藤原氏の最後の他氏排斥 安和の変
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- čas přidán 31. 03. 2024
- #大河ドラマ #平安時代 #解説
※概要
兼家パパを呪い殺すほどに憎んでいた明子さん。彼女が、これほどまでに藤原氏を憎むことになった原因である、安和の変の解説動画です。明子さんについては次回の動画で解説しますね!
2024年、NHK大河ドラマ「光る君へ」解説動画です。
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兼家パッパの扇子貰ったらめっちゃ笑顔になったの怖かった😅
年の差のある一条天皇と親しくなるための定子の接し方が、巧みであった。子供時代から一緒に育てば、大いに彼女の影響を受け、彼女と近しい関係になるので、将来溺愛されるのも尤もだ。夫婦というより年上の姉のような遊び相手として、互いに仲睦まじい様子に、詮子も水を開けられたように見えた。息子にベッタリの詮子には、少々ショックであったようだ。
段田さん演じる兼家の、今までと正反対のボケた様子、もう長くは政に携われないことを悟った無念さ、悔しさを表現する表情のアップが、共に素晴らしかった。
でも帝の好きなものに母上があったからw
定子は虫しか難色示してないからあきこさん定子を受け入れてあげて😅
まあ定子の父で自分の兄である道隆とも確執あるから無理なのかな?
年の差と言っても実際は一条帝11歳、定子15歳ですからねぇ・・。まだ子供同士ですよ。普通に遊び盛りなのでは。
源明子役の瀧内久美さん!大奥の阿部正弘役と打って変わった演技、魅力的ですね☝🏼🥰
きりゅうさん のいつも後ろに綺麗なお花が飾られいますね🎉
季節のお花をさりげなく見せているのが ステキです
きりゅうさんのお話は本当に毎回、勉強になります。
そしてそのことを踏まえて大河を観ると、より面白いです。
大河の時、私の横で藤原なんとかばかりで分からん❓と曰うている旦那さんが鬱陶しいです
。
あんたもしっかり勉強せい‼️と言いたいです。
下の名前も似てるから余計分からなくなる。
歳月が流れ、道長が倫子や娘と穏やかに暮らしている様子を見て、まひろとのロマンスは休戦と思いきやの怒涛の急展開に、またもや心が掻き乱されています。最終場面で画面下に「つづき」の文字の衝撃。そこで終わるんかいっって叫びたくなりました。来週まで悶々としちゃう。
今回も解説ありがとうございます。
大宰府送り、流刑のイメージだったので太宰権帥という職が有ったのも、形式としては要職だったのも驚きました。もっとも、どんな要職だろうと左大臣から転落して京を離れる屈辱の前には何の慰めにもならないのかも知れませんが。
笑わない明子が兼家を前にして初めて笑ったのは滅茶苦茶怖かったです。明子の解説も楽しみにしてます。
藤原氏に狙われたらおしまいって感じです。怖すぎです。😢
いつも「おまけ」のトークが、とてもとても楽しみです♪
❤わかりやすくて良かったー。ますます盛り上がる。😊
分かりやすかったです。
明子の恨みも納得。そりゃ呪いますね😅
明子女王がドラマで兼家憎し〜〜って言ってるときに、兼家のせいだったっけ?と疑問だったのですが、藤原氏を代表して兼家憎むべし、ってことなんですね。果たして明子女王の呪いで兼家パパが死に至るのか…ドキドキです。
リニア工事を止めて日本中から顰蹙を買っている県知事のいる県の住人です。あの県知事さんは地元民ではなく、京都出身の方です。以前から、「平安時代に京から東国にやって来て地元民を見下し威張り散らす受領とか、落ちぶれ貴族の現代版みたいな人だなあ」と思っていました。
今昔物語や説話に、田舎で威張り散らかした都人がひどい目にあうお話などあったら、教えてください。今受領知事さんは「口は災いの元」で辞任することになったようです。京都にお帰りになるのでしょうか?(軽井沢にご自宅をお持ちのようですが・・・どこでそんな財を築かれたのかしらん)
藤原氏だけが外戚を狙っていた訳じゃないだろうし、有力な貴族は他にもいたんでしょうね。
それとも特別、権力欲旺盛な一族だった⁉️
今は太宰府も良い場所だと思うけど、当時は京以外は人が住む場所じゃなかったのかな⁉️
重要は場所なのに島流しのポジション扱いなのは、国家運営としてはとても問題がありますね。
