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- čas přidán 4. 10. 2021
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※諸説ある中のいくつかを採用して物語にしています。ひとつの説として楽しんでいただけると嬉しいです。
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#連載終了漫画家 #徳永サトシ #漫画 #歴史漫画 #日本史 #マンガ #漫画動画 #教育 - Zábava
動画では真っ赤な服を着けていますが、実際には虎柄やヒョウ柄などもっと派手な服を着ていたと話があります😃
着物の左右で色や模様が違うモノを着たり、とてもお洒落なセンスを持っていたそうです😃🤔
後年、お茶の【お椀】に対する美意識とかを理解して
『名物狩り』
をしたり……現代人ではかなわないセンスを有り余るほど持っていたようですね🤔🤔🤔😏
平手の爺は、信長がうつけ時代の小さな織田家しか知らないで切腹したから、後世に自分の名前がこんなに語られるとは、夢にも思わなかったでしょうね。
織姫さまは虐待を愛しているのしょうね
歴史の武将のなかで織田信長様が一番好き☺️
動画投稿ありがとうございます!織田信長は本当に頭が良すぎてたのでは?と思うぐらい魅力的な武将ですよね!今年放送した桶狭間を見た時に無茶苦茶かっこよくて信長の凄さを改めて実感しました!次回も楽しみです!
未だに桶狭間の戦いでどうして勝てたか分からないの面白いですね。
いくら戦国時代だからって信長ほど波乱万丈の一生送る人はそう居ないでしょう。
「事実は小説より奇なり」は信長のためにあるような言葉だと思います。
昔、信長の野望やった時に尾張から始めたらどうしても桶狭間で勝てなくて諦めたのはいい思い出です。
動画制作お疲れ様です!
次回の動画も楽しみです!
漫画待ってましたー!!😊
ありがとうございました♪
平手政秀の話しは哀しい話しですが、私は凄い好きな話しです!その他の話しも徳永さんの漫画で見る事が出来て嬉しかったです!!
次回も楽しみにしています!!♪😊
このチャンネルほんと好きw
待ってました‼️
信長の人生のすべて知るには「信長の忍び」がおすすめ
あれ、本能寺まで連載するのかね?
お待ちしてました。
凄く楽しみにしてました。
この前のものとまた違うあ面白さがあっていいです!
あと北条氏やってほしいです!
位牌にそーい!の
突然のうすたノリに吹き出してしまった
動画ありがとうございます。
おそらく父親の言動とかをきちんと理解していたというのもあるかもしれませんね。
信長の本当の凄さはその侵攻速度と
何よりも何回負けても再び立ち上がって最後は必ず勝つ事と言う気がします。
本能寺は無理でしたが。
負けた時も退却は大変巧みで、戦国時代お馴染みの【裏崩れ】が記録上、一度たりともないのです🤔
そしてここ一番では、必ず一気決戦に出て、相手(織田信勝、朝倉義景、武田勝頼など)はその一撃で致命的な打撃を受けています😃🤔
負けてもすぐ立ち直れるのは父親譲りかも。信秀も、三河と美濃の両面作戦を続けてたり、大敗してもすぐまた攻めたり、公家を招いて蹴鞠したり、朝廷に献金したりとスーパータフネス武将でした。(≧∇≦)b
桶狭間で、どうして勝てたか良く分からない……ときちんと話すところはとても好感が持てました🤗😏
楽しみなチャンネルが増えた事をとても嬉しく思っています😃
頑張って下さいね🤔応援しています😃🤔🤔😏
徳永サトシさんの歴史漫画めっちゃ好きです!
待ってました!織田信長!
リニューアルお疲れ様です
尾張統一も本家や他の分家との争いでなかなかエグかったんだよねぇ…
確か、位牌にお香を投げたのは、生き返れって意味だったらしい
信長はかつて、暴君っぽい要素が多い人物として捉えられた。今は広い視野の優秀な人物として更に評価されてる。
海外の評価はネトフリ見る限り、日本のかつての評価の段階なんよね笑
なんか文化の伝播速度表してて面白いなと思った
やってればいいのですが黒田長政の生涯もやって欲しいです
丹羽長秀についての動画を頼みます!!
