曲の入り方が凄く素敵です!貴重な音源ありがとうございます(^-^)/
F 55 素敵な曲ですよ
小田和正さんも西暦2017年9月で70歳!ジ・オフコースとしてデビューした当時、小田さんご自身も、まさか70歳を越えても精力的に音楽製作、活動をこなし、ライブツアーのチケットも即完売、プラチナチケットで入手困難、美しく高い声も若い頃から比較しても寸分の衰えも見せず、トップアーティストの一員として年齢、世代を超越し絶大な人気を誇り、音楽界の最前線で大活躍し続けているとはデビューした頃には小田さん御自身も予想だにしなかったでしょうね。飽くまで私の推測、想像に過ぎず、小田さんに対しては本当に失礼極まりないコメントで有ることは百も承知の上の感想なんですが。先日、TBSのクリスマスの約束を観て、小田さんの年齢から見たら、お孫さんに当たる様なアーティストと見事な共演をされておられる姿を拝見するにつけ、小田さんって本当に類い稀なる才能を持った偉大な方であることを再認識させられました。此れからも私達に素晴らしい音楽、作品を贈り届けて頂きたいですね。
tdamgrmj ofztvnagjd い
私達ベイビーブームの世代が残した才児です。勿論、ファンも多いはずです。
複雑なおもいがありのいろいろありの。。音楽はたくさんの事を教えてくれますね。ひとつが大切です
声が若いですね!小田和正。手拍子が良いですね♪
杉本さん、私は「愛の唄」が入門です🎶 ご存知かと思いますが…ソニーのウォークマンは良かったですね🙆
画像だけ見てたら「眠れぬ夜」ですな。
ヤスさんが居ないオフコースなんて…やっぱり…です。
ハモるとすごいきれいで....👌
その昔、コーヒーのコマーシャルで聞いたフレーズを思い出しました。
やっぱり小田さんの横に鈴木康博さんが、いた方が、いいかな?と思うし叶わないでしょうね2人別の道に行きましたからね。寂しく感じます。
この曲から僕のオフコース人生が始まった
荏原大輔 ラジオ全盛時代に、AMでもガンガンコマーシャルしてましたよね。78年4月の春の日です。ちょうど、テレビ界ではキャンディーズ解散コンサートの頃ですね。
私は1971年生まれです。オフコースのコンサートを聞いてファンになった世代の方たちからは約10年くらい離れているので、直接に聞いたわけではなく、10代末ごろに地元で再放送されていた「金八先生」で番組の最中に流れた「さよなら」を聞いて感動してから、オフコースの曲が好きになり、はまるようになりました。ちなみに「やさしさにさようなら」は「さよなら」の次に好きな曲です。現在の自分の職場では、オフコースの話題のおかげで、自分と同じくらいか若干年齢の高い女性の職員との会話が成立します。それだけ、40代後半〜50代の女性のファンが多いのかなあと思います。
オフコース、5人で見たいね!スリーアンドトゥーでね!
もう5人の再結成は厳しいかな。小田さん以外の劣化が・・・
サポートしていたメンバーは心配していた。2人の決裂を…
歌が始まるのは約1分後。
歌詞だけは例によって小田和正らしい無意味無内容な抽象的世界になっていて、個人的には嫌いなんだけど、それ以外の部分は素晴らしいの一語に尽きるな。この頃のオフコースは当初のアコースティックサウンドからロックサウンドへの転換期なので、悪く言えば中途半端な音作りをしていたんだけど、そのどっち付かずな点が逆に良い味を出している。それもこれも彼等の才能と、納得のゆくサウンドが出来るまでは決して諦めないというプロ意識の成せる業である。
す
p
下手そう、
お前の演奏より遥かにマシw
2024年の今、思い返すと46年前にこんなにきれいなハ−モニ−と複雑なアレンジをした楽曲を創り出す彼等は凄いですね。歌詞を見ても、品性が感じられます。
「さよなら」は名曲ですが
「やさしさにさようなら」の方が好きです
天才が最高の楽曲を提供しても、聴く側が追いつけない時代。
ハーモニーのオフコースは名曲ですね。最高ですね。懐かしいです。この頃曲が一番です。
このツアー、見に行きました。コンサートのオープニングだったと思います。暗いステージからジャズのアドリブが始まり、「やさしさにさようなら」のコーラスとともにステージが光で真っ白に変わって・・・。全身鳥肌が立ったのを忘れられません。まるで音と光のシャワーの様で感激しました。
中学2年の頃、何回も何回も聴いたせいで、今でもオフコースの曲は、メロディーが流れるだけで、歌詞が完全に出てきます。
高校一年生の秋、同じクラスの友人から、オフコース セレクションのカセットを借り、やさしさにさようならを聴いた瞬間に小田和正さんと、この歌の大ファンになりました。