解説ありがとうございます‼️
ドラマでは、まひろ姫が自宅の庭で大根や蕪を栽培している様子がありました。食糧の生産かと思っていたら、乙彦に持たせて市場で針と交換していました。以前から代書屋のバイトをしたり、生活力があるという描写がされていたので、父親が失業中で収入がない中でも最低生活は保持していたのでしょうか。夢物語の作者の現実的な一面が垣間見え、新たな発見となりました。諸説ある中で紫式部と鰯に関わるエピソードもあり、生身の人間としては興味があります。
安和の変のご解説ありがとうございます。それにおまけのコーナーもいつも面白い。怖くてふるえて聞いておりましたが、いつの時代も人間が一番恐ろしいですね。
道長が明子女王を妻に迎えたのって、多少の後ろめたさがあって庇護するためでは?っなーんて思ってたけど、、、
どうやら、息の根まではとめずに置いて、利用できる限りは利用し尽くす、、、って事だったんでしょうね。
怖いよぉ😱
明子さんが少しでも平安な時間を過ごせていたらいいのですが。次回の明子女王のお話しも怖いかな😅
明子さんの恨みはわかりますが、憎き兼家の息子の妻になって復讐しようするとは、
本当に怖い人ですね😱
本当にきりゅうさんの考察は面白いです。 想像力が爆裂しているので楽しくてたまりません。ビニール袋ガサガサ 納得
直秀なぁ。てっきり源高明の一族の一人で最初道長を憎むもやがて道長を「いい奴」認定して和解、そのうち道長をかばって死ぬ、くらいのことをするかと思っていたけどそんな裏の素性もなくあんなに雑魚キャラにあっさり殺されるとは思いませんでした。
直秀が高明の一族に一票。大宰府で、高明が父、身分は低いが裕福な母から生まれ、貴族的な立ち振舞いは身につけた。やがて結婚し子も生まれたが、貴族憎しの気持ちが押さえられず都に出た。
そしてこの直秀の子が、毎熊さんの二役で登場し、刀伊の入寇のとき藤原隆家とからむの。
直秀が貴族を憎む背景が気になっちゃって。直秀2世に登場してもらい、解説してほしい。
一方で、この直秀2世は女の子ってのもありかも。
源氏物語の始めの頃に早々に亡くなった夕顔の子玉かづらが、中盤になって出てくるように。
明子女王の事 興味シンシンです〜
安和の変の解説、ありがとうございました🙏❣️ 明子女王が憎しみいっぱいの顔をしている事情がよくわかりました😢 次回は、その明子女王の解説ですか‥凄く楽しみです😊
直秀、もう懐かしくてでもまだロスもあり、と思ってたらおまけ話がちょっと怖くて、感情が追いつきません。今日も動画、分かりやすくてありがとうございます。
お兄ちゃんの俊賢さん、大好きなんで、いつかよろしくお願いします。
藤原氏の最後の他氏排斥事変…明子さんが幸せに暮らせたとは到底思えない感じです😢
岡野玲子さんの陰陽師の手のひらのシーンはこわかったです…きりゅうさんの語りでまた怖くなってしまった😅明子さんの動画も待ち遠しいです😊
NHKEテレで大人の人形劇として1993年に放送された「平家物語」を再放送してます。
崇徳上皇が不機嫌な顔してるとこから物語は始まりました。
この当時は、院政と言って後の保元・平治の乱に繋がった、という事から始まりました。
こちらも解説していただくと大変助かるのですが、よろしくお願いします。…m(_ _)m
応天の門という漫画が好きなので、
今回の大河では平安時代の貴族が映像化されて
二重に嬉しい限りです☺️
今回の大河より時代が遡ってしまいますが、
藤原氏の他氏排斥の政変繋がりで、
菅原道真の解説をリクエストしたいです!
(私も岡野玲子さんの陰陽師大好きで、
小学生の頃から愛読書です)
今日も勉強になるお話をありがとうございます😊
藤原氏恐いぞーと言うのを「応天の門」(灰原薬)さんの漫画で楽しめます😅
(美しい物しか興味が無い、源融が好き❤)
わたしも「応天の門」を読んでいて、源融さま推しです❤
いいキャラしてますよね
安和の変含め、藤原一族の家への執着にドン引きです😅 今回の放送でも、耄碌した兼家パパが、道長から真の政とは?の問いかけだけには、シャッキリと発言😮 明子の回ほか、14話の雑談も楽しみです!
「家に執着する」兼家パパはゴッドファーザーな気持ちなんだろうな。
身内はもちろん、家人や下男下女の生活がかかってるんだもの。
下々からみると、兼家パパのような裕福な貴族が増えるのは、就職口が増えるって意味もあったのでは?