あえて眉無しキャラにした事で、信長の凶暴性がより表現されてるな…
次回、木戸孝允(桂小五郎)やってほしいです。
これからも頑張ってください
次信行の解説してほしい
2:27 この抹香投げつけより銀魂の葬式の話の方が死者を冒涜しているし、坊さんが散々な目に遭って最後は局部をもぎ取られた。
9:00 そもそも今川義元は上洛を目指していない。
今川としては今川仮名目録とかからわかるように独立独歩を目指してたぽいしな
動画も面白いですが…かたい柿を食べたくなりましたw
信長って超真面目なんだけど能ある鷹は爪を隠すじゃないけどおおうつけの振りしてたんじゃ?
そうですよ、今川義元さんがスパイを放ってたから、信長さんはワタクシ莫迦なんですよを演じて時間稼ぎをしながら、私兵を育て上げた
信長さんのウツケぶりというのは……小説やドラマでは【映える】ので定番で、私も面白いと思って支持しているトコがありますが……
太田牛一の信長公記のあの有名な描写がかかれた【首巻】は一番最後に出版されました…… 🤔
つまり、実際の少年青年期の信長を知っている人が全て亡くなるのを待ってから出版されたのです😃
当時の手法として、ある事をより生き生きと読者にイメージさせるためにあえてフィクションを混ぜる……という事が行われる事がありました😃(時代が違うけど特に効果的なのは平家物語です😃)
この【首巻】の信長さんは……戦国時代末期から江戸時代初期まで世間で大手をふっていた『歌舞伎者』の影響があるといわれています😃🤔
信長さんのやんちゃぶりをただありのまま文章にしても当時(江戸時代)の人々にイメージが上手く伝わらない……と思ったかもしれない太田牛一が敢えて入れたエピソードではないか?
という説があります😃🤔🤔
というのも、信長さんには秀孝という弟がいましたが……この人、一人で馬に乗って外出中に他人に誤って弓で射られてしまい、死んでしまうのですが……信長さんはこれをきいて
『ひとかどの身分を持つ者が供を連れずに一人で出歩いて難に遭うのは呆れた所業であり、今後とも許すことはできぬ』
と大変不機嫌になった……🤔とあって、これは天文24年(1555年)6月26日の事で……だったら信長さん、アンタはどうなのさ?( -_・)?
となりませんか?🤣🤣🤣🤣🤣
@@matukawatositane さん
問題の描写は首巻の第7段ですが、16才~18才の頃として書かれています😃
確か信長さんは1533年産まれでしたっけ?確かめないで書き込みしてるので間違いは許して欲しいのですけど、秀孝さんの事件は1555年の事🤔(首巻第18段)
22才なら落ち着いているかとおもえば、さにあらず🤣ウツケ様の真っ最中なんですよね~~🤔
人物が噛み合っていません😃🤔😒
ちなみに斎藤道三との有名な会見は天文22年(1553年)で二十歳ですから………やはりウツケ様の最中です🤔😒☹️(首巻第13段)
うつけも本当で才能も本物のADHDノッブだったらこれはこれでロマンあるかも
個人的には若い頃の奇行は本当に自分についてこれる家臣を見極めていたのでは?と思ってる。
なんかサムネがリズム天国の結果のハイレベルともう一回って言う絵に似てるw
眉毛無しノッブのキャラデザが好き。
たしか道三と信長の出会いは
美濃に向かってる信長を道三たちが隠れてみててその時はいつもの服装だったから、面会時に無礼なやつだとお説教してやろうと構えてたら信長が正装でやってきて礼儀も100点だったからやられた、と思ったっていう話もありますね
斎藤道三というひとは 、見てくれの格好だけで参るようなヤワなタマではありません😃🤔😒☹️
信長の率いた供が道三を驚かせました🤔🤔
三間柄(三間半とも)といわれた異様に長い槍隊です🤔長い槍は道三も考案して揃えていましたが、それより長かったといわれています😃
そして対面した時は服装よりその態度に驚き、もう自分の息子どもはコイツの家来になるしかない……それが悔しい……と言わせました😃🤔