当時、恋愛には無縁の真面目な女子高生だった私でしたが、小田さんに恋をしてしまい、勉強の合間に毎晩繰り返し聴いていました。
いつの日か、小田さんのような素敵な男性と、甘く切ない大人の恋愛をしてみたいと願っていました。
思い出の歌です。
やはり昭和の歌はいい(≧∇≦)b心が和む、あ〜あ大好き、年齢がいけばいくほど、癒やしだなあ、今はとても生きづらい世の中に、なってしまったと思う今日この頃
『やさしさにさよなら』を聴いていたら涙が出てきました。
初期のころのオフコースの曲で、かなり印象に残る曲だと思います。小田さんの詩も慎ましく、心が洗われるような気持ちになります。よかったなあ、あの頃は。鈴木さんと小田さんのハーモニー、最高ですね。
高三の冬に2つ下の後輩の女の子と海辺を走る電車に乗ってデートしました。その時にウォークマンでこの曲を聴いた記憶があります。今の若い人にはウォークマンって何?って言われちゃいますね。笑
@@user-dk9pv6yo5j 一年前にお返事を下さったんですね。家のインターネットは全ての返信が載らなくて。スマートフォンで気がつきました。杉本奈緒子です。ウォ―クマン、懐かしいですね。今は耳せんみたいな小さいものを若い人は付けているようです。でも今の音楽で外でも聞きたい作品があるでしょうか?偏見で申し訳ないですが。やさしさにさようならは地味な印象ですけど味のあるいい歌ですね。
オフコースのコーラスはライブとは思えないほど美しい!
このレコードを発売されたとき買いました。そして今も持っています。B面はヤッさんの「通り過ぎた夜」
時は1985年、初めて買ったCD、SELECTION 1973-78の1曲目🎵
レコードとは比べ物にならないスピードで回転するCDが何だか不思議だったなぁ~
久しぶりに聴いたけど、この曲を聴くと幸せ絶頂だったあの頃に戻れます
オフコースが5人になる少し前くらいの、小田さんと鈴木さんの作風のバランスすごく良かったと思う。小田さんが王道のラブソングなら鈴木さんが少し上の年齢を対象にした大人のポップスというか。でもまだヒットは出なかったんだな。結局、さよならのヒットで、オフコースが売れたのはいいけど、グループ内のバランスは崩れて、鈴木さんの脱退につながってしまったんでしょう。
私も「さようなら」以前の曲が大好きでした!
周りの方の要望で、売れる為にラブソングばかり作ってる気がして、窮屈そうでした。
名曲、この曲も転調のマジック、斬新だなー!
もう言葉はいらない、本当に最高
やっぱりヤスさんいてなんだよなぁ…泣けてくるなぁ…
大好きな曲です。もうライブでは聴けません。音源のアップありがとうございます!おふたりのコーラスもう一度聴きたいです!
毎日聴いてます。 懐かしくて 柔らかくて 知的な感じで 哀しくて
何度も聞いてもいい曲❗
小田和正は天才、鈴木康弘も天才、オフコースというのは2人の天才がせめぎあっているバンドであるということ。サポートしていた3人のメンバーはそれを分かっていた…
私はこの5名の時のオフコースが好きです♪
せつない曲ですね。泣けてきます。オフコースの曲を聴いて泣くことが多いです。
大好きな曲、出会えてよかった。素敵な画像もありがとうございます。
私も8月にライブ行きました。オフコース時代の歌が盛りだくさんで、胸が熱くなりました。娘は「何これ?」ばっかり言ってました。
40年前を思い出す。泣けてきた。
懐かしい!オフコースを聴き始めた頃の曲。とても新鮮に感じます!
最初に流れるローズとギターの会話が良いなあ。普通のライブでは聞けないもんね。
レコーディングの際に収録されてなかったサビのハモリのコーラスが大好きです🎵ヤスさんの声大好きです🎵
演奏、歌、めちゃくちゃうまいや。とても真似できない。
この音源のアンサンブルは神の領域。正しく過小評価の天才のグループに思います。
雨の日にこの曲を良く聴きました。
温かみのある音楽ですね♪
素敵です。
素敵な曲
泣ける。
やっぱりやっさんがいたころのオフコースが最高でした。
仰る通りですね。鈴木さんと小田さんは、お互いにかけがえのない相手だったのだなと感じます。お二人のハーモニーは、何物にも代えられない素晴らしいものだとしみじみ思いました。
うんうん...
言葉とメロディ一つになって・・・最高の歌詞です。
羽山修一
私もその歌詞に衝撃をうけました。
@@tetubou 同じところで感動してくれる人がいることに幸せを感じますね。
たそがれは風を止めて
千切れた雲はまた一つになる
ってのも大好きです。小田さんの歌詞に一々痺れてます。
あっ!…また 羽山さんみ〜つけた!(笑)
@@user-xd4vh3od4n 私も見つけた。今日はこういう気分です。😥
最高!