源氏物語の惟光の安泰ぶりをみるにつけ、大貴族の庇護に入るのは、昭和でいうと大企業に就職したのと同じだったんだろうな、と思います。
明子役の瀧内公美さんと、道長役の柄本佑さんは、「火口のふたり」(白石一文原作)で恋人役になっていますね。お二人の演技は、このときと打って変わっていて、「2人ともうまいな」と思って見ていました。
黒木華みたいな奥さんを貰ったら 毎日家にすぐかえって愛してしまうだろうね
史実で考えると…。
当時の上級貴族が自分の子どもたちとして欲しかったのは女の子。
その女の子を4人も生む(ついでに跡取りたる息子も2人生む)、後見になる父親は左大臣、血統は帝の血を引く貴種。
末っ子は40代での高齢出産だけど母子ともに無事(つか、倫子さん長生き)。
これ以上ないくらいのスーパー姫君ですよね。
それにしても、皇太后はなぜ明子さんを迎えたのか、そして道長と結ばせたのか、わからなくなってしまいました🙄
「安和の変の散楽が遠い大昔のことのようで~」⇒ク~さんの仰る通りですね😢直秀が懐かしいです・・・
源高明が光源氏のモデルの基礎の基礎という感じですね❗源雅信さんも倫子さんを入内させることにもしも成功していたら、「藤原氏」に目を付けられて~逆に危なかったかもしれません😅倫子さんの運命も変わっていた❓倫子さんは史実通りに道長の嫡妻が一番幸せでしたでしょう😃
天皇家の相続は古代の大王の時代は、大王の子息の兄弟間で順に継承していき、一回りしたら次の世代に渡していたようですね。しかしそれは、必ずある大王が「我が子に継がせたい!」願望が出てくるので、継承争いが起きがちなので~長子から長子へ(不具合があれば次子もありでしょうが)が基本と変化していったようですね・・・まぁいずれにせよ、いかにスムーズに天皇位を次代に継承し、伝えていくかが当時の政治の最優先課題であると思えます。でもって、どうしても其処に権力闘争が生じますね💦💦
きりゅうさんに質問です。
とりべので泥んこになった2人、この時代洗濯って誰がやっていたんだろう⁉️とふと疑問に思いました。
道長はなんとなく専門の人が居たのかなと想像するんですが、まひろちゃんみたいに下級貴族は自分でしたんでしょうか?その辺の事情がお分かりでしたら解説して下さい。
また以前この時代の会話は今と全く違うと言っていましたが、どんなだったか聞いてみたいので宜しかったらちょっとした会話のデモをしてくれたら嬉しいです。
どうか宜しくお願い致します。
直秀を嵯峨源氏(なかでも光源氏のモデルの一人とされる源融)の末裔だと(勝手に)思っていた自分としては、嵯峨源氏もともに失脚した安和の変に、直秀が強い思い入れがあって散楽に仕立てたのかなとか思ってみてました。
ネコ飼ってる倫子さまが女三の宮なら、もう一人の妻ってことで、明子さまは葵の上かな?
葵の上+六条御息所かな?(予想)
明子女王、パパの扇を手に入れて笑ってましたねっ🤣でもパパは主犯格では無かったような?
道長との結婚は罪滅ぼし???しっかり恨まれているけれど…
明子さんの実父、源高明が亡くなった後に高明の弟(明子の叔父)である盛明親王の養女になったから。
詮子さんの庇護を受けるのは、盛明親王の没後。
何時も楽しく拝見してます。
個人的にお願いなのですが、藤原さんばかりで関係が解りにくいので、画面の半分を常時系図を出しっぱなしにしていただけないでしょうか?
関係が何時も誰だっけと話についていけなくなります。😂
薬子の変のとき薬子さんが死んでたので、安和の変の時はアンナさんが死んでる(違う) 歴史が分かってる人としては良いのですが、作品冒頭の散楽シーンだけで安和の変を回収するのは、ドラマ的にはあまり親切な造りではなかったかなーとは思ってます。俊賢・明子兄妹の情念のほどをより分かりやすく示すため、冒頭で宝治合戦を描いた『北条時宗』みたいにダイレクトに安和の変を描いても良かった気もしてます(……けどそれだと、主人公ふたりの初恋模様が希薄になってしまいそうでもあり)
安和の変は直秀がらみのお話再登場の伏線であってほしい。
詮子さんが、明子さんを庇護したり道長クンに娶せたのは、言葉どうりで良いのかなぁ。悪い事をしてなくてもどんどん消される社会こそ妖怪の棲家みたいなもののように思えました。明石家さんまさんが言ってました「子供にはなんも残さへん」で、子供らが普通に生きていける社会が、良い世のように思いました
史実は別として(史実では、詮子さんが明子との結婚を勧めたという記録はない…と思う)、ドラマの詮子さんが明子との結婚を勧めたいのは、怖~い理由があったかも(あくまでも想像です)。
明子を庇護しているうちに、明子がただならぬ恨みを抱いていることに詮子は気づいていたかも。
その恨みは嫌いな父親にや兄たちに向けさせよう、反対に一番かわいい弟道長は守らなきゃ!