三間半の長槍と鉄砲の量、華美な兵装に整然とした行軍。美濃兵の古びた格好と比較して、さすがのマムシもショックだったでしょう。(≧∇≦)b
今度、福島正則お願いします
本庄繁長やってほしいなー
上杉謙信に謀反して復活、秀吉に追放されて復活、最上軍に大勝、伊達政宗に大勝、関ヶ原の戦いの戦後処理で敗軍の上杉家の存続を認めさせたスーパー武将ですな。(≧∇≦)b
時代の先を行き過ぎた感じの人物ですね
桶狭間の戦い、実は信長の同盟国が普通に援軍くれてて、今川方と同じくらいの兵数だった説あるんだよね。
桶狭間ではしっかりと情報を掴んでたからですよ
逐一今川の動きを把握してたからです
信長はこの時「情報こそが最も役に立つ」と分かっていた
だから桶狭間での一番手柄は服部小平太と毛利新助ではなく
今川の情報をもたらした簗田政綱に与えたし
梁田政綱のもたらした義元の本陣位置と食事時刻の情報は、信長の出陣のタイミングを計る上で決定的な意味を持っていたので……手柄は彼が一番である事に異論を差し挟む余地はありません😃🤔🤔🤔
ところが……『それだけ』では合戦に勝てるとは限らない事が信長公記から見えてきます😃🤔😗
主従六騎だけで清洲城を飛び出した信長が熱田にたどり着いた段階で追い付いてきた兵士は雑兵200人だけでした😃😓
そこで信長は熱田から『上手の道』を飛ばして駆けとおして丹下の砦、そして佐久間信盛のいる善照寺に行き……兵力を結集させようとします🤔😏😗😤
この頃、今川勢は桶狭間山にいましたが……信長が善照寺に来た事を知った佐々政次&千秋季忠の二人が勢いに乗って手兵200を率いて桶狭間山を攻めてしまい、死者50人ほどを出して壊滅してしまいます😨😓
謎その1……今川本陣はこの段階で織田勢の接近を知ったはずでは?これでは奇襲は難しい🤔
戦力が集まる前にすでに戦端を開いてしまったと知った信長は戦況を確認、そして即座に【中島】という場所に移動を企てます🤔😤
このとき家来の一人が
「中島への道は両側が深田で道も細く、1騎ずつ縦隊でしか進めません!山の敵からまる見えで味方が寡兵だとわかってしまいます、もっての他です!」
と止めるのも聞かず、2000人に満たない兵力で一気に中島に押出します!
謎その2……凄い決断力ですが、ハッキリ言って今川方の勝機以外の何物でもないのですが、なぜ、ぼんやりしているのでしょうか?
ついに中島に入った信長はここで有名な檄をとばすのです🤔
そして山際まで接近します🤔
謎その3……山にいて何で気づかない?
そして激突!!!!!!!
ここで雹が混じった激しい雨となり、しかし、風向きの関係で織田勢の背中から叩きつけ、今川勢の顔に叩きつける雨だった……🤔😗😏
この乱戦の中で義元は首を取られてしまいます😨😓
太田牛一は
「たまたま雨が降ったので勝てた」
という解釈なのですが……
信長公記は信長の行動の経過は詳しいのですが、今川方の不思議な動きについてはほとんど記載がなく……義元は、先の小ぜりあいで織田方が壊滅したのを聞いて喜んで謡いを謡った……とあるだけなのです🤔🤔🤔🤔🤔
だから……何で勝てたのか?実は良く分からない戦いなのです🤔😗😔😒
信長にスマートフォン持たせたら、絶対やばいことになるだろな。
喧嘩可愛い
人物の掘り下げも面白いですね、しかし乾坤一擲の桶狭間の全貌も知りたいな。
「総括、桶狭間」てな具合の「武将たちの天王山」シリーズなんてのも面白いかも。
今川義元を討つ時は父上も味方した事でしょうね👍
今川義元やってほしい。
待っていました(*・∀・*)
くそー負けた~
10:16不思議と笑えた
うつけスタイルは当時の近未来の兵卒の装備だとか
信勝の謀反を密告したの林じゃなかったんかw勝家か、初めて知りました。
桶狭間の戦いは「義元が積極的に尾張を攻めた」のではなく、信長の攻勢により「尾張での権益を失いかけた義元が追い詰められて大軍を動員した」から起こった戦いでしょうね。この戦いが岩倉織田家を信長が降した翌年だという事実は、その何よりの証左です。今川義元にとっての最悪のシナリオは尾張をほぼ平定した信長が尾張の今川勢力を完全に駆逐したあと西三河の松平氏を引き込んで今川から離反させる事で、そうなれば今川は存続さえ危うくなります。(桶狭間の戦いの後、実際にそうなった)それが「少数の織田軍が大軍の今川を破った」と劇的に描かれるのは、その後の信長が、日本史にあまりにも大きな影響を与えたからでしょうね。