この曲は小学生の時に母親が持ってたCDの曲でこの曲から全てが始まりました。22歳になった今でも忘れらない名曲です。秋ゆく街でのファイナルの音源がここで聴けるなんて、幸せです。
LP、CDにはなかったコーラスがあって新鮮です
荏原大輔 さん 秋行く街ライブは1974年〜1978年の間、約8回にわたり中野サンプラザで行われました。私はCDで「秋行く街で1」しか聞いていませんが、このCDを聞いただけでも、小田さんと鈴木さんの音楽性の高さを感じることができました。オフコースより前のフォーク世代は歌はさることながら、歌と歌に間のトークが上手くなければ客を引きつけるのは難しく、音楽性は高いが、トークが苦手なオフコースは時折観客の罵声を浴びることがあったそうです。秋行く街へライブではそうした苦手を改善するために映像を駆使したり、ライブの度に特別ゲストを呼んで、ゲストに語らせるなど、音楽性を重視しながらもそうした工夫を凝らしていたそうです。そうしたライブを繰り返したり、テレビやラジオでCMソングを作ることによって徐々にファン層が広がりました。ちなみに「やさしさにさようなら」の頃は、アルバム「JUNKTION」や「FAIRWAY」が成功して人気が上がり始めた時期でもありました。
yasshey 1971 コメントありがとうございます。実はまだ20代前半のペーペーのガキンチョで実際の時代背景を体験してなく、書籍などのデータをみたり、母親から話を聴いて、情報を得て聴いていました。当時のオフコースはちょうど、仁さん、ジローさん、松尾さんが入って2年くらい経ってて、正式になる前の時期ですよね?だけどここから、ヤスさんもエレキを中心に曲が増えていくって感じがありますもんね
せつないね
昭和の匂いがして
中学生の頃を思い出す
貴重な音源のUP、ありがとうございます!!
誰か他の人の為に生きるの 私は傷ついて息も出来ないほど
僕が作る別れの歌のように ワインと貴方 僕と迎える夜明け
冬の寒さと安らぎの夜を分かち合う日々は過ぎて愛は消えた 貴方のいない部屋もどかしいほど
限りない優しさにさようなら 僕も今日この部屋を出て行く
この歌が流れて何処かで聴けば 貴方には分かるだろう この切ない心が 貴方に
言葉とメロディー一つになって 愛の歌を奏でるように戻って
貴方の愛は全ての悲しみを乗り越えて柔らかく僕を包む
還らぬ日々よ 悲しい歌よ 何処かで聞いてくれたら 言葉とメロディー一つになって
吉田拓郎さんラジオ番組で、当時は同棲が流行でフォークソングの一テーマだったと知りやっと納得。自由な空気が充満しているので妙に和むのだなと改めて感じました😌 2021.12.27❄️
2022.8.30 10:19 😳
8か月あっという間。
食生活激改善。甘味卒業。次の8か月後は?
ヤスさんがいるから小田さんの声も歌も音楽もより際立つ。そして小田さんがいるからヤスさんの歌も声も音楽も際立つ。その二人が離れたのが、、、、、残念です。
その通り!!
ヤスさんが離れオフコースではなくなった。『君住む街で』のライブを聴いたら悲しくなりました‼️
この曲でさらにファン拡大に貢献しました。私もそのひとりだったかも?当時の楽曲の歌詞は今でもスラスラ浮かびます💦何度聴いたかしれやしません😅帰らぬ日々よ!青春そのもの😸
久しぶりに聞きました
一度でいいので夢が叶うならば5人でのコンサートが見て見たいです!テレビでも良いです!
小田の今の音楽もいいとは思うけど
何か物足りない
やはり、オフコ-スの曲がいいね
確かに、感動が無いから‼️
確かに無難な楽曲はたくさんあります、しかしあの頃の感動が無い。
今の小田は、かつての小田とは、もう似て非なる別物でしょ。
美しいコーラスが無いのが物足りない!
今の小田さんも、聞き応えのある曲はいくつもあると思います。オフコースでは聞けなかった感動する曲ばかりです♪
アップありがとうございます。先日小田さんのライブに行ってきましたが、オフコースの曲をたくさん演ってくれて・・・再結成、心から望んでます。無理かなぁ・・・。
小田さんは、「オフコースは学校だった。学校はやがて卒業するところです。」と言ってますね。
僕は言いたいのです。「オフコースが学校だったら、どこの学校でも同窓会がありますよね。
小田さんは同窓会に出られないのですか?」と。
そういえば聖光学院の学祭に小田さんが「ヤスも来いよ」と言って、肝心の小田さんがクリスマスの約束のリハで行けなかった・・・と落ちがありましたね^^;一度きりでも「オフコース再結成」となると莫大な人とお金が動きますよね、チケットは完全抽選になって・・・ネットダフ屋の温床になっちゃうかも><・・・でももう一度オフコースの生演奏が聴けたら、うーんもう思い残す事ないかもです^^;
オフコース再結成願います!