そこで、ワクチンではないけど、猛毒をわざと内側に取り込み(道長と結婚)、恨みは外に放出させる。
だから、兼家が亡くなった後数年で息子たちもいなくなり、ライバルになりそうな甥も自滅し、道長1人が生き残った(あ、道綱もいるけど)。
実は明子の呪詛を利用した黒幕が詮子だった…。
と、いうのはいかがでしょう?
ありがとうございます。確かに、道兼は、跡を継いで直ぐ亡くなっちゃいましたってもんね。できることなら、明子さんにも沢山子供ができたのですから、恨みをもって生きるより、子の成長を慈しんで生きるようになってもらいたいですから、後半、笑顔の明子さんを描いてもらいたいものです
いつも楽しくおもしろく、だけどとてもわかりやすい、勉強になる解説、ありがとうございます。
一つ疑問に思っていることがあります。
定子や彰子のように、この時代、ずいぶん近親婚が多くないですか?み〜んな藤原氏だったりするし、身分と年齢がまあまあ合うところでめあわせようとすれば、当然そうなるわな、とも思いますが。
でも、どんどん子どもも産まれているし、ちゃんと成長して天皇とかにもなれているし、現在心配するような近親婚の弊害や問題は、さほど起こらなかったのでしょうか?
もしよかったら、そのうちどこかでご説明・ご回答お願いできたら、と思います!
横から失礼します。
この時代はまだましですよ。
せいぜい、いとこ同士とか、おじおばと甥姪との結婚だから😅
平安時代初期までは、異母兄弟ででの結婚もありました(さすがに同母兄弟での結婚はタブー)。
平安時代初期までは皇女が結婚できる相手は皇族男子だけだったから、近親婚は当たり前だったでしょうね。
ドラマの時代では、道兼が叔母(兼家の妹)を妾としていたり、道長・倫子の三女、威子が、威子の姉(道長・倫子の長女)彰子と一条天皇の間に生まれた甥である後一条天皇と結婚するとか💦
@@user-さわ うちの母が「皇族は血が濃いから時々おかしな子が生まれる」とか言ってました。表向きにはあきらかにはされないけど、〇〇様とか〇〇様はおかしかったとか言ってました。本当かどうかは分からないけど。ヨーロッパとかも同様のようですよね。でも昔は弱い子は育つ前に死んじゃったのかもしれませんね。
明子さんを演じている女優さん、『恋つづ』の先輩ナースの人ですよね?メチャクチャ明るいハッピーな役だったので、ギャップやば。
福岡県民です。
当時の平安の権力の中心の人にとって、太宰府は遠いというのは想像できますが、地元としてはやっぱり複雑。
それと、今は、
太宰府と書きますが、字幕が太いではなく大となっていました。これは当時は、そうだったのでしょうか。
それでも太宰府あたりは大陸との窓口だから!
道の奥と呼ばれた地域もあるから!
大陸の窓口
刀伊「うっす」
蒙古「お邪魔します」
兼家パパはなんで明子が道長の妾になるのを反対しなかったんでしょうか?それ以上に詮子が明子を厚遇したのが分かりません。先生がおっしゃったように兼家パパは悪事にはあんまりかかわってなかったから兼家も詮子も気にしなかったのが史実ぽいですか?
ドラマで詮子さんがいってましたが、ザ家柄!では?
何と言っても血統は帝の孫娘。
実父が臣籍降下した後失脚したとはいえ、その後叔父の盛明親王の養女となっているし。
ハクがつくと思うから、反対するつもりなどなかったのでは?
道隆、道兼の妻、それから時姫ママとまひろちゃんの身分は同じくらいですよね?
まひろちゃんが道長の嫡妻になってもぜんぜんよかったのに…
兼家が出世してなければ。
兼家パパの父帥輔は醍醐天皇の内親王3人を妻にしてる。一方で兼家パパの母は中流貴族の出。身分の高い妻に憧れてたのかな?