尾張を統一した信長ですが、尾張の今川勢力を駆逐するだけでは松平を抱き込むことが出来ません😓😨
肝心の松平元信(徳川家康)が駿府におり、三河には今川の代官が入りこんでいる有様です🤔
つまり、この段階では
【戦国大名としての松平家】
というのは滅亡した状態で……復活するのは今川義元の死がないと、無理があります🤔🤔🤔
面白い考察ではありますが、織田と今川は父信秀の代から争っていて、三河の支配に一区切りついた義元が、吉良家を降し……いよいよ尾張に手を出してきた……とオーソドックスに考えたほうが自然かと思います🤔🤔🤔
ちょっと違いますね。織田信秀は一時三河半分を間接的に支配しました。当主の松平広忠を追放させ自分の親戚の松平分家に家督を継がせたのです。広忠は逃げ回ったあげくに今川家を頼りました。ちなみに松平当主が織田を攻めようとして2代続けて変死してます。今川に頼る時に人質に差し出したのが、これまた幼い徳川家康でした。広忠は当主に戻してくれた今川家の走狗となって三河から織田勢力を追放します。また信秀死後の混乱で織田方だった武将が今川に寝返り前線基地を手に入れてました。それを抑える為に信長が築いたのが桶狭間の戦いで今川軍が攻めた2つの砦です。つまり当時追い詰めていたのは今川方です。また、織田信秀が立てた松平分家は他の松平一族の支持を得られず、今川軍が攻めて来たらすぐ広忠に降伏してます。それほど松平一族は憎い織田よりは今川を選ぶので、そう簡単には手は組めないと愚考します。(≧∇≦)b
8:15 あれ⁉ 毛利新介と服部小平太は?
一回謀反起こしても許す信長の肝っ玉がでかいのか懐がでかいのか…
信長かぁ…大河ドラマ、竹中直人主演[秀吉]で織田信長を故、渡哲也氏が演じていたが、桶狭間の頃の信長が、余りに老け過ぎていて噴飯ものだったなぁ~ww♪
井伊直政も!
最近オダはオダでも小田氏治が一番好きになったばかりなんですが、
やっぱこっちの織田も凄いd(^_^o)
て言うか、動画内では信長が義元を討ち取ったことになってるが、憶測がすごかったからなのかー
のぶーw(⌒▽⌒)
信秀の葬儀のエピソードは有名ですね。
高校の頃に朝鮮学校向かうついでに豊明市の桶狭間古戦みてきました。
6:41 尾張の石高は50万石だから石高の差はあまり無かった。本当に兵力差があったのかな?
統一したばかり……というのがネックです🤔もっと正確にいうと守護の斯波家を追放したあと、上洛して足利義輝に拝謁して事情を説明してようやく正式に尾張の主になったものの
『あんなウツケにアタマなんか下げられるか!』
という空気が強すぎて50万石あっても従う武士は多くなかったというのが実態でした😃
支配する土地が大きくなるとすぐに兵力が増すわけではなかったのです🤔
他の大名も同じ事情で……武田信玄は信濃侵攻の最中は、領地が増えるわりには思うように兵力を増強出来ておらず……北信濃の村上義清に野戦で叩かれてしまいました😓
新参と呼ばれる人や、被占領地の人は……すぐには信用ならず、動員は難しかったようです😃🤔
@あぱらちあ義男 さん
確かに常識的な警備の兵力は置いていたでしょうね😃🤔
それは間違いありません😃🤔
ただ、信長は非常に幸運でした😏
斎藤義龍は道三を滅ぼしたばかりで……内乱だったので領内の兵力を少なくとも2000人以上失っており、自分が攻められたら反撃はできても他領に攻め込む余裕がありませんでした😏😗😔
伊勢の北畠家はどちらかというと守護大名的な色合いが強く……幕府の中でも朝廷から
【権中納言】
を贈られていて(アノ、水戸黄門様と同じ)中央に比較的従順だったのもあって積極的に尾張侵攻は考えなかったようです😃
(尾張は斯波家の土地という概念が残ってた?)