小田、鈴木が居てこの世界が生まれたから。
「学校」という表現が商業主義に乗っていなかったということでしょうか。小田さんと鈴木さんは若い頃、あまりお金の事は考えておられなかったのかもしれませんね。純粋に音楽を極めていた。だから学校なのかも。
学園祭で、ダフ屋だなんて、悲しくなります。30年ほど前、ある大学で学生達が学園祭で、オフコースの「愛の中へ」を演奏していて、とても感動したことを覚えています。そもそも音楽とは、そんなにお金を追求するものなのでしょうか。
曲の入り方が凄く素敵です!貴重な音源ありがとうございます(^-^)/
F 55 素敵な曲ですよ
小田和正さんも西暦2017年9月で70歳!ジ・オフコースとしてデビューした当時、小田さんご自身も、まさか70歳を越えても精力的に音楽製作、活動をこなし、ライブツアーのチケットも即完売、プラチナチケットで入手困難、美しく高い声も若い頃から比較しても寸分の衰えも見せず、トップアーティストの一員として年齢、世代を超越し絶大な人気を誇り、音楽界の最前線で大活躍し続けているとはデビューした頃には小田さん御自身も予想だにしなかったでしょうね。飽くまで私の推測、想像に過ぎず、小田さんに対しては本当に失礼極まりないコメントで有ることは百も承知の上の感想なんですが。先日、TBSのクリスマスの約束を観て、小田さんの年齢から見たら、お孫さんに当たる様なアーティストと見事な共演をされておられる姿を拝見するにつけ、小田さんって本当に類い稀なる才能を持った偉大な方であることを再認識させられました。此れからも私達に素晴らしい音楽、作品を贈り届けて頂きたいですね。
tdamgrmj ofztvnagjd い
私達ベイビーブームの世代が残した才児です。勿論、ファンも多いはずです。
複雑なおもいがありのいろいろありの。。音楽はたくさんの事を教えてくれますね。ひとつが大切です
声が若いですね!小田和正。手拍子が良いですね♪
杉本さん、私は「愛の唄」が入門です🎶 ご存知かと思いますが…
ソニーのウォークマンは良かったですね🙆
画像だけ見てたら「眠れぬ夜」ですな。
ヤスさんが居ないオフコースなんて…やっぱり…です。
ハモるとすごいきれいで....👌
その昔、コーヒーのコマーシャルで聞いたフレーズを思い出しました。
やっぱり小田さんの横に鈴木康博さんが、いた方が、いいかな?と思うし叶わないでしょうね2人別の道に行きましたからね。寂しく感じます。
この曲から僕のオフコース人生が始まった
荏原大輔 ラジオ全盛時代に、AMでもガンガンコマーシャルしてましたよね。78年4月の春の日です。ちょうど、テレビ界ではキャンディーズ解散コンサートの頃ですね。
私は1971年生まれです。オフコースのコンサートを聞いてファンになった世代の方たちからは約10年くらい離れているので、直接に聞いたわけではなく、10代末ごろに地元で再放送されていた「金八先生」で番組の最中に流れた「さよなら」を聞いて感動してから、オフコースの曲が好きになり、はまるようになりました。ちなみに「やさしさにさようなら」は「さよなら」の次に好きな曲です。現在の自分の職場では、オフコースの話題のおかげで、自分と同じくらいか若干年齢の高い女性の職員との会話が成立します。それだけ、40代後半〜50代の女性のファンが多いのかなあと思います。
オフコース、5人で見たいね!スリーアンドトゥーでね!
もう5人の再結成は厳しいかな。
小田さん以外の劣化が・・・
サポートしていたメンバーは心配していた。2人の決裂を…
歌が始まるのは約1分後。
歌詞だけは例によって小田和正らしい無意味無内容な抽象的世界になっていて、個人的には嫌いなんだけど、それ以外の部分は素晴らしいの一語に尽きるな。
この頃のオフコースは当初のアコースティックサウンドからロックサウンドへの転換期なので、悪く言えば中途半端な音作りをしていたんだけど、そのどっち付かずな点が逆に良い味を出している。
それもこれも彼等の才能と、納得のゆくサウンドが出来るまでは決して諦めないというプロ意識の成せる業である。
す
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下手そう、
お前の演奏より遥かにマシw