ちなみに帥輔と醍醐天皇の内親王の間に生まれたのが明子女王の母。つまり明子女王は兼家パパの姪、道長とは母方の従姉妹。また、帥輔の三女は源高明の妻。兼家パパファミリーはもとは高明押しだった。その手のひら返したのだから、遺児のお世話するよね。
光源氏も、六条御息所なきあと、まんまと六条邸を手にいれつつも、娘の斎宮をお世話したものね。
@@user-erikochan さま
書かれているように、兼家パパの身分が上がったことが一番の理由になると思いますが、まひろの家が貧しいこともあるかも。
貴子さんのお邸も立派なように、時姫や貴子さんたちは受領らしく裕福だったのでは?
反対にまひろの家はとても貧しい(あくまでもドラマでは)。
あの貧しさでは、北の方として道長に婿にきてもらっても、道長の装束ひとつ揃えられないだろうし、ためら時パパには道長の後ろ盾になる力もない。
道長の提案通り、駆け落ち以外に道はなかったんじゃないかなあ💦
次回の動画、明子女王が待ちきれません!平安時代の呪い殺す文化?儀式?についての解説もいつかお願いします。(陰陽師の業務内容含む)
ドラマの中で、明子さんと道長が寝ている時、道長が烏帽子を被っていましたが、当時は寝る時も烏帽子をぬがなかったのでしょうか?
寝ている時に脱げっちゃうようにも思うのですが…
すっごく気になりましたので教えて下さい。
同じ事を思っていました。
きりゅうさん、機会があれば教えてください🙏
橫からごめんなさい。寝ている時も脱がなかったようですよ。源氏物語絵巻で、いまわのきわの重病人も床についたまま被っていたようでしたよ。
とにかく髷を他人に見られることは恥だったそうですね。
なのに、大勢の前でポロリしてしまった清少納言のパパ😢
寝ている時もお風呂に入っている時も烏帽子は外さない
まだ10代の道隆の長女と長男を30代の俳優さんたちがやってるのには、
少し違和感があります。
その前の吉田羊さんの藤原詮子の時にも
その違和感はありましたが😅
明子さま、綺麗🤩すぎ、たまらーん、❤
明子さんに女王と付くのはなぜなんでしょうか?
父親の権威が無くなっていたのに、道長の妻に迎えたのは、倫子さんとの結婚だけでは、源家との結びつきが弱いと考えられたのでしょうか?
そもそも藤原氏が排斥している源家とお近づきになる事は、兼家パパにとっては利がないと思いそうな物なのですが反対のアクションは無かったのですかねぇ?
明子が源高明の娘だから
臣籍降下したとはいえ天皇家の血筋ですから
なので皇女ではおかしい
だからといってただの貴族の娘という訳ではない。という事で明子女王とした
今日は難しくて わかんなかった!
ざっくりいうと
藤原氏が一番になるぜ!
そのためには、帝との繋がりは大事大事。
帝の親戚になって偉くなろう!
そしてライバルは蹴落とさなきゃ。
ライバル(源高明)も帝と親戚関係だな、これを利用して「ライバルが自分に都合のいい親王を担ぎ上げて、帝に無謀しようと企んでますぜ、ボス」とあることないこと(実は自分がやろうとしているコト)を帝に言って蹴落とすぜ!
見事成功、バンザーイ🙌
…という感じだと解釈しています。
じょうりゆ
メンバーになるをミスしてクリックしてしまいましたが、取消しのしか方がわかりません、、ご指導くださいませ
メンバーにはなっていないようです。
なかなか聞きづらいのですが
自分は基本的に保守なのですが
よく、現在の皇位継承で
明治天皇の玄孫の竹田恒泰さんや保守はずっと男系できてるからかならず、男系といってますが
いま、きりゅうさんの説明やよその動画でも
天皇の皇位継承は藤原氏やその他の外戚になりたいための清掃のイメージがつよく
いまみたいに、なんとしても男系でって平安時代もやっていたのですか?
ずっと平安から男系にこだわってたのか
なんだかんだで、結果男系だったのか?
きりゅうさんはどうおもわれますか?
政治的なはなしだから
聞きにくいんですが。
自分は保守だから
男系でいくべきだとおはおもいますが。
難しいですね
明子さんは妻?それとも妾?何人まで妻とされるのですか?
妾と書いて「つま」と読む…はず
三日夜餅の儀をした人は妻なのだと思います。
@@user-さわ お返事ありがとうございました。いまいち婚姻制度がわからなくて…
平安時代こんな冤罪簡単に通ってしまうの怖い😱
@@my262 本当にそうですね。「平安」という感じがしない。魑魅魍魎の世界。