尾張も駿河、遠江、三河も古来上国とされていますが、駿遠参の3国と尾張1国の農業生産力はほぼ互角です。尾張をほぼ統一した信長、遠江は征服したばかりで三河はまだ半分程度しか支配出来ていない今川。この当時の今川家の内情は大河ドラマで描かれた通りの不穏分子を抱える危ういものでした。更に保守的な農業国の今川に対して、商業や水運の発達した商業国の織田家は信秀の代から朝廷への寄付金の多さで有名でした。近年では大した兵力差はなかったという説が有力ですな。(≧∇≦)b
このバカな格好してる癖に超天才とか厨二展開すぎる笑
曹操とどっちが強いのだろう?
どちらも超世の傑ですよね☺️😃
ただ、曹操は漢中を劉備に取られています😃
信長は播磨を支配しかけたのを毛利に凋略されてひっくり返されていますが……合戦の敗北とは違い、後で取り返していますから信長の方が上手な気がします😃
曹操という人はとても魅力的ですが、自分の能力が高いゆえに部下を信用しきれない人でした😃
だから古来、中国では
『多能は君主の器にあらず』
といわれてしまうのです😃
(徒然草にも出てきます)
@@user-qx7og5sz2i 面白かったです あざす
三国志などは流れ者があっという間に一軍の将や王になるけど、日本では無理。日本では一所懸命と言われるように、土地との結び付きが強いので、軍の構成からなにから違うので、異種格闘技戦みたいなもの。現実の歴史では朝鮮半島で日本軍が一応勝ってますな。(≧∇≦)b
黒田長政して欲しい‼️
今川軍は戦意喪失とありますが、猛将岡部元信は撤退しながら城を落とし、今川義元の首を取り返すまで籠城して抵抗しました。織田信長は呆れたのか、義元の首を清めて返しました。めでたし、めでたし。ヽ(=´▽`=)ノ
信長さ~、本能寺の変後の重臣、家臣達(前田、秀吉以外)、子供、孫は本当に可哀想な最後だよ。
日頃の行いは気を付けないとさー。最後の命綱の高野山に入れてもらえなかったし。
足利将軍が大名に殺されたのは前代未聞ではないですよ。第六代将軍・足利義教が赤松満祐に殺されてます。
しかも赤松は無事に領地まで帰還しているし、幕府は中々討伐軍を派遣しなかった。
六代義教に対しては
『ウチの庭に住んでるカルガモに雛が孵ったのでとってもかわいいから是非、見にいらっしゃい!』
と誘き寄せて……純粋な暗殺でしたが、13代義輝に対しては寺院参拝にかこつけて強引に京都に軍勢を入れて……御所を直接襲うという←これが前代未聞とされました😓😔
義満には暗殺の噂が…(ノД`)シクシク
江の大河ドラマの時は信長が魅力的だった一方で、パワハラに苦しむ光秀が可哀想でならなかった。光秀は天下も欲しかったのかも知れませんが、信長の虐待とも言えるひどい扱いに我慢できなくなって反逆したと感じました。
こんばんは、伊藤です。地震あったとニュースで見ましたが大丈夫ですか
ご心配ありがとうございます。こちらは大丈夫です!
チビのぶ「のぶ~」
文字をブレさせるのは、読みにくいので、演出的には逆効果だと思います。
東條英機か松岡洋右お願いします🤲
そう考えるとはたから見た信長て凄い人に見えたんだな(゜Д゜)
でも、だまし討ちもしてるし、あまり褒められた物では無い
いや傾奇者、今でいうツッパリ、ヤンキーかパーリーピーポー。ヽ(=´▽`=)ノ
三橋、伊東みたいなもんだな。
あ
うぇーいwww
秀吉親友である前田利家を配下にするとか最低やな
織田信長って第六天魔王って呼ばれてたらしいねw
呼ばせた の方が正しいよ(自称)
ちな厨二的な意味はない模様
自分で名乗ってました。
中二病か〜い!ヽ(=´▽`=)ノ